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「未来マッハ君」の述懐

 教育と探求社が主催している探求学習プログラム「クエストエデュケーション」に参加した。僕自身、そのまとめの活動に位置付けられた「クエストカップ」にも参加させていただいた。今回はその経験をお伝えしていきたい。

 「クエストエデュケーション」は「日本最大規模の探究学習プログラム」であり、今回僕らは協賛企業に対して新事業を提案する「コーポレートアクセス」に参加した。数年前から学校で参加していたこのプログラム。今年度も高校1,2年生の希望者で取り組んだ。
 活動全体を通じたコンセプトは「探求」。3~5人ごとのチームを組織し、一年単位でプログラムに取り組む。一年間のうち初期段階では、アンケート調査の実施などを通じて担当企業の基礎情報を収集・分析し、提案する企画へのイメージを膨らませていく。続いて、実際に新事業を企画し、提案のためのプレゼンテーションを組み立てていく。企画の内容については中間発表と本発表とでそれぞれプレゼンするのだが、本発表で優秀であると認められると、上位チームのみで行われる「クエストカップ」への出場が決まる。どの発表においても聴衆からのリフレクションを丁寧に共有でき、さらなるブラッシュアップへと生かせるようになっていた。企業の方や主催している教育と探求社の担当者がコメントを送ってくれることも多く、双方向性が担保されていて取り組みやすいと感じた。

 以上がプログラムの大まかな流れである。全体を通して、何かと役に立つことが随所に盛り込まれていると感じた。アンケート調査の行い方や分析の方法など、こうした機会がないと学べないような分野にも今のうちから触れることができた。そして何より、プレゼンテーションへの取り組みで得たものは大きかった(詳細は後述。)

 今年度この活動に取り組んだ僕ら19人は5つのチームに分かれ、それぞれ吉野家、テレビ東京、大和ハウス、パナソニック、アデコの中から一社ずつ担当した。僕の担当はアデコ。人材派遣サービスを行っている大手で、多くの高校生とは関わりのない企業だが、直感的に選んだのがこの企業だった。クラスメイトが賛同してくれたのでその仲間たちと4人でチームを作った。名付けたチーム名は「未来マッハ君」。未来に向かって進んで行くような、どこかクールなイメージを与える名前であると、今でも少し誇りに感じている。

 さて、活動に乗り出した未来マッハ君。付箋を貼りつけながらイメージを膨らませるブレインストーミングの活動で得たインスピレーションを生かし、企画を0から考案し始めた。しかし、考案するたびに欠点が見つかり、いつの間にか凝り固まっていることもあった。当初は派遣社員に目を向けていたが、挫折を経てから方向性を修正し、むしろアデコがこれまで関わってこなかった「教育」の現場に目を向けるようになっていった。その頃僕らはちょうど「文理選択」を迫られ、将来について考える時期が重なっていたのだ。こうして「未来マッハ君」の新たな企画の陰影だけが動き回り始めた。教育に目を向けたアデコグループの新事業。将来について考え始める高校生のために、アデコだからできることは何なのか。一度教育に目を向けてみたもののなかなか形にならず、頓挫しかけては修正を繰り返し、最終的に一つの問題意識にたどり着いた。それは、現在のキャリア教育が「職業ばかりに目を向けて人生をとらえている」というものだった。

 もともとこれはチームメイトと、また、強力なアドバイザーとなってくださった担当のO先生とでしていた会話がきっかけで形が見えてきたものだった。僕の弟が小学校でした体験、「将来の夢はサラリーマンと書いたところ、先生から突き返された」という内容なのだが、その体験談からヒントを得ることができたのだ。チームメイトとの相談や議論の中から話が広がって生きてきた例はほかにもたくさんある。意外なところから出た芽に水をやって育て、肥料を与え、誘引してはまた水をやり……。まさにそんなイメージで企画を作り上げてきた。地味でつらい時期もあったが、結果的には先ほど指摘した問題点を解決し得る、そこそこの企画が出来上がった。

 僕らは1月、「本発表」として学校内で企業ごとの新事業をプレゼンしあい、オンラインで企業の方とも繋ぎながら活動への理解を深めた。その様子は動画ファイルとして実行委員会に送られ、クエストカップの出場権を与えられるか否か審査された。

 2月10日の結果発表。僕らのチーム「未来マッハ君」は無事審査を通過した。僕ら以外のチームも2つが審査を通過し、計3チームはその時点で優秀賞が確定、クエストカップへの出場権を手にした。全国3,587チームの中から209チームしか選ばれない優秀賞に、学校から3チームも選ばれたのは「快挙だ」とO先生。自信を胸に、僕らはクエストカップに向けてさらに企画に磨きをかけることになった。残された期間はわずか10日間。残る課題は企画の分かりやすさや面白さ、そしてプレゼンテーション力の強化などだった。

 早速動き出した僕らは課題一つ一つに対し具体的なアプローチを提案しあいながら対処し始めた。特に、企画した事業全体の内容を一新してより魅力的なものへと変貌させた。残り日数が少なくなり始めたころ、学校のK先生からスライドへのアドバイスをいただいたき、そこからは必死で、スライドを見やすく、分かりやすいものにしていった。ズームを利用したオンラインでの開催だけあって、フォントや文字のサイズはもちろん、背景との色の組み合わせや情報量の調節などにも気を配る必要があった。
 原稿もなるべく端的に、そして正確な表現となるよう何度も校正を行った。O先生はそのたびにアドバイスをくださり、未来マッハ君もめげずについて行った。本番直前には夜遅くまで何時間もかけて修正を続けた日もあった。そして、あっという間に発表当日を迎えた。

 僕らには自信があった。そもそも企画の内容に自信があったし、仕上げてきたプレゼンにも自信があった。仲間と何時間もかけて作り上げてきた企画プレゼンは、ある意味僕ら自身の象徴のようなものになっていた。自信と決意を胸に、ズームミーティングに「入室」した。

 クエストカップでは審査を勝ち抜いた10チームがひとつの場で発表を見せ合う。これらの10チームはすべて同じ一つの企業(僕らの場合だとアデコ)に向けて新事業を提案するチームだ。他校がどんなことを考えてきたのか、僕らは興味を持ちながら聞き始めた。
 他のチームの発表を聞いていると、逆に自信も湧いてきた。これなら自分たちのプレゼン力と企画の斬新さで圧倒できるかもしれない、という思いがあった。名前が呼ばれた。4人でスクリーンの前に立った。

「どうもー、未来マッハ君で〜す!ハイッ!(未来マッハ君ポーズ)」
「そこで僕たちは今回、高校生を対象としたプログラムを、企画しました!」
「この企画は、学校からの依頼をうけてアデコの職員が行う、一年程の長期的なキャリア教育プログラムです。」
「あなたの将来の夢はなんですか?」
「ずばりみなさんは職業を思い浮かべたのでは無いのでしょうか?」
「今のキャリア教育は職業ばかりに目を向けてしまっています」
「人生って仕事だけなのでしょうか?」
「未来に目を向けなくても良いんですか?」
「そこで、僕たちが今回提案する企画は、こちら!『キャリアート』です!」
「これは、参加した高校生たちが未来の自分の物語を作るという企画です。 芸術的な活動とキャリアを合わせて、キャリアとアート、すなわち「キャリアート」としました!」
「まずは『世の中はこれからどうなるのか』、また『どんな世の中を生きたいか』、ということを議論しながら考えていきます。」
「また、派遣社員の方々を取材することで他者の多様な価値観や生き方に触れることを可能にします。」
「これまでの活動で考えてきた舞台設定、キャラクター設定を統合して、チーム全体で物語を作ります。」
「ストーリーを表現する方法は劇や小説、漫画、そして映画」
「この際、劇や小説を作るなら脚本家と、そして漫画を作るなら漫画家と言ったプロの方々とコラボします」
「より多様な業種の人と接することが可能となるのです。」
「アデコグループがこの企画を行うことで、これまでの考え方を根底から覆す新たなキャリア教育を実現させます。」

 発表は練習通り、いや、練習以上の出来でやりきった。身振り手振りに加え抑揚のある話し方なども、すべての点でベストを尽くせた。発表を見ていたO先生は「完璧。」と仰ってくださった。その場にいた全員はこの発表を通して決定される「企業賞」を半ば確信した。

 僕らは発表は全体の後半だったため、残りの数班を視聴したところで発表のフェーズは終了した。昼休みを経て、早々と結果発表に移った。アデコの職員が「企業賞」チームを読み上げた。

 その瞬間、僕らはどんな顔をしていたのだろうか。とにかく、僕らは選ばれなかった。やはり僕らの発表はプレゼンテーションの点では他班を圧倒していたはずだし、企画内容も簡潔な論理展開に基づいていた。にも関わらずなぜ僕らは選ばれなかったのか、未来マッハ君にはクエスチョンマークだけが残った。

 結果発表の後、アデコ職員の方とお話しする機会を頂けた。話を聞いたところ、どうやら僕らは「アデコが考えている問題意識をドンピシャで言い当てた」という。そして、僕らに向けられた最後の言葉は、「アデコでは思いつかないような企画を提案してくれたチームに企業賞を、ということで」という趣旨だった。

 とりあえず、クエストカップは終わった。やり切ったという達成感でもなく、純粋に「悔しい」というわけでもない、言語化がしにくい感情だった。O先生曰く僕らの発表は「完璧すぎた」。高校生らしい「荒削り感」が求められていたのかもしれない。隣の部屋で大会に参加していたほかのチームも企業賞は受賞できなかった。

 とはいえ、クエストエデュケーションを通して「未来マッハ君」のメンバーはそれぞれのキャラを押し込めず、むしろそれを全面に出したまま取り組みを終えることができ、そのために僕らの発表はより良いものとなった。それぞれが尊重しあいながら活動を進められたと感じる上、何よりO先生のお力添えも大きかった。企画を作り上げるとはどういうことなのかというのを身をもって学ぶことができたし、仲間たちと、そしてO先生とともに取り組んだ日々は僕の貴重な体験になった。この体験はきっとこれからの糧にもなるだろう。

 さて、長い述懐になってしまった。ここでついにこの文章を閉じたいのだが、最後は僕らの発表のラストフレーズで締めたいと思う。

 「さあ、未来が僕らを、待っています!」

by H.S(高校一年生 チーム「未来マッハ君」リーダー)

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