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とびない変~2023年、青森への旅~

 ワク君と別れて、むつ市で一泊する理由。
 というかワク君が「そこだけはイヤだ」と、強固に反対して宿を分けることになった理由。

それが「とびない旅館」、そして「とびないさん」の存在だった。

日本一クセの強い宿&オーナーとして度々テレビでも紹介されているので、ご存じの方もいるだろう。

アンタッチャブルも来た宿
とびないさんご本人


「駐車場に車を止めた瞬間、宿からオーナーのおじさんが飛び出してきて、『地獄を見る!? 地獄を見る!?』と、ゾンビのように車にまとわりついてくる」

「部屋に座敷わらしが出る」

「客が滅多に来ない分、客が来るたびにオーナーが大いにはしゃぎ、マンツーマンでマシンガントーク接客される(最悪の場合は朝までみっちり)」

 などなどの人災と霊災を兼ね備え、恐山麓のむつ市にありながら、恐山よりよっぽど恐ろしいスポットとして一部に名を馳せているのが、このとびない旅館なのだ。

 恐山を降りたボクは、そこへと向かうことにした。
 今夜の宿は、そう、とびない旅館だからだ。

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■恐怖の宿泊審査

 このとびない旅館。
 まず予約の電話をかけた段階からすごい。

 しばらく無言だった上に、

「…もしもーし」

 と、第一声からしてマジでやる気なさそう。

 普通の宿だと思って電話した人は、まずここで「すみません、間違えました」と、脱落してしまうだろう。

「泊まりたいんですが!」

 勇気をふりしぼって切り出したとて、

「あの、ブログとか見てます? ウチがどんな宿か知ってますか?」

 冷たい感じで諭される始末。

 そう、この宿には厳正なる宿泊審査があるのだ。

 なんだそれ。

 説明すると、とびないさんには自分が奇人だという自覚もあり、自負もあるのだ。ここが奇人と狂人の明確な差だ。

 奇人たる自負を持ったとびないさん。
 「普通の宿を期待して泊まりにきたお客にはとんでもない迷惑をかけてしまう」ことを、百も承知しているのだ。

 だから「とびないさんのことを理解した上で遊びに来てくれる」、いわば友達候補生しか泊めてくれない。
 結果的に、宿泊客ゼロという日が大半でもとびないさんは構わない。構えよ。

 なので、とびない旅館に泊まりたい人は電話口で、「マイクロソフト社の最終面接でもここまでアピールしないだろ」というぐらい自己アピールをする必要がある。

 攻略法については、まず「霊」と「ホビー」のとびない2大ジャンルは押さえておくべきだろう。

 ボクの場合、電話した時点ではワク君も泊まると思っていたので、

「友達が妖怪マニアなんですよ」

 という話をしたところ、

「でもその日は他のお客さんに来る予定で、残念だけど、座敷わらしが一番出やすい部屋は埋まってるんだよ…」

 とびないさんから申し訳なさそうにされた。

 座敷わらしが出にくくて申し訳ない。

 みなさん、人から座敷わらしについて謝られたことありますか?

 ただ、そんな話をしているうちに、とびないさんも「こいつはわかってる奴だ」と、思ってくれたのか、「じゃあ気をつけて来てね」と、無事に宿泊許可が!

 無事に宿泊許可?

 そしてそのことをワク君に話すと、

「オレが旅に行く目的として、夜は温泉旅館で静かにゆっくりくつろぎたいというのがある」

 という、とびない旅館の全存在価値を否定する言葉と共に、宿泊拒否。
 付き合い悪すぎるだろ。

 かくして一人で向かうことになったのだが、前日に予約確認の電話をすると、

「朗報です! その日、泊まるまるはずだった人が延期になったので、無事に座敷わらしの出る部屋へと案内できます!

 そんなに座敷わらし求めてなかったのに!?

 昔からこういう運だけは何かあるんだよな…。
 宝くじとか全然当たらないのに…。

 あと他に泊まる予定だった人が延期って、夜通しとびないさんとマンツーマンか…いや、座敷わらしもいるから3人かな…。

■到着

 話を戻して宿泊当日。

 下北駅からむつ市内を徒歩で散策しつつ、旅館前に到着。
 言われていたようなダッシュ出迎えはなかった。

これが「とびない旅館」玄関

 まあ別に「地獄見る!?」と、路上で言われたかったわけではないので、待ちもせずそのまま旅館に入ると、とびないさんが玄関で電話をしていた。

「いやあ、座敷わらしがねぇ…」

 どうやら宿泊希望者からの電話のようだ。

 最近はテレビ出演が目立つせいで、「事情を知った」上での宿泊希望者が前より増えているらしい。

 ちなみに予約電話、大体こうしたとびないさん独演会となるので、30分ぐらいかかる前提でいた方がいい。
 要件だけで切りたい人は、そもそもこの旅館に来てはいけないのだ。

 電話中ふと顔を上げたとびないさん、「おおおっ」と、ボクを認めた後、

「白いオーラが写真にうつってねぇ~」

 電話、続けるんだ。
 まあ、でも、そうだろうな。

■君は何が好き?

「いやいや、お待たせしました」

 結局それから5分ほどで、とびないさんは受話器を置いた。
 おそらく気を使って短時間で済ませてくれたんだね。

 そしてボクを食堂へと導きながら、

「それで、君は何系の人なんだい?」

食堂のテーブルに並べられた数々の銃。


 食堂のテーブルには10丁近いモデルガン。
 ウェルカムドリンクならぬウェルカムガン。
 果たしてそれはウェルカムなのか?

 つまり何系か=銃器に詳しいかどうか聞かれているのだと察したボク。
 ここであまりにも詳しくない様子を見せたら盛り下がると思い、

「こいつはS&Wですね」

 男なら誰でも知ってるようなリボルバーを持ち上げ、弾倉を静かに取り出してみた。

 それでとびないさんも「こいつはわかってる」と、思ったのだろう。

「そう! これね! もう倒産したメーカーの製品で! フレームが金属で!」

 全ての言葉にビックリマークをつけながら、モデルガンについて熱く語りだしたのだった。
 まだ部屋に荷物も置けていないのに。

 時刻は19時。
 長い夜になりそうだった。

■突然の来訪者

 それから1時間ほどモデルガンの話を聞いていただろうか。
 突然、電話が鳴り響いた。

「ちょっと待ってて! …えっ、今から来たい? う~ん、まあ、いいか! ねぇ、別の宿に泊まってる女の人が、シャーマンキングのファンで、ここの土産物コーナーをどうしても見たいんだって!」

 確かにシャーマンキングの恐山編で出てきた土産物屋、とびない旅館がモデルだというのはごく一部でのみ有名な話だったが、

「えっ、わざわざ?」

 別の宿に泊まるぐらいの興味度数だったら、わざわざ来ないでも良さそうなものだ。
 というか、この宿のことをちゃんと知っているのだろうか。
 宿というか、とびないさんのことを…。

「今は土産物コーナー閉じてるから、ウチの宿に泊まってもいない人に見せるの本当は面倒なんだけど、君も見たいだろうから、丁度それならいいと思って!」

 あっ、ボクもですか。
 まあ確かに自分もシャーマンキング結構好きだしな…。

シャーマンキングの1コマ、セリフはボクの心情と関係ありません
実際のとびない旅館の土産物コーナー(別館)


 そんな話をしている途中、廊下にふと目をやると、

シュッ

 生き物とは思えない謎の光が走っていったが、無神論者なので見なかったことにした。

■地獄めぐり

 しばらくしてやってきた、おそらくボクと同世代の女性と共に、別館の土産物コーナーへと通されたが、正直言って超気まずかった

 同じ宿泊客同士ならまだいい。

「いやあ、ウワサ以上の場所ですね!」

 とか何とか仲間意識も芽生えただろう。

 ところが、宿泊客と観光に来た人。
 オレって旅館側なの? この人側なの?
 というのがそもそもスタンスとして定まらない。

 しかもこの女性が、とびないさんのことをどこまで承知してるのかもわからない。「シャーマンキングの舞台を見に来ただけなのに変なおっさん2人いた」みたいな目で見られてるかもしれない。

 その思いから、自然と口数が少なくなってしまう。

 こんなシチュエーションに立たされるの、さすがにとびない旅館の客でも珍しいんじゃないだろうか。
 初とびないには重荷だって。待ってって。

土産物コーナーというか、とびないさんの博物館

 
 しかも、とびないさんが土産物コーナーに来て開口一番、

シャーマンキングの作者さぁ、漫画に使っておきながらとびないさんに一言もないんだよ!

 とか言い出したんで、

「いや、この人、ファンって言ってるのに!」

 と、ハラハラしてしまって、そのハラハラが心にずっと残り続けていた。

 昔、京都で新撰組屯所に行った時、案内のおじいさんが、

「この屯所を引き払う時、さんざん暴れて迷惑かけた癖に、近藤も土方も5両しか置いていかなかったんで、持ち主が『たった5両ですか?』って聞き返したそうだけど、私はこの話でね、しょせん新選組は田舎者の集まりでしかないという、限界を感じましたね」

 とか、明らかに新選組大ファンっぽい女子に向かって新選組disをし出した時以来の感覚だった。

 そしてシャーマンキングファンの彼女からしたら、モデルとなった1階部分だけ見れれば満足だろうに、

「これはとびないさんの作った飛行機のプラモだよ!」
「これはとびないさんの作ったオリジナルの怪獣だよ!」
「2階にある地獄を見に行こうか!」

 と、テンション上がりきったとびないさん、お構いなしに連れまわすので、同行しているボクのメンタル、ハラハラどころかガリガリ状態。

やめてぇ、もう帰したげてぇ!

 何度そう言いかけたかわからない。
 でも言うと、この後の宿泊が超気まずくなりそうだから…。
 わざわざ来た方もわざわざ来た方だし…。

 そんな二律背反を抱えたボクに気づくこともなく、とびないさんは実に上機嫌。

「ほら、ここが地獄だよ!」

 2階には、とびないさん手製の地獄絵図が繰り広げられていたが、そこに行くまでもなくボクは地獄にいた。

とびないさんのお手製地獄
とびないさんの手製怪獣、ボクと同じぐらいうなだれてる

■解放

 やがて土産物コーナーから戻ったのだが、とびないさんの話は尽きない。

 2人を食堂に座らせながら、青森の霊的スポットについての話などひとしきり語り続け、それはそれで自分には興味深かったのだが…。

 1時間ほどしたころ、

「…すみません、そろそろ私、買って来たごはん、旅館にあるんで、今日食べないといけないんで…」

 だよねぇ~!!

 彼女はついに音を上げた様子で、とびないさんを振り切って、帰って行った。

 本当は旅先での奇遇な出会いとして、名前なりLINEなり聞く方が自然だったかもしれない。同じ経験をした仲間として、絆が生まれたかもしれない。

 けれど、「ここから早くお逃げ!」の一心だったので、当時そんなことは全く思いつかなかった。

「そうですよ! そろそろ宿に戻らないとね! それじゃ!」

 後押しするだけして、互いに名も知らぬまま彼女を見送った。
 ここはオレに任せて行くんだ…。

 しばらくして、とびないさん。

「あっ、惜しいことしたね! どうせならここにご飯を持ってきてもらって、一緒に食べたら良かったのにね!」

 悔しそうに言っていたが、違うよ、とびないさん。
 買ってきたごはんなんて、本当は無いんですよ。
 そんなわけないんですよ。

■労働

 時刻は気づけば21時を過ぎていた。
 体感ではすでに宿に来てから一昼夜過ぎたような気がしていた。

 来客が去ったとたん、

「あっ、そういえば君の夜ご飯がまだだったね! 急いで作らなきゃ!」

 とびないさんが気づいた。

 普通の旅館なら、オーナーがしゃべりすぎて21時まで夜ご飯が出ませんでしたとか、じゃらんから削除されるレベルの事態だと思うが、ここはとびない旅館。
 そもそもじゃらんに登録されていない。

 ボクも気にしていないというか、何なら色々な意味でおなか一杯だった。

 しかし、とびないさん、そこは宿のオーナーとしての責任感からか、

「すぐ作るから…君にも手伝ってほしい

 そう言われて厨房に通された。
 そんなに責任感なかったな。

「ウチの名物の『いもすりもち』を作るために、じゃがいもの皮むきをお願いするよ! それから、すりおろしてもみほぐして…!」

 名物って自分で作るもんだっけ?
 そば打ち体験みたいな?

 という思いがよぎりつつ、同時にダンテの神曲、その一節を思い出して無心にじゃがいもをすりおろした。

 ダンテ曰く、

「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」

 とびない旅館の門をくぐった以上、それはそういうことなのだ。

すりおろして絞ったジャガイモをスープで煮込む(さすがにスープはとびないさん製)
22時、遅い夕食の完成


ちなみに苦労して作ったいもすりもち、感想としては、

「いもすりもちって青森の伝統料理なんですか?」
「青森は昔、お米がとれにくかったからね、代用食だったんだと思うよ!」
「なるほど、すいとん的な」

この会話のままの味だった。

他のメニューは、タコの頭の部分の刺身と、近所で生産されている漬物と、手製の混ぜご飯。
案外どれもいけたが、

混ぜご飯はマルミヤのタレを使ってるんだ

あんまそういうこと言わない方がいいよ。

■宴会

 食事後、さすがに眠気が襲ってきた。
 考えれば早朝に起き、東京駅から恐山まで行って、そこから深夜までとびない旅館。
 クレイジージャーニーの過酷な旅部門みたいなことしてんな。

 そんな中、とびないさんが2階の宴会場で見せたいものがあるとのことで行ってみると、

「ほら、とびないさんが改造したラジコンの戦車だよ!」

 嬉しそうにコントローラーを握り、戦車をウイーンと動かすとびないさん。

「ほら、君もやってみて!」

 コントローラーを渡されたので、レバーをいじってみる。

「…動かないですね」
「えっ、ちょっと待って!」

 慌てて戦車をバシバシ叩き始めるとびないさん。

 深夜の宴会場でラジコンの戦車をバシバシ叩く男と、それを見守る男。
 確実に恐山よりも恐ろしい光景だったろう。

 やがて「ダメか…」と、諦めたとびないさん。
 そのまま終わるかと思ったら、

「…こっちのなら動くと思う!」

 また新しい戦車を出してきて、またコントローラーを渡してきた。

 ウイーン、ウイーン。

「動きました」

 畳の上を小さな戦車が走っていく。

 ウイーン、ウイーン。

 さすがに寝たかった。

■わらしちゃん

 とびないさんも、段々と「はい」「なるほど」しか言わなくなってきたボクを見て、察するものがあったのだろう。

「そろそろ限界そうだね? 今日はもう寝ようか?」

 23時を過ぎるころ、そう切り出してくれた。

 助かるは助かるが、朝までコースの人もいると聞く中、こんな短時間で切り上げさせるなんて、とびない旅館の客として不適当だったんじゃなかろうか。

 と、思ったが、客室までの廊下を歩いていくとびないさん、

「いや~、今日は、はしゃいだなあ~!!」

 両腕をかかげて、心の底から満足している様子だったので、多分この短時間ですごいパワー発揮したんだと思う。

 メラ10発食らうんじゃなくてメラゾーマ1発食らったみたいな。

 なので客としての義務は果たせたかと安心して着いていくと、

「どうぞ、ここがわらしちゃんのお部屋です」

 客室に通された瞬間、そういえば座敷わらしが出る部屋を用意されていたことを思い出した。

 そうか、ここからは座敷わらしとの対戦か…。

 ボクはマジで霊感がゼロなので泊まる前は全く心配していなかったのだが、ここに来てから確かに、

「謎の光が廊下を通る」
「電灯が急に1回だけ点滅する」

 などなど、漫画なら「ふ、ふん、ばかばかしい! 誰かのいたずらだろう!」って叫び出すような光景を何度か見かけたので、

「ほんまにそういうのあるんちゃう?」

 と、思い始めていた。

 とびないさんが夢中でしゃべってる最中に起きた現象なので、何か企んだ形跡もゼロ。
 つまり100パーの、偶然もしくは霊的な奴。

 そんな中、座敷わらしが出る部屋に、1人で…?
 他人事のように「勇気ありすぎだろお前」と、思った。

「じゃあ明日もよろしくね!」

 とびないさんが階下へ引き上げていったので、改めて部屋を眺めてみる。

 ここを訪れたお客たちによる、座敷わらしへの供え物が枕元のそばに。なんかここで寝たら生前葬の気分になれそう…。

旅館の客室とは思えない光景、人形とかこわいって


 落ち着かない気持ちで、着替えと歯磨きを済ませた後、布団に入る。

「座敷わらしへの供え物も持ってこなかったし、金縛りとかあうんじゃないか…」

 そう思いつつ目を閉じると。

 2分で寝た。

 疲れすぎてて即寝落ちした。
 何の夢も見ないぐらいにぐっすり寝た。

 座敷わらしパイセン、対ありでした!

~つづく~

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