“見る”ものの質量化ではなく“そこに在る”ものの質量化 with Film Cameras

画像1 近頃は写真とアート、1人遊びとAI遊びの関連性を見出してきています。東京駅はビルのない空を常に見ていて、不動の余白を感じつつも、そのレンガは隙間なく積み上げられ、積み上げた職人のことは皆が忘れていく。
画像2 そろそろ株式会社を超えていきたいです、渋沢さん。
画像3 なんで膨大なエネルギーをかけて重たいものを動かしたがるのか不思議
画像4 可愛い狸を作ってくれた人に感謝する雑多な街
画像5 空以外に上を見上げることなんて写真を構えないとなかった
画像6 写真美術館を出た後の誘惑をいつも回避している
画像7 液体から固体、全てのマテリアルを意識しながら
画像8 優秀なホワイトワーカーよりも永遠に思えるようなサービス業に従事する人を尊敬する
画像9 見たかった景色をその場でつくる
画像10 マンハッタンのチェリーとプリンのチェリーは訳が違う。
画像11 1時間かかるホットケーキよりもお家で焼くホットケーキを食べたい
画像12 1/nゆらぎとnullの景色はいつも水から
画像13 ポストはいつも同じ顔をしている
画像14 本棚で人となりが分かる
画像15 1984を読まずにカプーアを感じるとはどういう感覚なのか
画像16 写真における時間の不動化は無機物にも起きる
画像17 環世界に落ちる
画像18 ポスト構造主義を可視化したい、説明しても伝わらないものをイメージのまま
画像19 誰も見ていない作品を見出す喜び。在る。
画像20 ステートメントを反芻させながら歩く
画像21 日常からかけ離れたマテリアル
画像22 異彩なのか、天才なのか、神々の沈黙を思い出しながら
画像23 画材の肌触りに愛着を覚え
画像24 弘法筆を選ばず、ただ偏愛は持つ
画像25 電車は無駄なエネルギーを感じにくい。1人あたりの質量が車より軽い。
画像26 地図の先にある
画像27 上質な空間に必要なものを揃えている
画像28 遊びと余白と偶然性と
画像29 キャリアみたいな固定化された価値観を描き出すことはない偶然性の象徴
画像30 無機物の環世界を見つける瞬間に喜びを見出す

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