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アーバン・ブリーズを求めて~日本のシティ・ポップ入門ガイド~

 先日、学友編集委員の生徒たちと(打ち合わせという名の)雑談をしていたら、ある生徒が「懐かしさを感じる音楽が好きなんですよ。年上の人たちが「この曲、懐かしい」って言っているのがとても大人に感じて。だから基本昔の曲をよく聴いています」と言っていた。

 僕もちょっと思い当たる節があった。というのも、本格的に音楽に目覚めた中学~高校時代、「大人の匂いのする音楽」を探し求めていたからだ。その頃、世間では「バンド・ブーム」真っ只中、いわゆるタテノリのロックが流行していたのだが、僕はそういった大人社会への反抗を歌う態度やヤンキーっぽいノリがどうも馴染めなかった(もちろん、音楽的にあまり好みでなかったというのが大きいが)。だから、いわゆるシティ・ポップ~AORと呼ばれるタイプの音楽、ジャズやブラック・ミュージックのフレイヴァーを含んだ「大人の音楽」を好んで聴くようになっていった(一応補足しておくと、これから紹介するような音楽を聴いたのはリアルタイムではなく、後追いである。そういう意味では、けっこう変わった趣味の生徒ではあった)。

ということで、今聴いても間違いない日本のシティ・ポップをいくつか紹介します。自分内での選曲基準は、以下の3つ。
・今の耳で聴いても良いと思えるものであること
・洋楽の影響を受けていること(よって歌謡曲っぽいテイストのものは外した)
・海外で評価されていること(シティ・ポップは今、海外ですごく人気がある。こちらについては後述します)

1. Sparkle / 山下達郎(1982年)

これ抜きには語れないでしょう、というシティ・ポップのシグネチャー的ナンバー。イントロのギター・カッティングで悶絶しますね。初めて山下達郎のライヴに行ったとき、これが聞こえてきた瞬間に身体が震えたのを思い出す。そこにリズム隊とブラスが重なり弾ける瞬間のカタルシス、どこまでも伸びやかに広がる夏空のようなグルーヴと達郎のヴォーカル。これに反応しなければキミにはシティ・ポップを聴く資格がない(というか、あえて聴く必要はない)と言い切りたくなる素晴らしさ。

山下達郎は1970年代から活動を続ける、日本のポップスのパイオニア的アーティスト。その独自のこだわりぶりから熱狂的なファンも多い。シティ・ポップ好きのおじさんの前で達郎の悪口を言うと、まず嫌われる可能性が高いので気をつけましょう(笑)。

ちなみに山下達郎の奥さん、竹内まりやの「プラスティック・ラブ」もジャパニーズ・シティ・ポップ・アンセムで、最近のアーティストもめちゃめちゃカヴァーしている。

プラスティック・ラブ / 竹内まりや(1986年)

Plastic Love / Tokimeki Records feat. ひかり(2019年)

Plastic Love / Friday Night Plans(2018年)

2. 頬に夜の灯 / 吉田美奈子(1982年)

黄昏時の時間帯が鮮やかに描き出されたスウィートなソウル・ナンバー。ホーンズやストリングスを担当するのはLAの錚々たるスタジオ・ミュージシャンたち。彼らの織りなすサウンド・タペストリーが、リスナーをアーバンな世界へと誘ってくれる。サクソフォン・ソロは当時人気、実力ともに絶頂だったデヴィッド・サンボーンが取っている。美奈子さんのヴォーカル表現はもちろん、自身の手によるリリックも素晴らしい。
シティ・ポップの大きな特徴として、曲の中の世界に入りこんだような気分になれることが挙げられる。要は小説や映画を見ている感覚というか。この曲はその最たるもので、優しくきらめく都会の風景とそれを見つめる語り手の心模様が見事にマッチしている。

3. First Light / 松下誠(1981年)

松下誠はAB’Sというバンドのメンバーだったことでも知られる、名ギタリストであり名スタジオ・ミュージシャン。「First Light」は、今回選んだ5曲の中では一番ロック~ジャズ~フュージョン色が強く、この曲のギター・サウンドは当時高い人気を誇ったエアプレイというユニットのそれにかなりインスパイアされている。そこにコンビネーションよく絡むベース・プレイ、そんなミュージシャン度数の高い演奏に爽やかなフリューゲル・ホルンのソロが入るところなどが「大人の匂いのする音楽」たる所以。

エアプレイは80年代当時、日本の多くのミュージシャンに「アレンジの教科書」的に参照された。彼らの奇跡的に素晴らしいシャッフル・ナンバーをどうぞ。ちなみにギタリストはジェイ・グレイドン。

4. 都会 / 大貫妙子(1977年)

70年代に山下達郎らとシュガー・ベイブというバンドを組んでいた女性アーティスト、大貫妙子のメロウなトーキョー・ニュー・ソウル・チューン。アレンジを手がけているのは坂本龍一。80年代に一世を風靡したYMOのメンバーでもあった彼は、現在では世界的に評価されている大御所的アーティストだが、その若き日の記録でもある。ソプラノ・サックスとキーボードの織りなす浮遊感あるアンサンブルに、大貫妙子のどこか切なさのにじむヴォーカルが心地よい。サウンドは70年代のスティーヴィー・ワンダーのような質感がありますね。参考としてこちらを。

Golden Lady / Stevie Wonder(1973年)

「都会」が入っているアルバム『SUNSHOWER』は海外でも大人気で、「YOUは何しに日本へ?」という番組でこのアルバムを探している外国人が紹介され、LPが再発される契機にもなったという。

その坂本龍一と日本のプリンス(?)こと岡村靖幸が演っているヴァージョンもあるので貼っておきます。

都会 / 岡村靖幸+坂本龍一(2013年)

5. Only A Love Affair / 佐藤博(1982年)

今回テーマ的に選んだ5曲中、4曲が1980年代初めの作品であるというのは決して偶然ではない。シティ・ポップの全盛期とされる70年代後半~80年代前半は、日本の社会・経済史に照らし合わせると、本格的な高度資本主義化・消費社会化が進行していった時代である。若い世代はアメリカ西海岸のライフスタイルやカルチャーに憧れ、スポーツならテニスやサーフィン、週末にはクルマで湘南にドライヴ、というのがひとつのステレオタイプになった。音楽についていえば、昨年40周年を迎えたウォークマンや、カーステレオでのリスニング・スタイルが一般化した時代。それまでは基本室内で聴いていたものが、自分の好きな場所やシチュエーションで聴けるようになったという変化は大きかった。それを彩ったのがAORやシティ・ポップだったのである。

佐藤博は先述の山下達郎や吉田美奈子、細野晴臣など名だたるミュージシャンからの信頼も厚かった職人肌のキーボーディスト/プロデューサー。この曲のサウンドは、今回選んだ中で最も80年代的だと感じられるかもしれない。と同時に、ヴォーカルが英語であることもあり最も洋楽的でもある。

佐藤博のマスターピースである『Awakening』収録の「I Can’t Wait」は、海から吹いてくる風のようにリゾート・フィーリングいっぱいのメロウなミディアム・チューン。

I Can't Wait / 佐藤博(1982年)

2010年代のシティ・ポップ~ネオAORブームを牽引する一十三十一(ひとみとい、と読みます)の「サマーブリーズ ’86」は「Only A Love Affair」がモティーフ。

サマーブリーズ '86 / 一十三十一(2012年)

いかがでしたか? シティ・ポップの世界もいろいろと奥深いので、第2弾もやりたいなという気分になっています(需要があるのかは知りませんが・笑)。動画で気になった曲があった人は、いろいろ掘ってみてください。

細井 正之(ほそい まさゆき・国語科)

Photo by Zac Ong on Unsplash

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