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泥にまみれて「さよなら△またきて□」展レポート②
レポート①では、展覧会コンセプトの核となる千野に残る母子信仰の物語、元三大師とその母月子姫のエピソード、そして伝承の記憶からは失われた元三大師の兄にあたる弥世丸(みよまる)について触れました。本展は母と子の伝承以外の死者や物語、時には関係もない事柄も参考にしています。レポート②では個別の作品について見ていきます。
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リュ・ジェユン《デビルマンシリーズ》
韓国に母がいる作家のジェユンは、元三大師が結界を超え乳野に通った様子を重ねて制作された作品です。元三大師は角太子とも呼ばれ、鬼のような姿でおみくじや魔除けとして描かれています。デビルマンシリーズでは、角太子の面影と手で捻られる過程で、歪んでいく姿が可愛らしくも、葛藤のうな動きを見ることができます。
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平岡 真生 《 魔法にかけられたわたしたちは、あなたの目を包み込んだ時1つに戻れるだろう 》
時計が止まった家、昔のままの家具から今ではない懐かしさを感じられます。平岡の作品は、キッチンに置かれたダイヤル式電話の受話器を取るところから始まります。
女性はお腹に子供を授かった瞬間から「お母さん」と声かけが始まり、その呼びかけを否定できない。
いつから「母」になるのか。受話器から聞こえる電話の相手からは、会話のハシゴを降ろされ、成立しない不安感が残る作品です。
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MANAMI ARIGA 《 ぬけだしのよ 》
介護ベットが置かれた部屋と野外の井戸からは鐘の音が響き、AIの声が聞こえてきます。滋賀県三井寺の鐘の音が琵琶湖の龍神伝説を弔う鐘なら、この部屋と井戸から響く鐘の音は何の物語を弔っているのでしょうか。部屋の作品は、映像が流れ部屋には介護ベットと誰かが寝転んでいるように見えます。壁面には、日記のような張り紙が並び、床には意味ありげに石が並んでいます。物語から外れた弥世丸のように、忘れられていた物語の存在がそこにはあります。
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吉田 晴彦 《 land -手向けの土地- 》
吉田の作品は、庭に堀を作り展覧会に入るための橋を渡し、庭の土を部屋に持ち込み、土の上に水を張って田を薄暗い牛舎で再現しています。作品では農民たちと共に一揆を起こした庄屋・土川平兵衛を題材にしています。作者が土を掘ること泥臭さから英雄的な行為だけではない物語の影の見える作品です。
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浅田 優月 《 試着室 》
洋間の部屋にブラウン管テレビを取り囲むL字型の3人掛けソファー。カーテンを通して入ってくる柔らかい光。ソファーの上にはくしゃくしゃの服。ブラウン管テレビに流れる映像は、女性が座禅を組みゆっくりと足を組み替えたり頭を動かしたりしています。人物も周辺も肌色の映像は、胎内の中のように見えます。若くも年配にも見える人物を前に、祈る対象でも母でもない悟りきれず悩む人間の姿と対峙します。
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中村 幹史 《 流水輪廻転生 》
比叡山を登ると織田信長の比叡山焼き討ちで亡くなった死者を弔う無縁仏に出会います。聖なるものと俗なるものが近くにあることは珍しいことではありません。比叡山と千野を別つ女人結界の中にも、女性や子供を弔う無縁仏が存在しています。千野を降って温泉街として有名なこの街は、ソープ街を抱えています。聖と俗、山と湖、二つの生が交わる間を流れる川の水を汲み、朱色の棺から伸びる臍の緒のようにも、点滴のようにも見える管から棺を通り庭に掘られた穴へと運ばれます。
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松本悠 《 夜明けの黒いミルク、二つの人形はおまえをのむそしてのむ 》
松本の作品は戦後にアメリカと日本の友好のための「人形交換プロジェクト」の物語から始められました。友好関係を結ぶことから始められた人形は、政治利用という形で様々な役割を定められた存在となりました。展覧会場には日本人形や西洋人形が部屋を彷徨ったように置かれています。ガラスへの転写や幽霊や妖怪を感じる映像と空間演出は、母の手を離れて象(写真)としても物理的にも移動していく人形が現れている。
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《モノ・シャカ No.9 「母と子」 》季刊同人誌 2022
本展に合わせ「母と子」をテーマに策定された一冊です。母と子の話は伝承だけではなく、日常の中で当たり前のようにしています。展覧会場を入って右手の応接間は、モノ・シャカの冊子と関連する作品が並べ演出された空間です。休憩室も兼ねるこの場所で本を手に取り、家に持ち帰る。母の話、友人との話、葬式の話、生活や日常の隙間に物語が入ってくるように感じます。(1冊1000円で販売中)
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本展は白い壁のあるギャラリー空間ではなく廃家での展覧会です。ネズミの糞も残るゴミの山を片付けるところから始まりました。裸足で歩くには危険が多く、水捌けの悪い家の前の土を踏んでから中に上がります。前提から慣用句「土足で踏み込む」の方が正しい場所だからこそ、現代アートを知っている人に専門用語を並べ突き放すのではなく、地域住民も含めたアートに馴染みのない観客までを射程に、家財や地域の歴史や物語が作品体験の導入やヒントになっています。伝承の記憶からは失われよそから来た人の前に現れる「弥世丸」のような中途半端な存在のように、まだどこか別の場所で姿を現すのかもしれません。
文|竹下 想(美術家/デザイナー 合同会社galleryMain代表)
展覧会概要
乳野の里芸術展「さよなら△またきて□」
キュレーター
山崎 裕貴(美術家・合同会社galleryMain)
アーティスト
浅田 優月、MANAMI ARIGA、中村 幹史、松本 悠、吉田 晴彦、リュ・ジェユン、松岡 湧紀、モノ・シャカ、山崎 裕貴、平岡 真生
会期|2022年11月8日(火)〜11月27日(日)
休館日|月曜日休み
開館時間|10:30-17:30
会場|千野の古民家「弥世丸(みよまる)の家」、番屋勇気
住所|〒520-0111 滋賀県大津市千野1丁目7−43
入場料|1000円
アクセス|JRおごと温泉駅より徒歩25分、タクシー5分
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