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あの音はそうか……。「怪物」

是枝監督作品は、海街diaryや万引き家族、ベイビーブローカーを鑑賞しています。どの作品も、見る者の心に問いかける部分があったため、本作を見る前も、少し緊張しました。

観終わった後の感想は、噂に違わぬ傑作でした。序盤で抱いた印象を覆していく三部構成は、本当に見事。同じ出来事を、それぞれ母親、先生、小学生の息子の視点から描いているのですが、同じ出来事でも同じシーンはほとんどなく、それゆえあの時あの登場人物が取った行動は、別のシーンであったあのやりとりがきっかけだったのか、と想像力を働かせて補完することができます。この辺りの編集は本当に見事で。同じ出来事を繰り返しているのに、全く別の物語を見ているような感覚と、パズルのピースがはまる快感を得られました。

ストーリーは、息子が先生から暴力を振るわれた疑いを持った母親が、学校の不誠実な対応に不信感を募らせていく展開から始まるのですが、視点が変わるたび、それぞれ罪を犯しつつも、自分の幸せを求めているだけだとわかっていきます。
お父さんを大事にしているように見えた母親は、実は父親の死因は、不倫相手と一緒にいたときの事故で、無表情に思えた先生は校長はじめ他の教員から話をさせてもらえず、息子は同じクラスでいじめられている男の子が好きで、そしていじめられてる子は冒頭の火事の原因だった……。

個人的にゾクッとしたのは、タイトルにもある音。第一部の終盤、母親と先生、息子でのやりとりの間流れる、ボヘーっとした金管楽器の音。下手な音だなあ、と思って聞いていましたが、三部で吹いていた人の正体が判明し、もう一度最初のシーンを見返したくなりました。
このように、本作では最初に見たときに分からなかった事実が、次々に明らかになり、その時に感じた自分の感情も含め間違っていたことに気付かされます。結構しんどいシーンもありますが、機会をみてまた見返したいと思っています。

三部でメインとなる、湊と依里を演じる黒川想矢と柊木陽太の演技は本当に良かったですね。クィアであることを気づきつつ、まだまだ家族や周囲に理解されないことへの葛藤がとてもよく伝わりました。

また、個人的に永山瑛太の演技にゾクゾクさせられっぱなしでした。第一部の抑揚のない喋り方と、第二部に入っての今どきながらやる気溢れる雰囲気、そして一部の誤解を解くだけではなく、マチズモ的な側面や無神経な部分まで、善人でも悪人でもないグレーな部分を伝え切ってくれたと思います。

本作で一番私が考えたのはまさにその部分で。人は善人でも悪人でもなく。一面を見ると全く話の通じない、「怪物」に見えてしまう人も、彼らには彼らの人生があり、違う場面で出会えば楽しく話ができるわけです。

SNSで「けしからん」出来事を見てその相手に暴言を吐き、正義を成したと満足している正義中毒者の方々は、本当に本作を見て色々考えることを勧めたいです。

ただ、作品はしっかりエンタメしていまして。これも是枝作品の特徴かと思いますが、重いテーマを扱いつつも、ラストの読後感はかなり爽やかでした。ラストシーンは二通りの解釈(嵐が去ったor死後)ができそうですが、私は前者で、色々罪も冒したが、それでも前へ進んでいけるラストだと解釈しています。別の解釈も含め、見た人と語り合いたい作品です。


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