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短刀 備前国住長船助光作 鏡花水月


短刀、我が手に

9月30日。作刀依頼をしていた短刀が、届きました。
 表銘:備前國住長船助光作
 裏銘:鏡花水月 令和五年春
 刃長:九寸九分九厘(30.2cm)

薙刀直し造り短刀
 表銘              裏銘

色々考えて依頼した内容を、全て叶えていただきました。
中でも、比較的珍しいお願いだったのは、
・「短刀の茎(なかご:握る部分)を通常より長くしてほしい」
・「刀匠の流儀の中で一番文字数の多い銘を切ってほしい」
――辺りじゃないかな、と思います。
助光刀匠は、短刀に「長船助光」と銘切りする事が多いですが、
今作は私の希望で、このような銘切りにしていただきました。
そして裏銘に、為銘を入れていただきました。

為銘 鏡花水月

為銘(ためめい)とは、刀匠銘の後に、
「為山田一郎作(山田一郎さんの為に作る)」
「應鈴木吾郎需(鈴木吾郎さんの求めに応じて)」
などと切り、この刀が誰のために打たれたものかを示す銘でした。
(後者だと「応需銘(おうじゅめい)」とも言います)
サイン色紙等で「○○さんへ」と書き添えるイメージですね。
やがて「○○家長子の為」とか「○○家繁栄を祈り」とか、
こんな願いを込めて刀を作る、という形も含むようになりました。

「為銘」は原則、作刀を依頼したタイミングでしかお願いできません。
またとない機会ですから、自分の短刀にもぜひ為銘を入れてもらいたい、
と、当時の自分は考えました。では、なんと入れてもらうか ――。

長らく連れ添った妻を亡くして、もうすぐ二年という頃でした。
妻の事を一片たりとも忘れるものか、と固く決意している一方で、
時間が経つとどうしても記憶や思い出が薄らいでしまいそうで、
それがとても怖くて、同時に「忘れるかも」と考えている自分が嫌で……

もうその手を取ることはできないけれど、その姿や笑顔は忘れないぞ、
という想いを込めて、「鏡花水月」と切っていただきました。

【鏡花水月】 きょうか‐すいげつ〔キヤウクワ‐〕
鏡に映った花や水に映った月のように、
目には見えながら手にとることができないもの。
また、言葉では表現できず、ただ心に感知するしかない物事。

小学館 デジタル大辞泉

思い 重ねて

この短刀に「鏡花水月」と銘切りしていただくと決めた頃から、
この短刀には妻への思いや妻との思い出を込められるだけ込めよう、
という気持ちになりました。
そこで、
いずれ完成する刀身に合わせて拵(こしらえ:刀の外装)を作ろう、
拵には、妻が好きそうな図案の鐔や金具を探してみよう、と考えました。
短刀の完成を待つ間、ずっと刀装具を探して刀剣専門店のサイトや、
オークション系のサイトを見て回りました。
鐔だけでも、様々な図案があります。
何が似合うかな、何なら喜ぶかな、
と妻への贈り物を考えるような気持ちで色々見て回る中で、
「花」の図案がいいかな、と思いました。
とはいえ花図と絞っても、数限りなくあります。
桜、梅、菊、藤、桔梗、牡丹。色々あって、悩みます。
で、色々な図案を見ていく中で、ふと思いつきました。
「茜の花って無いのかな……?」
妻の、名前です。
もしそんな鐔があったら、ピッタリじゃなかろうか?
染料としても歴史は古いし、図案としてもあるんじゃないか?
――そこから、茜図の短刀鐔を探す日々になりました。

とはいえ、仮に「良いな」と思う図案の鐔が見つかったとしても、
それが刀用の鐔だと、短刀には合いません。
鐔の直径が違いすぎて、不格好になってしまいます。

さらに根本的な問題として、短刀用の鐔というのは数が少ないです。
短刀の拵は大半が「合口拵(あいくち―)」という鐔がないスタイルです。
鐔の付く「小さ刀拵(ちいさがたな―)」は、どちらかというと少数派。
つまり、鐔が無くても短刀拵なら成立する関係で、鐔が作成されにくい。

そして、私が刀匠に依頼した短刀は、重ね(かさね:刀身の厚さ)を厚く、
とお願いしていました。一般的な短刀の重ねは 5.0~6.5mm くらいですが、
私の短刀は 8.0mm くらいの重ねで、とお願いしていました。
結果、普通の短刀鐔を購入した場合、短刀の茎を通すために、
茎穴を削って広げ、サイズ調整する必要がある――かもしれない。
そうなると、とても心が痛みます。
鋳造の量産品ならまだ軽傷ですが、職人さんが一点物で作った作品だと、
その形を変えてしまうのは……
いえ、歴史的にも文化的にも、よくある工作だとは知っているんです。
茎穴を削って広げたり、穴に責金を入れて茎に合うようにする調整。
ただ……なんとなく、心の座りが悪いのです。

たったひとつの冴えたやり方

探しても見つからない。
でも、条件は譲れない。
そんな時、どうするか?

――お前はもう、既に1回やってるじゃないか。

そうだ。作ってくれる方を探して頼もう。

という訳で、茜図の鐔を作っていただける方を探しました。

装剣金工の片山重恒さんです。
片山さんは「ヱヴァンゲリヲンと日本刀展」で短刀の中に
アスカを彫った方、という事でお名前を憶えていました。
制作依頼なんてできるのかな、と及び腰でしたが、
「私は縁金作ってもらいましたよ」という方のお話を聞いて、
その体験談を心の拠り所に、ご連絡を入れさせていただきました。

諸々立て込んでいるので時期的には少し先になる、という事だったので、
その辺全て了承の上で、ぜひお願いします、とお伝えしました。

この鐔も、ドラマチックな展開を見せるので別記事でまとめます。


そして、聖地へ

時間を経て、短刀と鐔が完成しました。
短刀は一度手元に来ましたが、現在は里帰りしています。
鐔は受け取る機会もあったのですが、お願いして先送りにしています。

では、今、どこに?



助光刀匠も、装剣金工の片山重恒さんも、備前長船の職人さんです。
そして、備前長船といえば日本最高峰の刀の聖地。
そこにある、備前長船刀剣博物館にて、
短刀と鐔を展示していただけることになりました。


元々、備前長船刀剣博物館の中には『瀬戸内刀工会』という
展示スペースがあり、3ヵ月ごとに所属刀匠の皆様の作品を
入れ替え展示しているそうです。
(『せとうち美術館紀行』第15回:備前長船刀剣博物館  対談2 より)

今回、『瀬戸内刀工会』に所属している助光刀匠の展示回に際して
刀匠から直接お声掛けをいただけたので、
「是非!」と二つ返事で短刀の里帰りを決めました。
そして、同じタイミングで片山さんから「鐔を送ります」という
ご連絡がありましたので、もし可能なら……、とご相談した結果、
茜図鐔も、短刀と一緒に展示していただける事になりました。

自身が制作をお願いして、自分の為に作っていただけた作品が、
長船にある刀剣博物館に展示してもらえるという栄誉。
本当に、光栄です。

短刀と鐔が揃っている所は私自身まだ見ていないので、
1月末までの展示期間中に、岡山県に行こうと思っております。
 

――追記

12月10日(日)、備前長船刀剣博物館に行ってきました。
自分の所有する短刀と鐔を、博物館の展示品として見る、という
貴重にして光栄な体験をさせていただきました。

「瀬戸内刀工会」展示区画は階段を昇った真正面
ステージに上った我が子を見守る目で


#刀 #日本刀 #短刀 #鐔

※刀匠に作刀依頼したお話の最初は下記



ヘッダー画像:自撮り写真・「短刀 備前国住長船助光作 鏡花水月」

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