見出し画像

N中等部は僕の最高の居場所だった。

1章|N中等部との出会い。

僕がN中等部を知ったのは中学1年生の11月頃だろう。
公立中学校の授業スタイルが合わず、フリースクールを探していた。

当時は反抗期だったこともあり、フリースクールを探すことをすごい勢いで批判してたらしい。

学校を変えること、今ある環境を変えることを『逃げ』だと思っていた
部分があり、どうしてもプライドが許さなかった。

そんな中、親がN中等部の資料請求をしてくれた。
資料を読んでみて、率直に「面白そう」と思ったのだ。

すぐに学校説明会と個別相談を申し込んで、後日見学しに行くことに。

2章|個別相談で驚いたこと。

N中等部の説明を聞くために、N高等学校の代々木キャンパスを訪れる。
当時2019年12月は、まだN中のキャンパスは工事中だったためだ。

学校説明会を聞いてみて、ひたすらワクワクしていた。

「こんな学校あるんだ…」「僕でもこんな場所入れるのかな。。。」

もちろん、ワクワクの裏側には不安もあった。

僕の個別相談の担当は現在もN中の全体総括を務める為野さんだ。

為野さんは挨拶した後、名刺を取り出す。その後、

「名刺は直接彼に渡してもいいですか?」

と僕の母に問いかける。

そして、僕に名刺が渡された。
当時、名刺を頂いたこともない僕にとって、素晴らしい体験だった。

僕は疑問に思った。学費を支払うのは普通親だ。
普通子供に名刺は渡さず、保護者である親に渡し、親に説明を行い、
質問は親が行い、そのまま帰る。

僕が今まで経験してきた流れだ。

だが、N中はそうじゃなかった。

学校に通うのはあくまでも子供で、そんな子供でも分かるように、熱心に
説明してくれた。名刺も、資料も、ノベルティの「Nチュウ」も。

そんな学校に心打たれた。
僕はその瞬間行くことを決心した。そんな場所を居場所にしたかった。

3章|N中受験のための勉強が始まる

N中等部には受験がある。

国語・数学・英語の問題が、各入学生の学年に合った内容で出題される。
その他にも作文と面接があった。

英語はまあまあできた。国語も得意ではないが、ある程度できた。

問題は数学と面接だ。
今まで面接なんて英検を受験した時しか受けたことはない。
数学は分数ができなかった。中学1年生にしては致命的だ。

毎日、数学の勉強と面接に向けて「3行日記」を書き始めた。

数学は小学4年生の内容から。ワークを購入して取り組む。
3行日記は「今日何があったか・それでどう思ったか・次はどうするか
書いていった。

勉強も得意じゃないし、手書きも苦手だった。
が、N中の受験の作文は手書きだった。

3行日記も手書きで頑張った。

様々な紆余曲折があった。親と怒鳴り合いの喧嘩をしたこともあった。

何とか乗り越え、受験。
受験は本当に緊張したが、何とかこなした。
作文もA4用紙両面埋めきって、面接も自分の120%を発揮できた。

そして、無事合格し、N中等部生としての生活が始まる。

4章|N中等部1期生になりました。

画像1

(当時の担任の先生との1枚)

入学式はひたすらワクワクした。あの時の感情は今でも忘れないぐらいだ。

入学式では、事前に知らされていなかった校歌を歌うことになったり、
校長先生がZoomで登場したり、と普通の学校ではありえないこと尽くし(笑)

夢に見ていたN中等部。そんな「自分の行きたい学校」での生活が
スタートした瞬間だった。

そこから1週間ぐらいはPCのセットアップのオリエンテーション。
セットアップ作業なんて終わって、DiscordもLINEも入っていたぐらいな僕は
暇をしていた。そんな中でもN中は「わからない人に教えてあげて!」
柔軟な対応をしてくれた。

僕が4月に入学したすぐあと、5月生が入学してきた。

そして、7月入学生も入学した頃には僕が通っていた秋葉原キャンパスは
総勢140名を超えていた。

7月に秋葉原キャンパスに入ってきた新しい担任の先生がいた。
そんな先生は、今僕が活動をしているきっかけにもなったし、
尊敬している存在になるような人だった。

普通じゃできないような出会いもあった。
本当に『魔法のような』空間だった。

5章|少しずつ出てきた「もっと良くなるところ」

「もっと良くなるところ」。悪い良い方だと「ダメなところ」。

入学して5か月程経った9月頃だろうか。
だんだん、N中にも馴染んできて口うるさくなってきたのだろう。

至らない部分はたくさんあった。
特定の誰かが悪いという話でもなく、仕方ないことではあった。

なのに文句を言い続けた。でも先生はしっかりと話を聞いてくれる。
そして、とあるクレームを入れた時、担任の先生から、

「広瀬の意見、参考になったよ。上の人に伝えてみるね。」

との言葉が。
しっかりと話を聞いてくれた。必要な時は必要な人に連絡もしてくれる。

僕はそこで気付いた。

僕は今までひたすら「ダメなところ」として、文句を言ってた。
でも、時には「自分の学校を良くすること」もできるんだ。

学校は自分の言いなりではないし、自分が学校を変えたんだ!という軽い
話でもない。

通うのが夢だった。そのぐらい学校のことが好きだった。
すぐに怒ってしまう。先生に対して冷たく当たってしまったときもあった。
でも僕には

「こんな素敵な場所をもっといろんな人に届けたいんだ。」

という想いがあった。
そして、様々な人に背中を押されて…

6章|自分の夢を叶える活動を始めました。

僕の夢は教育を変えることだ。

言葉が少し違うかもしれないが、ずーっとその思いは変わっていない。

僕はもともと教育に対して違和感があった。

だからこそ、N中等部を選んだし、新しい教育に挑戦しているそんなNが
好きだった。

僕の活動のキッカケになったのは全てN中等部での出会いがあったからだ。

1つ目は加藤路瑛くんとの出会い。

僕は秋葉原キャンパスに4月から、彼は秋葉原キャンパスに10月から
入学し、文化祭やクリスマスパーティーなどのイベント企画を通して
様々な話をしてきた。

最初、僕は教育を変える一歩として
中高生用のクラファンプラットフォームを創設しようとしてた。

彼も同じような挑戦をして、実現できなかったことがある。
そんな経験談を聞いたり、実際行動している彼の背中を見たのが
キッカケだった。

2つ目はN中で出会った先生の影響だ。
4章で少し触れた7月に入った先生。今は本部の方で授業制作を行っている。

そんな先生は、もともとインターナショナルスクールにいた方で、僕が

「どうしてN中に来たんですか??」

と聞いたら…

「え、楽しそうだからだよ!(笑)」

と軽くニコニコしながら答えてくれた。

小学生の頃から英語教室に通っていて、インターナショナルスクールには
憧れがあったし、その先生も教育に違和感を持っているようだった。

僕がイベントをやりたい!といったら全力でサポートしてくれたし、
文化祭を企画していた時は様々な人と話をしてくれて、交渉してくれた。

…と、先生の良いところを言いまくったら10万文字でも書けそうだが…(笑)

僕が伝えたいのは1つ。

先生たちは僕たちに一番寄り添ってくれる存在なんだ。

僕がさっき説明した先生に限らず、みんな僕たちが夢を追いかけることを

全力でサポートしてくれる。

イベントを作りたい!といったら柔軟に対応してくれる。

何か忘れ物をしても、失敗をしてしまっても
悪気が無ければ怒られることは基本無い。

自分の悩み事も、困っていることも先生が受け止めてくれる。

僕が今こうやって活動できているのも、N中等部のおかげ。

今まで迷惑をかけたこともあったけど…
僕にとって、N中等部は最高の居場所でした。


7章|いよいよ卒業です。

僕は来週、N中等部を卒業する。
2年間通って、笑いもあれば時に涙もあった、僕の大切な青春の1ページだ。

そんな大切な場所を来週卒業してしまう。

どんなに大切な場所でも、どんなに大切な仲間でも。
”年齢”という壁で離れ離れになってしまう。


僕は去年の同じころ、同じような内容のnoteを執筆している。
環境が変わることに対して、何も耐性のない僕にとって、卒業や入学は
普通の人と比べてもだいぶ大きなイベントだ。知りあいの結婚式並みだ。

去年は新型コロナウィルスの影響で卒業式への参加が中止となった。

今年は、N中等部の卒業。
今回もだいぶ感情的になりながらこのnoteを執筆している。
やはり、色々あった出来事を思い出すと自然と涙が


7章|まとめ

だいぶ長くなってしまいました。(笑)

今回僕が伝えたかったのは、N中等部は取り敢えず最高だよ!です!

学校説明会から”常識”が無くなって、受験も普通の受験じゃなかった。

自分の仲間も見つけられて、夢を後押ししてくれる先生もいて。
最高な学校でした!

僕はこれにて卒業ですが、来年から入学したい方!
ぜひ下記リンクから学校の詳細を調べてみてください!

今まで読んでくださりありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。

それでは!(来年から、S高note始めます。)

\\N中等部・N高等学校・S高等学校リンク一覧!//

N中等部:https://n-jr.jp
N高等学校:https://nnn.ed.jp
S高等学校:https://nnn.ed.jp/high_school_feature/s_high_school/

この記事が参加している募集

卒業のことば

よろしければサポートお願いします! 学校を変えるための費用にさせていただきます!