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さよなら、ぼくの青春。


1章 中学校へ入学しました


ぼくは、2年前、中学校に入学した。
特性で変化に弱かったこともあり、かなり不安だった。

小学校の頃は毎日反抗ばかりしていた。
先生の言うことは聞かずに、親の言うことも聞かずに、全て自分勝手だ。
親との仲も悪くなり、常に家は緊張状態だった。

そんな広瀬楽人が入学したのは、比較的大人数が在籍する学校。
1学年7-8クラスあり、教員の平均年齢も若くて、活発的だった。

僕は小学校のころ『金管バンド』に入ろうと思っていた。
だが、反抗ばかりしていたし、先端恐怖症で指揮棒がこわくて断念。

先端恐怖症が落ち着きつつあったので中学校では吹奏楽部に入ることを
決めていた。

そして、入学。最悪の幕開けだった。先生とは毎日喧嘩する日々。
良くしてくれていたのにも関わらず、その良心を裏切った毎日だった。

そして、仮入部が始まり吹奏楽部に入部。一目惚れしたトロンボーンを
担当することになった。画像1


親からは事前に、『入学記念+入部記念に楽器を買ってあげるよ!』
と言われていたので、楽器を約25万で購入。

楽器の練習に励んだ日々。ですが、僕に合わない先生がいた。
その先生は、生徒たちから『ロリコン』と呼ばれていた。今思えば可哀想。

僕と本当に気が合わず、先生自体も、僕もお互いに無視ができなかった。
挑発し合う日々。騒ぎになったことも何度もあった。
校長室で泣きながら訴えかけたこともあった。

『ぼくはここには合っていない。どこかににげなきゃ。』

そう思い、父が資料請求してくれたN中等部へ入学した。

2章 N中等部への入学となやみ

ぼくはN中等部へ逃げてきた。最初は週3コースでの入学。
所属キャンパスは秋葉原にした。夢に見たオタクの街、秋葉原。

めちゃくちゃ満喫した。念願のPCでの授業。
毎日PCだった。書くのが苦痛だった僕からすると、天国のような場所だった

だが、次第に『良くない部分』も見えてきた。
狭かったり、表現が盛ってあったり、1期生ということもあり成長途中だ。

不満もあり、良さもあり、仲間から刺激を受けまくっていた。
文化祭を運営したり、イベントを発足したり。

N中等部での生活は、不満はあったものの『苦痛』ではなかった。

週3日コースで入学した。交通費は往復1000円・学費は月6万円ほど。
決して安くはなかった。だが今考えると相応の価値がある。

そして週3日コースなので週2日は公立校に通学していた。
N中等部に通っている。フリースクールに通っている。教育基本法が……
どう説明したらいいのかわからなかった。悩む毎日だった。

最終的には『別の場所で自分の好きなことを追求しています』とだけ伝えた
仲良い人には、N中のパンフレットを見せてあげたり、HPを教えた。

3章 突然襲ってきた病原体

ぼくはいままでたくさんの経験をしてきた。
突然の休校。こんな悲しいことは初めてだった。
その時仲良かったのは主に中学3年生の人たち。1歳上だった。
みんな卒業していった。一番信頼していた先生も異動だった。

お世話になった先輩も、恋をしていた先輩も。全員卒業してしまった。
一緒に大会で戦った仲間たちも、みんなさよならだ。

今でも後悔している。もっと感謝を伝えておけば良かった。
遅刻しないでしっかりと行けばよかった。

そしてぼくは大宮CPに移動した。週5日コースになった。

公立校に行くことは滅多になくなり、N中等部はオンライン授業だった。

最終章 さようなら、ぼくの青春

ぼくの青春はなくなった。

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吹奏楽は夏に大きな大会がある。
その大会の結果で、引退かどうかが決まる。

僕は去年、その大会で『トム・ティット・トット』という曲を演奏した

実際の演奏に使った楽譜だ。

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(著作権の関係でぼかしを入れています。)

今年は、『アトラス~夢への地図~』という曲を演奏する予定だった。


そんな大会も中止だ。
友達と約束していた夏祭りも、先生に花束を渡すはずだった離任式も。
ぜんぶ中止だ。

ばいばい、ぼくの青春。

※このnoteは全て実話で構成されています。

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