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ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)【アドラー心理学とは何か"臨床心理学と自己啓発を整理する"#10】

 こちらは今回扱うACT(アクト:アクセプタンス&コミットメント・セラピー)の中核である心理的柔軟性の六角形「ヘキサフレックス」です。

図:Hayes et al.(2006) p.25より作成、訳は熊野(2016)を参考にした(文献①・②)

 アクセプタンス(体験を避けず受容)、脱フュージョン、文脈としての自己に気づき、コミットされた行為、価値の明確化、今この瞬間に存在すること、この6つのコアプロセスを通して心理的柔軟性(psychological flexibility)を養います。
 最後にこのシリーズもとんでもない所まで足を踏み入れてしまった、と思われた方もいるかもしれません。確かに、言葉に科学的な感じは薄いですし、六角形にする必然性が見えないので安っぽいPDCAサイクルの図みたいな雰囲気も漂います(設計や美術領域とは異なる行政用語のポンチ絵:文献③)。しかし、ACTは複数学会が合同で整備した『慢性疼痛治療ガイドライン』で、認知行動療法とマインドフルネスに並んで1A(行うことを強く推奨する)に評価される(文献④)等、ある程度認められた療法でもあります。

1.第3世代の行動療法

 ACTは第3世代の行動療法(the third wave of behavioral therapies)の一種と言われます。第1が50年代からの行動療法、第2が70年代からの認知療法や統合した認知行動療法、そして第3が90年代からの様々な療法でACTもその1つです。マインドフルネス自体を第3世代と含めるかは見解が分かれますが、マインドフルネス的な要素が入るのが特徴です(文献⑤)。
 なお、なぜか第3世代の認知行動療法(文献④など)、英語でも"the third wave of CBT"としている文献も多い(文献⑥など)ですが、認知行動療法が第2世代なことが分かりづらいと個人的に思うので、今回名称は第3世代の行動療法を採用しています。
 ただし、ACTはマインドフルネスの一種、とも言いきれないようです。定義にもよりますが、基本はマインドフルネスを技法として取り入れているが、思想は違うということです(文献⑦・⑧)。

 ACTは学習理論の1つ関係フレーム理論(Relational frame theory:RFT)を提唱したヘイズ(Steven C. Hayes)により80年代から開発され、99年の著書(文献⑨)を機に広まりました(文献⑩)。
 人間は、様々な刺激と刺激を関係づけることで精巧な言語活動や行動を生み出すが、その関係づけて想像する能力こそが精神的な苦しみを生むとしました(文献⑧ pp.453-454)。精神的苦痛は異常ではない、人間の正常な思考プロセスが精神的苦痛を生むと捉えたのです(文献⑦ p.19)。

 認知行動療法が気づいて修正を試みるのに対して、ACTは思考は制御できない、むしろ無理に制御しようとするから苦しむという姿勢です。ネガティブ含めて思考がある現実を受け入れる、一種の諦めですが自暴自棄ではありません。悪い思考に溺れることなく、そのままにしながら、今ここの行動に焦点を当てます。
 悟りに近いと思われた方もいるでしょうか、言い得て妙だと思います。ACTでは、思考や感情を消去など制御はできないと自覚する創造的絶望(Creative Hopelessness)を経ることが重要とされます(文献⑪)。絶望を経験して体感せよというと厳しいですが、思考や感情を制御できないのはあなたの能力や努力の不足じゃないですよ、という解放とも言えます。

2.思考を受け入れる心理的柔軟性

 思考をそのままにしてマインドフルに過ごせる心理的柔軟性を得る、そのための方法が冒頭に出てきた6つのコアプロセスです。

①文脈としての自己(Self as Context):自分の行動や思考を俯瞰した目線で見ます。要はメタ視点です。例えばネガティブな言葉を見て「自分のことだ」と捉えるのではなく「自分は今『自分のことだ』と思った」と俯瞰で見ます。

②脱フュージョン(Defusion):思考と現実は違うと自覚します。「またこの思考だ」等とメタ的に見て意識的に切り離す訓練を行います。割合はともかく『心配事の9割は起こらない』とはよく言われますね(文献⑫)。それに仮に未来起こるとしても、今それは起こっていないことです、現在直面している悪い出来事でも、言葉で反芻すればさらに暗くなってしまいます。

③アクセプタンス(受容 Acceptance):不快な思考や感情などに対して心を開きそのままにします。不快な思考や感情をあえて観察し、それを直視しても自分が滅びない経験をして不快な思考や感情がいることに慣れます。

④今この瞬間との接触(Contact with the Present Moment):今ここに焦点を当てます。要はマインドフルネスです。呼吸など方法も前回をご参照ください。

 今までの要素もマインドフルネスとかなり共通していましたが、ここからは生きる上での価値という、前回なかった要素が入ってきます。

⑤価値(Values):自分の人生で大切なことを明確にします。モノ・友人・仕事・行動など様々な考えて自分が価値を見出すものを見つけます。価値は達成される目標ではなく、終わりなく追い続ける方向性とされています(文献⑦ p.205)。

⑥コミットされた行為(Committed Action):自分の価値と一致する行動を取り続けます。価値があっても行動しないと理想だけ膨らんで意味がありませんが、逆に困難に当たっても価値に向かい続けていれば成功です。

 以上が6つのコアプロセスです。実際の臨床現場では各プロセスを実現するためのエクササイズが色々ありますが、こうして心理的柔軟性を高めていきます。

3.他療法との親和性

 気づき修正を試みる認知行動療法に対して、そのまま受容するACTは革新的なアンチテーゼに見えますが、こうした考えは完全新規のものではありません。1920年代、精神科医森田正馬(まさたけ 1874-1938)が行った神経症治療森田療法は、ACTにとても似ていると言われています(文献⑩)。
 森田療法では、神経症患者は自身の症状や不安恐怖など感情を排除することに「とらわれ」があると捉えます。とらわれから解放し、あるがままに自然に服従する、そして目的本位に生きる。脱フュージョンもアクセプタンスも価値の重要性も重なります。
 ただし、森田療法は元々入院により隔離した空間でこうした考えを身につけるという強い方法を取っていた点は異なります。

 そして、アドラー心理学も通ずる点はあります(※)。囚われる必要がないと短絡的な目的論を否定している点は共通です。目的・価値に向かって生きることを重視する点も共通ですが、ACTが価値をそれぞれ見出すのに対して、アドラー心理学では他者貢献や共同体感覚など人が目指す普遍的な価値の想定があります。自分で価値を見いだせというのも大変ですから、アドラーの考えを暫定的に取り入れるのもいいかもしれませんね。

4.全体総括:"心理学"を絶対視せず上手く活かす

 以上、全10回にわたって、アドラー心理学や様々な臨床心理学を見てきました。
 全体的な感想は、アドラー心理学やそれに近い考え方について、世の中への出回り方には疑問符が付くものも多いけれども、生き方の参考になる部分、指針に出来る部分も結構あるんじゃないかと思います。
 また、世の自己啓発や心理学的なものに対するモヤモヤを自分なりに一つ整理できた感じがします。内容面での人の典型的な思考と共に、明確な答えのある「心理学」を求めてしまう人の性みたいな所も感じました。そんな単純ではない、1つ絶対の思想はないという現実を見て生きる必要があります。ただ、それはそんな単純に決めつけられないよっていう希望や可能性でもあります。
 本シリーズで示した知識が、少しでも苦悩を軽くしたり行動を変えたりする、また心理学や自己啓発に縛られて苦しまないようにする手掛かりになれば嬉しいです。

【注釈】

※アメリカの私立大学”Adler University”(ドライカースが1952年に設立)の研究者が運営するサイト"adler pedia"には、ACTの項目があり、ACTの説明の後、以下のようにアドラー心理学との共通点が述べられていた。

The core principles of teleology and movement in Adlerian theory are very similar to two of the ACT core processes of defining valued direction and committed action. Adlerians examine whether a person is moving towards useful or useless goals, which is essentially what ACT is also looking for – whether people have clear goals in their lives and are acting in accordance with their values. As these are both major tenants of both theories, the similarities between the two are quite apparent.

アドラー理論での目的論・運動の中核原理は、価値ある方向性と献身的な行動を定義する2つのACTの中核プロセスに非常に似ています。アドレリアンは、個人が向かっているのが有益な目標か、役に立たない目標かを調べます。これは本質的にACTも探していることであり、人々が人生に明確な目標を持ち、自分の価値観に従って行動しているかどうかを見ます。これらは両理論の主要なテナントであるため、両者の類似点は非常に明らかです。

出典:"Acceptance and Commitment Therapy (ACT) " AdlerPedia(文献⑬)、訳筆者

【参考文献】

①S. C. Hayes, J. B. Luoma, F. W. Bond, A. Masuda & J. Lillis "Acceptance and commitment therapy: model, processes and outcomes" Behav Res Ther, 441, pp. 1–25, 2006.
②熊野宏昭「マインドフルネスの実践と理論」SamghaJAPAN Online、2016年:https://samghajapan.net/article0021 (参照 2023年7月10日).
③佐藤郁哉「大学教育の『PDCA 化』をめぐる創造的誤解と破滅的誤解 (第 2 部)」『同志社商学』70(2)、pp. 201–258、2018年
④慢性疼痛治療ガイドライン作成ワーキンググループ『慢性疼痛治療ガイドライン』真興交易医書出版部、2018年
⑤Lars-Göran Öst "Efficacy of the third wave of behavioral therapies: A systematic review and meta-analysis" Behaviour Research and Therapy, 46(3), pp. 296–321, 2008
⑥Hayes S C, Hofmann S G "The third wave of cognitive behavioral therapy and the rise of process-based care" World Psychiatry, 16(3), pp.245-246, 2017
⑦岩下慶一訳『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない』筑摩書房、2015年(原著:Russ Harris "The Happiness Trap: How to Stop Struggling and Start Living" Trumpeter, 2008)
⑧酒井美枝・武藤崇「アクセプタンス & コミットメント・セラピー (ACT) から見たマインドフルネス」『心理学評論』64(4)、pp. 452–459、2021年
⑨Hayes S C, Strosahl K D, Wilson K G "Acceptance and Commitment Therapy:An experiential approach to behavior change" The Guilford Press, 1999
⑩園田順一ほか「ACT と森田療法の比較研究—その類似点を検討する—」『心身医学』574、pp. 329–334、2017年
⑪酒井美枝・伊藤義徳・甲田宗良・武藤崇「Creative Hopelessness獲得の効果 : 言行一致の枠組みからの検討」『行動療法研究』39(1)、pp. 1–11、2013年
⑫枡野俊明『心配事の9割は起こらない 減らす、手放す、忘れる──禅の教え』三笠書房、2019年
⑬Deborah B. Grossman "Acceptance and Commitment Therapy (ACT) " AdlerPedia:https://www.adlerpedia.org/concepts/255 (参照 2023年7月10日).

★アドラー心理学とは何か"臨床心理学と自己啓発を整理する" 一覧はこちら

<前回>#9 マインドフルネス:今ここを生きる
 https://note.com/gakumarui/n/n9218f998c3f3
<初回>#1 なぜ怪しく思えるか
 https://note.com/gakumarui/n/n4b22cbf6db63


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