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にほんごの天麩羅(2020年度弁論大会高校2位)

 皆さん、天ぷらはお好きですか?
 立ち昇るごま油の香ばしい香り、ピチピチと跳ねる油の音。箸から伝わる衣の軽さ。いざ口元に運べば少し大きい。サクッと歯が衣に突き立つ。瞬間プチッりと弾け口には魚介の香りが。強めの歯応え。海老だ。卵、ごま油、魚介が口の中で混ざり合い、天ぷらが脳に流れ込む。

 今、私は日本語という『言語』を使って海老の天ぷらを描写しました。
 世界中には星の数ほど言語が存在しています。実は沢山の言語があることは、人類の多様性や、人類全体の発展に大きく関わっているのです。

 人間は言語によって物事を認識しています。 
 例えば今皆さんはスクリーン、あるいは採点用紙、人によっては自習用具を目の前にしていますね。私が喋る言葉はもちろん、目の前の光景やそれから生じる感情も、多くの人は日本語により認識しています。もし日本語に「つまらない」「帰りたい」と言う単語がなかったら、今あなたが抱いている感情は存在しないのと同じです。
 また、言語が違えば見える世界も違ってくると言われています。
 実際、私たちには同じように見える色も、違う言語の話者には全く異なって見えるようです。
 このように言語とは、認知や思考と切っても切り離せないものなのです。

 現在世界には7000近くの言語が存在しており、その全てでものの認知の仕方は異なります。
 言語が違えば日常のもの全ての見え方が変わるわけですから、見える世界も7000通りで全く異なっているのです。
 また、ある言語話者には気づけないことに、異なる視点を持った他の言語話者が気付き、指摘することで、経済や学問は安定して発展できるのです。

 ところで皆さんは、現在2500ほどの言語が消滅の危機に瀕していることをご存知でしょうか。グローバル化が進んできた中、経済規模の小さな民族などで言語が消滅してきましたが、その勢いはとどまる事を知らず、いまもおよそ10日に1つ言語が消滅しています。
 言語は世界の認識に紐付いているので、それだけ多くの「世界」が消滅の危機に瀕しているといえます。また、こうして多くの「視点」が失われれば、人類の発展も停滞してしまいます。
 日本語が滅んだらどうなるでしょう。私たちと同じ視点で世界を見る人がいなくなる。私たちが今日本語を使って感じている感情も消えて無くなる。恐ろしいですね。

 ここまで言えば、誰でも言語を何らかの形で保存しなくてはいけないと思うでしょう。実際、グーグルをはじめ多くの企業が翻訳ソフトに少数言語の文法を学習させたり、動画を使い言語をアーカイブ化するなど様々な対策を講じています。しかし、これらの保存策は全く本質的な解決にはなりません。
 私たちの思考や認識は幼少期に学習した母国語に則って行われています。私たちがいくら英語を勉強しても本質的にはネイティブになれませんよね。同じように、保存された情報をもとに誰かが消滅した言語を勉強したとしても、その言語独特の世界観や思考は失われたままです。
 本当の意味で言語と文化、その言語話者の「世界」と「視点」を保存し、人類の発展を保つにはその言語を母国語とする人の存在が必要なのです。

 ではなぜ、その言語話者が減ってしまうのか。それは彼らが経済格差により母国語よりもお金の稼げる言語で生活し、その子供の世代が母国語として世界的に優位な方の言語を習得するからだといいます。
 つまり、本質的な解決のためにはグローバル化が進むとともに広がってきた世界の格差をなくす必要があるのです。これは私たちの世代の役割ともされています。

 もちろん格差の解消のため様々な開発援助なども行われていますが、国家による介入があまりに多いと、言語の多様性を圧迫してしまうので、個人が国の枠を超えて行動を取らなくてはなりません。
 例えば「フェア・トレード」の支持や、技術の積極的な共有など、これまでに提案されてきた解決法もたくさんあります。また、いまだに指摘されていない解決法は他にもたくさんあるはずです。

 格差を是正し言語を保護するため、私たち一人一人が緊張感を持って世界を俯瞰し、新たな解決策を提案、実行しなくてはなりません。私たちが未来を切り拓き歴史を作ってゆくのです。歴史や文化、多様な世界を守るのも私たちなのです。
 時代の先陣に立ち、7000もの言語を、7000もの文化を、7000もの世界を、7000通りの天ぷらを、守っていこうではありませんか。

 最後に一言、私が最も美しいと思う日本語を。

 ありがとうございました。

弁士コメント

 弁論大会はそれ自体が言語による舞台芸術であると考えています。もちろん多様な身振り手振り、表情なども弁論の構成要素ですが、私の主張にもある通りその本質は言語だと言えるでしょう。

 言語による舞台芸術としてこの弁論を構成するとき、私は全体の美しさに強く留意しました。内容の「美しさ」を確保するために、大事な主張や一度聞いただけではわからないであろう内容は段落の初めで必ず一言で言い換えるようにしていますし、並列や対立の関係が分かりやすいような書き方に気を遣いました。音声情報としての美しさも確保すべく、鼻濁音の使用や強弱の有効な活用、音の存在しない瞬間のコントロールまでも弁論の要素として練り込んであります。これらの校正などにご協力いただいた知人には非常に感謝しております。

 今年の弁論大会は残念ながら聴衆の皆さんが目の前にいる環境ではなかったので、厳密にこの弁論に舞台芸術のリアルタイム性を追求することは不可能でしたが、今後聴衆の皆さんと同じ空間で弁論をするようなことがあれば、音響や皆さんの反応をも芸術要素として取り込めたらと思っています。

 私が弁論の各所に散りばめたこれらの要素に気づいてくだされば幸いです。

参考資料

◎言語の減少、この弁論の発想ポイント
「2003東大前期英語入試問題1-A」

◎言語による世界認識について
何年か前の定期試験の現代文のリスニングテスト 

◎言語差異と色彩認識の差異について
NHK番組「地球ドラマチック『”色”は脳で作られる!あなたと私は同じ色を見ているの?~』」

◎言語による世界認識について
山口 巌「言語における認識の機能と「客観的現実」の構築について」

◎全世界の言語の数について
世界にいくつ言語があるか?

◎消滅危機言語数、言語減少の影響
UNESCO Atlas of the World's Languages in Danger

◎言語の消滅要因、言語の消滅は民族、世界観、アイデンティティの消滅を意味する
NHK番組「増え続ける『消滅危機言語』」

◎Googleによる言語保護プロジェクト
Endangered Languages project

◎言語の消滅要因、文化同化、言語保存の意義と問題
鈴木雅光「危機言語について」(東洋大学学術情報リポジトリ)

(高校2年 井上 祥一)

Photo by Soner Eker on Unsplash

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