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無意識と意識を分けたい

人生であと何回この海を眺めるだろう、防波堤に腰掛けていつも問いかけているよ。愛について夢について生きるとは何かと答えずに黙ってても聞いてくれるんだ友は、波の音。

"秋元康"”僕はこの海を眺めている”より

気が付けば、無意識に行動してしまっている時がある。

私も朝起きて、意識バリバリでシャワーを浴びて、
無意識に朝日を見に外へ出て、海へ向かった。



そして、ふと口から出てきた歌がこの歌だった。
ふと出てきた歌の歌詞が今の自分と合致している。
なんだか悔しいようで、素晴らしい。

そんな、歌詞を書ける人間にもなりたいと思う。
ただ、自分の今いる場所では、まだそうはなれないと思う。

次の世界に行って解像度を上げるには、
「やりたいことをとことん突き詰める」
「英語力」の2点かなと思う。

「やりたいことをとことん突き詰める」これは、それをやった未来がこの世界にないからこそ、ワクワクする。
「英語力」これは、人と会話をすることで「発見」するものだと思うが、
英語で会話を十分にできる自信はない。会話し発見し海外で生活もしてみたい。

話は戻るが、
「無意識と意識」を分けたいということだ。

これをしなければ、行動量が自分の意志に追いつけない。

例えば、現状の私は朝目覚めた瞬間、
頭にTODOリストが降りかかってくる、それと同時に
「起きたくないな〜」とアラームのセット。
と考えていると眠たくなってくる、現状。

それも、感情が動いてしまっている。悔しい。

このように、やりたいことがあるのに、「感情」にばかり左右されてはいけないので、「無意識」に生きることと「意識」を持って生きるの2軸に分けたほうが生きやすいと思った。

「眠たい」→眠ったほうが幸せ→それは一瞬の幸福でしたかない。
考えるだけで辛いが、と文を書いていても考えている。

意識してる〜。辛い。
→「他にやることあるのに〜」
この感情
「何かに追われている」感覚とても嫌だ。

一つのことを書くと、そこに理由づけしたくなり、文章を永遠と書いてしまいたくなる。
これは日常でも同じだ。

今私の後ろに、やる気に頼らず、すぐやる人になる37のコツという本があるので、読みたいと思う。

ありがとうございました。

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