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【読書記録16】自分を大切にすることの大切さを教えてくれる本。

 自分の直観に感謝したい。そんな瞬間がみなさんにもあるだろうか。「この店美味しいかも!」と思ってたまたま入ったレストランで、最高の一品に出会ったり、「これは大ヒットの予感!」と思いながら、自分の勘を信じて毎週予約したドラマが社会現象になったり。そんな一期一会に心震わせるのはとても幸せなことである。
 本書を手に取って、読み始めたときにも同じことを感じた。タイトルを見てすぐにこの本を購入した自分の直観を褒めてあげたいと心底思った。それぐらい、本書に出会えたことは幸運だった。

 さて、そんな今回紹介する本は、ひらいめぐみ著『転職ばっかりうまくなる』(百万年書房)である。

圧倒的成長をしたくない

 著者のひらいめぐみ氏の著作を読むのはこれが初めてである。タイトルの大胆さと表紙の捧腹絶倒感が、自分の手を伸ばした。「転職」というワードに敏感になっていたわけではないが、もっと別の可能性が自分の人生にはあるかも?ぐらいのことを考えながら、今の職場で日々の業務に従事している。だから、転職したくてたまらないから、読んだわけではないと思う。そんな自分が本書を手に取った一番の理由はおそらく、本書の帯に書かれた言葉に惹かれたからである。

20代で転職6回。圧倒的成長・・・・・をしたくない人のための、ドタバタ転職のすゝめ。

表紙の帯

 転職の場面に限らずだが、会社や社会は「成長」を求めてくる。ある程度は納得できる話なのだが、過度に押し付けられる成長絶対主義は、どこか窮屈な感じがして自分は苦手だった。だから、次の文章も自分にとっては救いだった。同じ温度感の人がいる安心感は計り知れない。それが少数しかいなさそうな事柄ならなおさらだ。

 また、ベンチャーに限らないことかもしれないが、「将来どうなりたいか」「成長するにはどうしたらいいか」ということをしきりに問われた。キャリアプランはどう考えているのか、と言われても、仕事で最低限のお金を得ながら、なるべくごろごろ過ごしたいとしか思っていない。そんなことを正直に言ったら怒られるのでさすがに言わなかったが、やりたいことなんてなかった。「成長」という言葉もよくわからなくて、前職でもやたらと成長を求められる機会が多かったが、会社はいったい、なにを期待しているのだろう。わたしはわたし以外の人間にはなれないし、できないことを無理にやってみても、人より時間がかかって足を引っ張るだけである。頑張らなくてもいいことを頑張る必要はないのではないか。大人になったわたしは、成長しない。苦手なことを乗り越えたとしても、それは「克服」なのであって、「成長」ではないのだ。

三社目 webマーケティング

 ここの文章は、読みながら下あごが擦り切れるほど何度も頷いた。それくらい共感が激しく詰まった文章だった。
 自分は、今後のキャリアプランを聞かれるたびに、口ごもってしまう。上長にそれっぽいことは言っているが、その言葉に対する自分の真剣みのなさに、あきれて笑ってしまうくらいである。それゆえ、ひらい氏の正直な語り口はとても安心感を与えてくれるのだ。例えば、次の文章も共感する人は多いのではないかと思う。

日が沈む前に帰った方が、ぜったい良いのだ。外が暗くなってから家へ帰ると、あとはごはんを食べてお風呂に入って眠るだけの時間しかなくなり、また仕事をする、の繰り返し。そんなのさみしい。本を読んだり映画を観たり、友だちと夜遅くまでファミレスのパフェをつつきながらべらべら話したり、意味もなく隣のまちまで散歩したり、勢いで近場の海まで行ったりしたくなっても、それをたのしむための時間がない。残業によって、日々の営みが家と会社の往復だけになってしまう。

一社目 倉庫、コンビニ

「転職をする」ということは、「これまでの肩書を捨てる」こと

 本書の中で、ひらい氏は、転職について次のように言っている。

「転職をする」ということは、言わば「これまでの肩書を捨てる」行為だ。

七社目 ライター・作家(フリーランス)←「社」ではないですが……。

 転職を繰り返したひらい氏は、自分自身の中身や実態は変わらないのに、肩書ひとつで周囲の接し方が変わっていくことに、不思議な気持ちを抱いたそうである。
 本書の魅力の1つに、転職に対する見方を変えてくれるところがあると思う。例えば、ひらい氏は、転職のメリットとして、「転職の数だけ人生の味方が増える」を挙げている。

わたしも、かつての同僚たちも、違う場所で働き、悩み、それぞれのライフステージに進む。それでも、一年に一度顔を合わせれば、友だちとも家族とも違った安心感を抱きながら、会話ができる。転職をするのは毎回それなりに大変だが、それぞれの会社で出会えた同僚や先輩は、かけがえのない存在だ。

七社目 ライター・作家(フリーランス)←「社」ではないですが……。

 転職が一般になってきたこのご時世においても、転職を決意することは、人生における小さくない決断となる。ゆえに、その決断には、その決意の正当性(真っ当な理由)が必要だと多くの人が考えてしまう。
 でも、何度も転職を繰り返してきたひらい氏の体験を読めば、そんなに強張らなくても、もっと気楽に構えても良いのだと思わせてくれる。
 次の2つの引用は、そのことがとても感じられる文章になっている。

 入社して二か月ほど経ったある日、営業先からオフィスに戻ると、大きな窓ガラスに、目を張るような美しい夕焼けが広がっていた。(中略)こんなにきれいな夕焼けを誰も見ていない、誰とも共有できない会社で働き続けることが、わたしにとって、なによりも耐えられないことだった。ここに、馴染めたら、きっといつかわたしも窓から見える景色に、心が動かなくなってしまう。なりたくない大人になるために、就職したわけではなかった。

二社目 営業

 仕事を辞めるのに、社会に向けた正当な理由はなくていい。なんとなく合わないから、という理由でも、それで自分が自分を極めることになるのなら、立派な退職理由だ。わたしもこの先、自分がなんの仕事をしているのか想像がつかない。ライターと作家の仕事を続けているかもしれないし、全然違う仕事をしているかもしれない。どんな仕事に就くかよりも、自分がみじめにならないこと、自分自身を極められることを選ぶのが、何よりも大切なのではないかと思う。

七社目 ライター・作家(フリーランス)←「社」ではないですが……。

 とても心を打つ文章で、何度も反芻したくなる。自分自身が大切にしている信念を貫くこと、それが自分を大切にすることそのものに他ならない。芯の通った自分の生き方に、社会通念の許諾は必要ないのだ、と心の底から勇気がもらえる。

 著者のひらい氏は、本書で、視野が狭まりどうしようもなくなっている多くの若者の心の扉を、さらっと鮮やかに開けてみせた。それは誰もができる芸当ではない。学者先生が理路整然と正論を述べても、その扉は開かないのである。様々な体験から得られた血の通った、正直で、どこか温かみのある言葉と、そのストーリーにちりばめられた脱力的なユーモアが、重く考えていた自分の思考を、すっと軽くするのである。
 この本をあのとき、会社の同期のあの人が読んでいたら、もっと気持ちが楽になっていたのではないだろうか。そんな風にいまでも思う。たとえ、転職をしなくても、そのような心の持ち様があるのだと知るだけで、あの人の気持ちは楽になったのではないかと思ってしまう。
 私たちは、つい、いま生きている人生の岐路以外に選択肢はないのだと思い込みがちである。しかし、そのような思い込みや偏狭な発想が、自分をより苦しめていることには私たちはなかなか気づけない。本書は、そんな多くの人たちに、自分の目の前にはいくつもの道があることを、サーチライトのように照らし、その道への歩みに向かってそっと背中を押してくれる素晴らしい本になっている。

読後感想会

 先日、仲の良い会社の先輩と、最近読んだ面白い本の話をしていたときに、本書『転職ばっかりうまくなる』を話題に挙げたところ、「読みたい!」とのことだったので、「ぜひ!」と本書をお貸しした。購入したかったが、なかなか最寄りの書店で見つけられなかったそうだ。その後、すぐにLINEに本書の感想が届いた。その先輩も、本書に救われた気持ちになったそうだ。
 さらにその後、その先輩から、ひらいめぐみ氏の他の著作『おいしいが聞こえる』と『理想』を借りて読んだが、これもまたとても面白かった。その先輩は、『転職ばっかりうまくなる』を読了後、すぐにひらい氏の他の著作を買い、読了したそうだ。特に、借りて読み、のちに購入した『おいしいが聞こえる』は、特に、ひらいめぐみという書き手のやさしい温度感がより伝わってくる作品だった。『転職ばっかりうまくなる』に少し出てくる「たまごシール」の話も詳しく書かれていてほっこりした。
 私たち2人は、すっかりひらいめぐみ氏のファンになっていた。きっと、2人とも、ひらい氏の新作が出たら、すぐに購入して一目散に読むのだろう。その新作について語らい合うのがこれからとても楽しみである。そう遠くない未来に楽しみが待っていると考えるだけで、幸せな気持ちになれる。


 ぜひ書店で、『転職ばっかりうまくなる』を見つけたら、衝動買いしましょう。なぜなら、あなたのその直観はきっと正しいから。

 今回は以上です。


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