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出会って広がる三原色「きみの色」

山田尚子監督、吉田玲子脚本、牛尾憲輔音楽とリズと青い鳥や聲の形とおなじ座組で製作された本作は、オリジナルながら今までの山田作品に通じる要素もあり、また強い作家性も感じさせる作品になっていました。

まず印象に残ったのは、主人公トツ子の個性。引っ込み思案という程ではないけど初対面でテンパるところがあったり、ふんわりしているかと思いきや勢いで突っ走る面もあったり。そして何より他人の「色」を知覚できるという個性。本作は彼女の視点に近いような淡く美しい色遣いで作品が彩られており、もうそれだけで私は作品世界の虜になっていたと思います。

勿論トツ子だけでなく、最初はトツ子の憧れの女生徒で、後に一緒にバンドを組むきみも、古い教会で密かに音楽活動を行っていたルイも、一言では言い表せない個性を持っていて。それは実在の人間としては当然のことなのですが、100分でストーリーを描く映画、特にアニメ映画としては非常に珍しい作品だと思います。しかしその複雑な人間描写こそが、映画的な大きな出来事が起こらない本作で、確実に最後まで見ていたくなる重要な要素だったと感じました。

大きな出来事は起こらない、はあくまで一般的な映画的な意味で、トツ子、きみ、ルイにとっては重要な出来事は作品中ずっと起き続けています。高校を辞めたことを言えない、音楽がやりたいことを言えない、色が見えるコンプレックスや、きみを寮に泊めた罪悪感など……。客観的に見たら些細なことかも知れませんし、肉親に相談したらあっさり解決する問題なのかも知れません。それでも今その時を生きる彼らにとっては、本当に大問題で、それが見ている側にもしっかりと伝わってきました。
因みにきみが学校を辞めた理由は、あまり明確には語られていませんでした。彼女と兄が祖母の家に来た理由もはっきりとは描かれておらず、両親がどうなっているのか、その中で彼女がどう感じていたのか、全て観客の想像に任されています。本作ではそんな感じで全てを語らない演出も多々ありました。例えばきみのルイへの恋愛感情も、はっきりとは描かれないものの、見る側からしたらそうかな、と思えるようにはなっていたと思います。かように本作は、丁寧な演出と、観客への信頼の元、純度の高い山田監督の作品スタンスが込められており、何度も見て作品に込められた意図を読み解きたくなりました。
本作の展開で感心したのは、小さな「悪い事」に関して主人公達が感じる罪悪感と贖罪を丁寧に描いている事。修学旅行を仮病で休んで友達を寮に入れて騒ぐなんて展開、映画だとよくある展開ですし、それは楽しんだ描写で終わるんですよ。しかし本作ではトツ子もきみも罪悪感を覚え、結局企みはバレて奉仕活動という贖罪を行う展開に。ここでシスター日吉子の口添えで、すでに生徒ではなくなっているきみにも贖罪の機会が与えられる展開が秀逸でした。

主人公達3人の演技は本当に素晴らしく。特にきみ役の髙石あかりさんは、ベイビーわるきゅーれの殺し屋役の印象が強いのですが、本作ではそのイメージは全く感じず、きみという複雑な役の個性を出し切っていたと思いました。
他のキャラクターでは若いシスター役の新垣結衣さんが良かったですね。大人の立場でありながら常に主人公達に寄り添い、ライブ前に明かされたある事実から、けいおんのあの先生を思い出したり。

そして本作を彩るもう一つの大事な要素、劇伴音楽とライブ。劇伴タイトルは色番号(RGB234,242,247など)で示され、その時の光景を音で描き、視覚の色彩をよりクリアにしてくれます。そして本作のクライマックスであるバレンタイン祭のライブでは、それぞれが作詞・作曲した3曲を描ききる圧巻のパフォーマンスで。音響も素晴らしく映画館で見て良かったと思いましたし、”反省文”、”あるく”と静か、荘厳な楽曲に続いてポップな”水金地火木土天アーメン”が来る構成も最高で、劇中の観客よろしく踊り出したくなるノリの良さでした。正直水金〜は予告等で流れていたときは、大丈夫か、これ?と少し心配になっていたのですが、いざ作品内で製作過程を追ってラストに流されると、本当に最高の曲になっていました。ここで歌っているきみとトツ子の楽しそうなこと。
音楽シーンでは、テルミンの使い方も良かったですね。電子的な、弦楽器のような不思議なサウンドもまた、きみの色の世界に欠かせない色だったと思います。

最後に。トツ子は他人の色は見えますが、自分の色は見えませんでした。きみは青、クールな雰囲気の彼女にぴったり。ルイは緑。植物のように優しく寄り添う雰囲気に納得でした。そしてライブ後、一人ダンスを踊るトツ子が一瞬見えた自分の色は……赤。
彼らはこれからも音楽を続け、様々な色を生み出していくのだろうな、と思えた瞬間でした。

パンフレットは990円。アニメ映画のパンフとしては高くない価格ながら、劇中シーンも惜しみなく挿入され、インタビューは声優、監督、脚本、音楽に加えアニメーター、背景美術など多くのスタッフに行われており、大変読み応えがありました。


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