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ロンドンの「ターカーハー」って何?

Sounds Appealing: The Passionate Story of English Pronunciation, David Crystal, 2018, Profile Books.を読んでいて、実に面白い話を見つけたのでシェアしたい。

それがタイトルの「ターカーハー /tɑː kɑː hɑː/」のことで、これは“伝統的”な RP: Received Pronunciation話者が、ある業種の会社名を発話した際の発音であったそうなのだが、予想がつくだろうか?

ここで生じている発音現象は、ひとつとしては一種の smoothingと呼べるもので、現代英語でも二重母音や“三重母音”が単純化して長母音と化すことはよくある:

NORTH/FORCE [ɔə] > [ɔː] > [oː]
SQUARE [ɛə] > [ɛː]
NEAR [ɪə] > [ɪː]

— SCEP Handbook, ‘Standard Southern British: Recent and current changes,’ John Harrisより

音声学的に厳密に言えば、/aɪə/および /aʊə/は “三重母音”ではなく/aɪ・aʊ/ + /ə/のように分析されるものなのだが、便宜的に三重母音と呼ぶことにすると、これらも単純化して長母音として発音されることが多い。そしてここに、20世紀のRPの far back accentという特徴を加味すると、「ターカーハー」の謎が解明されていく:

Tower Car Hire /tɑʊə kɑː hɑɪə/ > /tɑː kɑː hɑː/
*ロンドンの Tower Bridge近くのレンタカー会社とのこと

ちなみに、最新のイギリス英語発音の傾向としては、

/aɪə/ > [ɑjə] > [ɑː] → fire, tireなど
/aʊə/ > [awə] > [aː] → tower, flowerなど 

という感じで、よ〜く聴くと /aɪə/の smoothing結果の方が舌の位置が後ろの[ɑː]・/aʊə/の smoothing結果は舌の位置が前目の[aː]のように異なる。

とは言え、「ターカーハー」という発音を耳にして Tower Car Hireという単語の羅列を頭の中で復元しろというのも、無茶を言うなという話だ。おそらく英語ネイティヴである著者自身も、これには面食らった記憶があるからこそ、本に記したという経緯なのであろう。

よって、別に聞き取れなかったからといって、学習者側の勉強不足と自分を責める必要はまったくない話なのは確かである。しかし、それでも言えることとしては、こうした音声学的な知識をもとに、「こういった音が実際にはこう聞こえてくるかもしれない」というパタンを知識として頭に入れておくことで、手も足も出ない状態から一歩も二歩も先に進んで、手がかりを掴むことができる可能性が大いに広がるということである。towerを「タワー」・hireを「ハイヤー」と “しか思っていない”と、/tɑː/や /hɑː/と聞こえてきた時に正しい単語と結びつけて理解することなど望むべくもない。

「どこまでやるか」の取捨選択の問題はあるにせよ、英語学習・発音学習に充てられる時間は限られているからこそ、単語レベルでしらみつぶしに、というのではなく、音声学の知見を生かし体系的にパタンを把握するという学び方が効率的と言えよう。

SCEPの directorを務められている Geoff Lindsey先生の English After RPは、(現時点での)最新イギリス発音: SSB = Standard Southern British pronunciationの概要を見渡すのに最適です。発音記号が読めることが前提となる部分はありますが、1つ1つが簡潔かつ明確に書かれた 31章構成なので、ガリレオの場合 SCEPからの帰りのフライトでほぼ読み終えたくらいで読みやすいです。

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SCEPの Farewell Partyにて、Geoff先生と(笑)

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