雪融けのち春

春はまだ遠い。東京には雪っが降ったらしい。東京人の雪の弱さにはまいる、ニュースがよけいなことに奪われるから。春はまだ遠い。

中国ゆきの飛行機の発着も遅れてしまった。

春はまだ、遠い。

中国では、2月3日が大晦日となる。2月4日が正月。旧正月だ。西暦を採用するまえには日本政府もあちらと同じカレンダーだったはずだ。春は、もっと遠くにあって、冬は今から本物になるのだった。

春は、ただ私は、春は苦手である。

見える色が鮮やかになるから。
人々は笑顔になるから。
空気は、おだやかに、あたたかになる。から。

春という名前をつけた、私の妻が、2月4日にこの世を去ってから、7年目を迎えた。私ひとりだけで迎えてしまった、7年目。私ひとりでしか迎えられない7年目。

西暦がカレンダーでよかった、と、思う。せめて。正月の祝いなんて日本になくてよかった。東京の雪も、もっと降ればよかった。

これから、正月でにぎやぐ中国に出張しなくては。

春は、遠い。
遥か彼方に去ってしまった。

私がそちらの彼岸にゆけるころ、私は、果たして妻の笑顔に逢えるのだろうか?
私は、まだうまく笑えない。中国のバイヤーには無愛想なユーモアのない男と思われている。妻といたころの私の笑いジワも、たんなる老いとみられている。

私の春は胸にいる。今も。
体の外の春は、遠い。春は遠い。雪はもっと降って無彩色にすべてを染めて、もう一日くらい、正月行きの飛行機を足止めしてくれても、良かった。東京は雪にもっと弱くなってくれてもいいぞ。

END.

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