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正義の「見方」(2020年度弁論大会高校3位)

 近頃、自粛警察、マスク警察などと呼ばれる人たちによって、コロナ禍に外出している人やマスクを着けていない人が非難されるという事態が発生しました。どうやらこれらの自粛警察、マスク警察と呼ばれる人たちは、自分たちの行動を「正義」だと考えていたようです。自分の行動は正義であると考えて、自分が人を責めてしまっている自覚がない、という場合も多かったのでしょう。では、私たち自身は、このように自分の行動を正義だと信じこみ、他人への配慮が欠けてしまうことがないといえるでしょうか。今回は発展途上国の支援に関する問題を取り上げながら考えていきたいと思います。

 二〇一〇年、カリブ海に面するハイチという国で地震が発生し、三〇万人以上の死者が出ました。この際、アメリカをはじめとした先進国で寄附が呼びかけられ、これによって、食料品や衣服など大量の支援物資がハイチに送られました。この支援の直後だけに目を向ければ、震災後の現地のためになったとも言えるでしょう。しかし、支援物資があまりにも多く流れ込んでしまったことで、ハイチ国内では自国の産業が破壊されてしまい、復興がなかなか進まなくなってしまいました。先進国から送られた物資はほぼ無償で提供される場合が多かったので、かつてからハイチで農業を営んでいた人や工場で働いていた人など、多くの人々が仕事を失ってしまったのです。

 この際に支援物資の寄附や募金に参加した人々の多くは、自分たちのしたことが現地のためを思った「正義」であると考えていたことでしょう。しかし結果的にはこれが大きな悪影響を生み、一〇年たった今でもハイチは自立するのが困難な状態です。寄付に参加した際、彼らは自分たちの行動を正義だと信じ込み、問題に気づくことすらありませんでした。

 では、どのようにすれば発展途上国の役に立つ支援ができるのでしょうか。発展途上国の支援が成功した例に、日本のODA、政府開発援助があげられます。この活動を通して、日本の人々が世界の国々で指導を行い、建設や農業を始めとした技術がたくさんの国に伝えられました。この活動の優れていた点は、スキルを伝授することで現地の人たちが自力で発展することを可能にした、という点です。ハイチの例では直接物資が送られたために産業が破壊されるまでに至りましたが、ODAの場合、この方法によって現地に寄り添って支援を行い、持続的な発展を促すことができたのです。

 このように、発展途上国を支援したいという同じ気持ちから生まれた行動でも、現地にとってプラスになる支援もある一方、かえって迷惑になってしまうことさえあります。最も恐ろしいのは、寄付や募金に参加した人々が自分の行動を正義だと信じ込んでしまっていたという事実です。しかし、これはこの発展途上国支援の例に限った話ではありません。もしかするとあなたも、知らないうちに自分自身の行動を、正義だと思い込んでしまっているかもしれないのです。この状態では、自粛警察などと呼ばれる人や、先ほどのハイチの例で支援をした人たちと何ら変わりません。私は、人間は誰しも、こうして自分の行動を正義だと信じこんでしまう面があると思います。

 では、自分の行動を正義だと自己肯定するのではなく、相手に寄り添った行動をとるにはどうすれば良いのでしょうか。私は、他人に寄り添って物事を考える方法として、相手との「対話」を提案します。対話を通して相手の状況を理解していれば、それに合わせてその相手のためになる行動をとることができ、良い関係を築くきっかけにもなるはずです。決して、自分の行動を正義だと信じ込んだり、自分が相手をよく分かっていると考えたりしてはいけません。そうではなく、相手との「対話」を通して相手をより深く理解して、ともに寄り添っていこうとする姿勢が、いま、私たちに求められているのではないでしょうか。

弁士コメント

 このたび受賞者に選出して頂き、ありがとうございました。

 先生や家族、親戚をはじめとしたたくさんの方々に応援して頂きました。本番まで全力でサポートしてくれた友人たちにも、心から感謝しています。特に、何度も書き直していた僕の原稿を毎度読み込み、適切なアドバイスをくれたK.S君やM.S君。また、経験をもとに励ましてくれた、昨年度の弁論大会優勝者N.O君や、弁論の採点を何度も経験し、クラスの誰よりも大会に詳しいY.T君。さらにはテーマ決めの段階から相談に乗ってくれたI.N君やK.W君、T.I君。そして、当日大きな拍手で送り出してくれたクラスメイトのお陰で、当日もそれほど緊張することなく挑むことができました。ありがとうございました。

 今年の弁論大会は例年とは異なり、YouTube Liveを活用したオンライン開催でした。開催にあたっては、生徒会の皆さんが、大会の司会進行だけでなくその配信まで気を配り、全力で取り組んでくださいました。本当に大変な仕事であったと思います。生徒会のみなさん、開催していただきありがとうございました。

 さて、私たちは日々様々な社会問題や国際課題を目にし、耳にしています。どれも厄介ごとばかりで、解決策も見出せない……。けれども、そこに共通していることがあるのではないか。そうして僕は、「誤った正義感」の問題に行き着きました。たとえば、自分の行動を正義だと考える先進国の人々が発展途上国へ支援を送っても、世界の構造を変えることはできず、むしろ強化させてしまっているために、いつまでも南北間の構造的暴力は残り続けます。ここに隠れているのは、発展途上国へ支援を送ることを正義だと考える先進国の人々の身勝手な価値観。そして僕は、この「誤った正義感」はあらゆる諸問題においても共通しているのではないかと思ったのです。環境問題や貧困問題も、根本を見ずに上部だけをすくい、人々はその範疇で「正義」の行動をとって完結してしまいます。つまり、これらの諸問題は私たちの外側ではなく、むしろ内側に強く根を張っているのではないでしょうか。今回の弁論では、以上のような私見をわかりやすくお伝えできればと考えていました。

 それにしても、先輩方の弁論には圧倒させられました。大野先輩は本戦にて、本校の生徒にとって身近な課題をわかりやすく論じつつも、表現豊かに「バカ」という言葉を繰り返すあのパフォーマンスで聴衆を引きつけておられました。予選では「バカ」の演出はなかったので、本戦のあの瞬間、僕を含めた弁士席の高校生たちはとても動揺していたように思います(笑)。

 高校生のみならず、中学生も興味深い弁論をしていました。似たようなテーマであっても様々な視点から論じていて、各弁士、オリジナリティに溢れた弁論だったと思います。楽しませてもらいました。

参考資料

◎ハイチ地震とその支援

あなたの善意が誰かを傷つける「寄付の不都合な真実」

貧困援助がビッグ・ビジネスに?
あなたの”善意”が、誰かを傷つけているかもしれない
 

善意の気持ちよさの落とし穴についての映画「ポバティー・インク あなたの寄付の不都合な真実」

【知ってはいけない】あなたが途上国に寄付すると現地の人がもっと苦しむ話

大地震から10年 復興進まぬハイチの惨状

◎ODA関連

ODA(政府開発援助)

(高校1年 鈴木 颯人)

Photo by Stephen Walker on Unsplash

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