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備前長船住重恒作 黄銅地茜図短刀鐔


「突然のご連絡、失礼いたします」

鐔を作っていただけないでしょうか、と装剣金工の片山重恒様に
twitter DM にてご相談をした際の、最初の一言がこれでした。
いや、本当に緊張して、礼を失してはならぬ、と背筋を伸ばしていました。
助光刀匠の場合は、作刀依頼を商品購入できるECサイトがあったので、
「商品購入=ファーストアプローチ」と、すんなり行ったのですが、
twitter でDMを送るというのは、とても緊張しました。
DMは、親しい者同士で連絡取り合うツール、というイメージだったので。

ともあれ、まずはご連絡をさせていただき、
・他の連絡手段が見つからなかったのでDMしました、と釈明
・鐔を作っていただける方を探していて、ぜひお願いしたい、という主題
・急ぎではないので、順番待ちの列に加えてほしい、という姿勢
――を、お伝えしました。

それに対して返ってきたお言葉が、
「どんな鐔でしょう?
 探せるなら江戸期の鐔を探した方がだいぶ安いと思いますが」
――みたいな感じでした。

(優しく断られてる!? 自分、あまりに身の程知らずだったかー!)
というのが最初の受け取り方でした。
今にして思えば純粋な優しさからのご助言なのですが、当時の私は
それまでろくに交流してない有名な職人さんに突然DMを送り、
「鐔作ってー」とお願いしている図々しい奴、という自覚があったので、
断られても当然、みたいなネガティブ・チキンハートでした。

心の中で土下座しながら、
「亡くした妻を偲んで茜の花の鐔をお願いできないかと考えておりました。
 突然のご連絡ですみませんでした。もう少し江戸期の鐔を探してみます」
みたいな感じでお詫びを書き込んだのですが、その後ちょっとしてから、
重恒様から1つの URL が送られてきました。
 

繋がった願い

リンクを開いた所、植物図鑑の1ページでした。

 [ アカネ(茜) アカネ科 Rubiaceae アカネ属 ]

「そうです、この茜です!」
サイトの白い花の写真を見た瞬間、様々な感情がブワッと……
そこから、テキストメッセージなのにめっちゃ早口な感じで訴えました。
これまで茜図の鐔を探したけど見つからなかった事、
梅や桜でそれっぽいものを選んで自分の中で茜と言い聞かせようとした事、
でも桜は桜だし、梅は梅で、やっぱり茜の花とは違うと感じた事。
それと、鐔に合わせるつもりの短刀は助光刀匠にお願いしており、
焼入れまで終わっていて、現在は下地研ぎに出ている事、などなど。

必死で色々お伝えしたんですが、その中で、
「どうしても茜図がいいと思っている背景」は伝わったと思います。
同時に、おそらく重恒様の方でも、
「確かに『茜図』の鐔なんて、探しても見つからないだろうなぁ」
という風に思っていただけたんじゃないかな、と思います。
すなわち、制作依頼する理由になり得る、と。

で。

「茜は見たことないので難しいかも」

そんなコメントと共に、一枚の画像が送られてきました。

 
 
 
 
 

「茜は見たことないので難しいかも」と送られてきた写真(掲載許可を頂きました)

 
 

どうぞ、よろしくお願いします


いやいやいやいやいや! え、そんな、いつの間に!?

「ザッとデザインしてみましたが、茜らしさを出すのは結構難しいかも」
と、コメントが続きました。DMで。
いえ、いえ、そんな、そんな。
『ザッとデザイン』の時点ですごく素敵です! 茜の花です!
正直、このお写真を見た時点で、他の選択肢は全部消えました。
なんとか、この方向で、重恒様にお願いしたいと。

もしやるとしたら葉と茎は青金使って、花は白金で――と、
概要をご検討いただいて、大まかな見積り額を出して頂きました。
この頃、金相場がかなり大きく上下していて、
金工は素材の値動きが金額に直結するので、今回は概算として、
具体的な金額は制作が始まる際に確定、という形になりました。

「どうぞ、よろしくお願いします」
予算面も踏まえた上で、正式にご依頼させていただきました。
「9月くらいまでは手一杯なので、その後に取り掛かりますね」
「大丈夫です。順番待ちの列に並ばせてください」
そんなやり取りで、正式依頼が完了しました。
5月の、ゴールデンウィーク明けた頃の出来事でした。
 

巡り合わせにて

「少し時間が出来たので、鐔に取り掛かろうと思います」
想像していたよりずっと早く、ご連絡を頂けました。
5月中旬でした。
ご予定されていたお仕事に、色々変更があったそうです。
そして、以下のようなメッセージが続きました。
「完成したら、その鐔をコンクール出展用にお借りしたいです」

このお申し出は、とても嬉しかったです。断る理由は微塵もなし。
だって逆に考えれば、コンクールに出展されるレベルの作品が、
間違いなく自分のものになる、って事ですから。感動です。

そして、このタイミングで、地金を黄銅にするか、赤銅にするかの
希望を問われたのですが、最初に頂いたお写真が素敵すぎたので、
迷わず黄銅を選択させていただきました。

ちなみに「赤銅」にした場合は下記のように、ほぼ黒色ベースになるよ、と教えて頂きました。
鐔に限らず、刀装具類はこちらの方が数が多いです。流通量。

Google画像検索 結果:赤銅地鐔

また、この時に「応需銘」を入れてもいいですか、と確認がありました。
今でこそ馴染んだ単語ですが、当時は意味をよく解っておらず、
「銘は色々入っていた方が嬉しいタイプの人間です!」とお返事しました。
後で、依頼者の名前(つまり自分の名前)を銘として入れる事だと知り、
ちょっと気恥ずかしくなりましたが、それでも、入れて頂きました。
妻の名前にちなんた図案の鐔に、自分の名前を彫ってもらえる――
これはとても、幸せな事だと思いました。
 

備前長船住重恒作 黄銅地茜図短刀鐔

この短刀鐔が、どのように作成されたか。
これは作者の重恒様が twitter にお写真をUPされています。
まるでタイムラプスのように、完成までの流れをツリーで拝見できます。
私もこのツリーを追いかけながら、完成までを見守りました。
途中経過にも興味ある、という方はぜひこのツリーを追ってみてください。

 
そして、完成した鐔が、こちらです。

この後の6月5日、「東京に旅立ちました」とツイートされています。
前述の「コンクール」への出展のためです。
このコンクールというのは、日刀保(日本美術刀剣保存協会)が
主催する『現代刀職展』です。
この鐔がエントリーされた「彫金の部」は、
出品受付期間が 2023年6月5日(月)~6月7日(水)でした。

依頼した鐔が完成した喜び、
そして、その鐔がコンクールに出展されたという喜びで、
もうニッコニコでした。
入賞したら東京両国にある刀剣博物館に展示されると聞いて、
展示されたら見に行っちゃおうかな、とか考えていました。
入賞すること自体は、疑っていませんでした。
だって、写真で見ても素晴らしい出来だったから!
贔屓目、欲目はあるにせよ、それを差し引いても――と。
 

ドラマチックな展開

前の記事で、こんな風に書きました。

この鐔も、ドラマチックな展開を見せるので別記事でまとめます。

短刀 備前国住長船助光作 鏡花水月

コンクール出展のツイートを見た後、
『現代刀職展』について色々と記事を読みました。過去のレポートとか。
入賞した作品は、両国の刀剣博物館で展示される……
そこで、改めて「入賞」とはなんぞや? と調べました。
一番分かりやすかったのは、刀箱師・中村様の note でした。

こちらの note に、詳細が載っているのですが、ザックリ言うと、
「特賞」という最高賞に、
『薫山賞』『寒山賞』『日本美術刀剣保存協会会長賞』
という3種の賞が設定されています。
次いで、
「優秀賞」第一席、第二席……
「努力賞」第一席、第二席……
までが入賞。入賞にはあと一歩及ばなかったが、という作品は
「入選」第一席、第二席……
となるそうです。もちろん、入選に至らず、という作も。
(以上は彫金の部の構成。作刀の部だと高松宮記念賞、新人賞などもある)

鐔が東京に旅立ってから、刀箱師・中村様の先の note を何度も見返して、
ものすごく色々な事を考えていました。
やっぱり古典的・伝統的な図案の方が評価されやすいのかな、とか、
短刀鐔は面積小さいから不利、とかあったりするのかな、とか。
なんか、娘のピアノの発表会とか息子の野球の試合を見守る親の気分で。
 

そして、その結果を知ったのは、重恒様のツイートからでした。
 
 

祝・特賞!
『日本美術刀剣保存協会会長賞』です。
すごい。入賞は確実と思っていましたが、最高賞の一角に。
自分が制作依頼した鐔が――
妻の名前にちなんで選んだ茜図が――
応需銘として自分の名前が刻まれた鐔が――

本当に、最高の喜びで、最高の栄誉です。
重恒様に、心からの感謝を。


そして今に至る

『2023年度 現代刀職展』は8月11日から10月15日に開催され、
素晴らしい入賞作品の数々が展示されました。
  刀剣博物館:過去の展示情報 『2023年度 現代刀職展』

大勢の方が来場して作品を鑑賞し、またレポートや感想が上がりました。
私はここでも中村様の note 後編を見てニッコニコになった訳ですが。

そして現在。
前記事でも書きました通り、黃銅地茜図短刀鍔は短刀と共に、
故郷の備前長船刀剣博物館にて展示されています。

こちらは来年1月末までの予定との事です。
国宝 太刀『山鳥毛』の特別展示と重なっておりますので、
私も足を運んで、短刀と鐔が並んでいる姿を見てきたいと思っています。
  ※後日、行ってきた話 → 「備前長船刀剣博物館に行ってきた」
 

少し先の話

短刀と鐔が揃いました。
現在、白鞘に収まっている短刀に鐔を合わせようと考えたら、
それ以外の刀装具(外装に使う金具類)も必要になります。
そして、作っていただいた鐔には「小柄穴」がありますので、
小柄もぜひ、と思ってしまいます。
刀の拵(こしらえ:外装の総称)は非常に多くのパーツから成り、
それぞれに専門性の高い技術が使われています。
全部合わせたら、決して安くない予算が必要になってきますが、
私はこの短刀に関しては、できそうなことを全部やりたいと思っています。

その、小柄。
実はこちらも、依頼を進めさせていただいています。
『小柄』というのは、刀の鞘に収まるナイフのようなもので、
フィクションの世界だと投げナイフみたいに使われてる「あれ」です。
握り部分(持つ所)を「小柄」または「小柄袋」と呼び、
刃の部分を「小刀」または「小柄穂」と呼ぶそうです。

「小刀」は、短刀をお願いした助光刀匠にお願いしました。

そして、「小柄」は、鐔をお願いした重恒様にお願いしています。
こちらはもう少し先になりますが、今から楽しみで仕方ありません。

小柄が揃うと、刀装具はほぼ揃う形になります。
来年は、拵の制作依頼に進めるか、もう少し色々楽しんでからにするか。

いずれにしても、刀剣趣味は、とても楽しいです。
 

そして素敵な展開

2024年2月10日から4月21日まで、
備前長船刀剣博物館のテーマ展示『鐔の世界』が開催されます。
室町時代から江戸時代、現代までの鐔、110点が展示される企画展です。
その、展示No.109として、この『茜図鐔』が展示されることになりました。
両国の刀剣博物館での展示と備前長船刀剣博物館での展示の二冠達成です。
この鐔が、また大勢の方に見ていただけるのはとても嬉しいです。

 
#刀 #日本刀 #短刀 #鐔

 
ヘッダー画像:Adobe Stock より


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