ガンバ・ルーン

普段はドット絵を描いている人。 ここは戯言の掃きだめ。 X(旧ツイッターURL) h…

ガンバ・ルーン

普段はドット絵を描いている人。 ここは戯言の掃きだめ。 X(旧ツイッターURL) https://twitter.com/ganba_rune

最近の記事

進捗の数値

何かを継続するにはそれなりのやる気を維持し続けなければならない。それができる人には本当に尊敬する。筆者はやる気の維持が苦手で、少し気を抜くとやめてしまう。いつもいかにしてやる気を維持するか、それが課題になっている。 一つの解決方法として進捗を数値化するである。実際にどの程度進んでいるのか、想定との差はどの程度かを意識するとやる気が出てくる。より厳密に言うと焦る、ではあるが作業が進むことには変わりない。 何かをする長期的な理由は常にあるが、短期的な目標はなかなかない。その点、

    • 触り心地

      服や寝具など、地肌に触れるものを買うときに重要な要素として「触り心地」がある。さらさらしているものやふわふわしているもの、中にはごわごわした触り心地をしているものもある。そしれそれらは購買時の優先度が高く、気に入ったものでないと買わない、といった人までいるほどだ。 筆者は基本的にはさらさらしたものが好きで、季節問わずそういった触り心地のものを探す。特に布団はさらさらとしたものを選ぶようにしている。冬は毛布を使うが、絶対に地肌に当たらないように掛布団の上に毛布を掛ける形で使って

      • 何気ないところで圧を感じる人がいる。質問をされる、少し大きな声を出される、口調が変わるなど、普段何気なくしている行為だ。気にしない人からするとなぜそのようなことが気になるのか理解できないだろう。ちなみに筆者は質問をされると少し警戒する。圧を感じるとまではいかないが、相手の出方をうかがう。これは半ば癖のようなもので、改善しようとしてもなかなか改善できない。 幼いころからの教育が大きな原因だろう。昔から親が質問してくるときには決まって叱咤や否定など、気持ちが落ち込むことが待ち受

        • 不足

          学校は学ぶ場所である。実際、授業では様々なことを学び、テストを受け、振り返る。何事もそうだが、基礎となる知識がなければ先へ進むことはできない。そのための基礎を学ぶのだ。 そして基礎となる理論、理屈を学びいざ学んだことを生かそうとするとなかなかうまくいかない。 学校では理論と理屈がわかり、その通りに問題を解けば点数になる。しかし、実際には細かな誤差があり、それらを吸収できるものを作ることが重要になる。これは実際にやってみないとなかなか感覚がつかめない。 特に重要になるものが「

          発信

          SNSを見ているとこまめに何かを発信している人がいる。筆者のように意図や目的があるのであればわかる。しかし、そうでないような人も多くいる。ただ日常の事をポツリと投稿するだけで、まるで投稿することすら日常の延長であり、特に意図を持って投稿していない。それが悪いわけではないが、筆者にはよく理解できない。何か感情が動いてもそれをSNSに投稿しようとは思わない。それ依然に人と共有しようと思わない。 このような人間は本来、SNSには向いていない。SNSは本来共有するための道具だ。自身

          楽しさを見つける

          一般的に勉強は面倒くさいもの、面白くないものとされている。実際、筆者も面白いものであるという認識がなかった時期がある。 勉強は幼いころから「させられるもの」であり、自身に決定権がない。また、ひたすらに暗記をさせられ、理論を学ぶことはできても実際に目で見ることができない。そのため面白さを実感する機会が少なく、軽い気持ちでやってみようと思えない。少なくとも筆者はそういった理由で勉強が嫌いであった。 そしてある程度大人になり、趣味を探しているときに勉強というものを振り返るとあんな

          楽しさを見つける

          天啓

          筆者はドット絵やノートなど、ひたすらに出力する練習をしている。筆者は出力があまり得意なほうではないため、それを克服する意図である。当然いつも滞りなく進められているわけではない。しばらく悩むことも大いにある。悩んでいると突然筆が進むことがある。頭の中が整理されたような、心が落ち着いたような。とにかく集中でき、次々と新たな発想や推測が頭を駆け巡る。 これが天啓と呼ばれるものなのかもしれない。とにかく自分の普段の実力以上のことができている自覚すらある。これを繰り返すことでより高みへ

          最後の追い込み

          人生で何かの目標に向かって長期間歩むことがある。試験やダイエットがわかりやすいだろう。概ね期限があり、その指定した期限で最も良い状態になるために努力する。時に計画的に、時に衝動的に。そして期限が近付くとより根を詰めて努力をする。一般的に「最後の追い込み」と言われる状態だ。もちろん、筆者もそういった経験はある。なかなかにしんどい状態ではあるが、きわめて短時間であればそれらしいことはできる。 しかし、稀に適切な追い込みをしていない人を見ることがある。その代表的な追い込み方が「一

          最後の追い込み

          寝起きのスマホ

          朝起きると手元にスマホがある。目が覚めてすぐは体を起こすのも面倒くさく、スマホでSNSや動画をぼーっと見る。それを30分程度やってから起きる。以前よりこれはよくないと思いやめることにした。目が覚めたら軽く伸びをし、そのままの勢いで布団から出る。すると理由はわからないが、朝の倦怠感が少し軽減しているように感じる。気持ちの問題かもしれないがなぜか少しだけやる気が出る。あくまでそのように感じるだけだが、気持ちだけでも楽になるとありがたいものだ。 もしかしたら普段何気なくしている行

          寝起きのスマホ

          コンセント

          日常生活で必須の設備、コンセント。何をするにもなくてはならない存在であり、使い続けている。そして備え付けられているコンセントだけでは足りず、延長コードを多用している方も多いだろう。筆者も延長コードを多用している。 そして思うのが、「コンセントの口数をもう少し増やせないだろうか?」ということである。家庭では2個口のコンセントが当たり前であり、少し数が足りないように感じる。市販されているコンセントが2個口が多く、価格の関係上、2個口をつけることが当たり前になっていると推測はして

          蓋つきごみ箱

          世の中には便利な道具がある。「ごみ箱」だ。ごみを捨てるための場所を決める道具であり、これがあるだけで生活の質が大きく上がると感じる。ごみが散乱していない部屋はそれだけで清潔に見える。 そしてさらに便利にした道具それが「蓋つきごみ箱」だ。生ごみを捨てる時ににおいを抑えることができる。蓋が付くだけで一気に利便性があがるのだ。 しかし、筆者は蓋つきごみ箱を使っていない。その理由としては「蓋の開け閉めすら面倒になる」からである。蓋つきごみ箱で深く考えずに買うと足でペダルを押したら開

          お米

          筆者はパンや麺よりもお米が好きだ。食べなれていることもあるかもしれないが、昔からお米が好きなのだ。パンは主食で食べるには柔らかすぎ、麺はすすることが手間に感じる。たまに食べる分には問題なく、おいしいと思うがずっと続くとすこしわずらわしさを感じるかもしれない。 そもそも筆者はおかずは薄味で、ご飯に納豆や漬物、みそ汁を合わせて食べる。おかずはおかずのみで食べることすらある。そんな食事をする人間にはパンや麺は食事の概念が大きく変わってくる。 そして一番大きな理由は食感だ。少し固

          怒り

          人は感情を持って生きている。その一つ、「怒り」。攻撃性を担っており、扱いが難しい。むやみに使うと相手からの警戒を生み、人としての信頼を失ってしまう。 この感情には厄介な点がある。それは「乱暴に扱うことが気持ちよさに直結する」ことである。気持ちよさの流れとしてはまずは精神的な負荷がかかり、「怒り」の感情がわく。そしてその感情を外部に発散する。この時に気持ちよさを感じる。我慢をして発散した時の気持ちよさと言えば想像できる方も多いだろう。 この「怒り」はネット文化と相性がよく、ち

          時間

          とにかく時間が足りない。生きていると時間が足りない。しなければならないこと、睡眠、家事等を含むだけで精一杯だ。単純に細かな時間で動画を見たり、休憩をしたりしているため、それが原因で時間がひっ迫しているのだろう。現に今この時も動画を流しながら書いている。何かを始めるときに初速をつけるため、動画や音楽を聴きながら開始する。稀に作業が進まず、動画や音楽に集中してしまう。この時間が無駄なのだろう。体調がいい時だと何もなしに作業を開始できるが、体調は基本的に悪い。作業開始までウダウダと

          名称不明

          人は現象や物、感情、その他もろもろすべてのことに名前を付けている。初めは明確な意図はなかっただろう。目の前の「それ」を指すときになんとなく発した言葉とも言えない声。その声を「それ」を指すときに発する慣習になり、名前が付いたのだろう。何事も初めは思い付きと真似から始まる。そんなものだ。 しかし、現代は違う。言葉に意味があり、その意味を組み合わせて新たな言葉を作る。そして名前として定着させる。その「もの」に名前がないとき、人は不気味に思うほどに名前があることが当たり前だ。 また

          完璧

          完璧主義。自分自身の思う100点を達成できていないと満足できず、なんどもやり直したり、結果をなかったことにしてしまう性格。筆者も少しその気がある。昔はひどかったが、少しづつ改善しており、ましにはなっている。あまり得をする性格とは言えない。 今日、技術の進歩によりやり直しや修正が簡単になっている。写真の修正が身近であろう。昔は写真を加工することはできず、何度も取り直しを余儀なくされていた。今ではパソコンすらいらず、スマートフォンだけで概ね事足りる。 上記のような修正が簡単に