高校生のバイトは社会経験になるのか:過去・現在の意見を整理する【教育学】
以前、こちらの記事で、多くの高校がバイトを禁止する理由を行政の見解を基に解説しました。生徒の保護と学業時間確保が主な理由でしたが、バイトをする意義については行政の見解では言及されていませんでした。
世の中には、バイト経験で得るものは大きいという意見も、大したものは得られないという意見もあります。もしバイトが高校生に良い学びを与えるならば、一律禁止ではなく、リスクや弊害を減らしてバイトできる環境を整える方向性が必要になります。
実際には、すべき/しないべきという両極端ではなく、条件や環境によってバイト経験が学びとなるかは変わるでしょう。残念ながら、高校生のバイトに関して公的な議論はほとんどなされず、学術的研究は散発的で整理されていません。しかし、一般社会では過去も現在も色々な意見が飛び交っています。色々な意見を整理することで、こうすべきという明快な結論は出せなくても、各人が考える手がかりは得られると思います。
バイト経験で得るものがあるという人はどんな経験が得られると考えているのか、逆に経験にならないと考えている人はどんな意見を持っているか、整理していきます。
1.社会経験・社会勉強になるという認識(生徒・保護者)
バイトの利点に社会経験は良く挙げられます。2020年マイナビ調査でも、高校生の就業目的(複数回答可)において「社会経験を積むため」は46.8%でした(文献①)。他は「貯金をするため」63.5%、「趣味のため」61.7%、「自分の生活費のため」30.2%、「学費のため」20.6%、「家族の生活費のため」10.0%等となっています。
こうした価値観は最近生まれたものではありません。1977年労働省(当時)がアルバイト経験のある高校生3162名を対象に行った調査では、アルバイトを始めた動機(複数回答可)として、37.4%が「経験のため」と回答しました(文献②)。他は「自分の小遣いを得るため」47.9%、「貯金をするため」16.8%、「自分の学費を得るため」8.7%、「家計を助けるため」5.4%等となっています。バイトで社会経験を得られるという認識は、ある程度広く見られます(※1)。
保護者にも同様の認識は見られます。1996年、東京都信用金庫協会が高校生の母親941人に行ったアンケートでは、高校生がアルバイトすることについての意見(単一回答)において、「社会勉強になる」32.6%、「お金を稼ぐ大切さを知る」18.1%、「規律や礼儀を守る」10.6%、「他にやるべきことがある」11.4%、「学生の本分は勉強」11.4%等となっています(文献③)。
反対意見はあれど、バイトが社会経験になると考える人がある程度いることは社会全体の共通認識と言えそうです。以下のように、辞書での「社会勉強」用例にもバイトが挙げられています。
2.社会経験とは:社会の仕組みと多様な人を見る
では、社会経験・社会勉強とは何を指すのでしょうか。今回は世の中で挙げられるバイトで学べることを4点に整理しました。
1つ目は仕事への責任感、マナーや礼儀など態度面です。言葉や時間などは学校でも指導される事項ですが、より実践せざるを得ない場に置かれて磨かれるということでしょう。
2つ目は、お金を稼ぐ大変さ、お金の大切さを知ることです。ただし、必ずしも向社会的な勤労観に結びつくとは限りません。大変さを知ることで「楽をして稼げる」と称する違法な仕事に足が向いては元も子もありません。
3つ目は、社会の仕組みを知ることです。業務の範囲や権限、自由度が高いほど色々な仕事や利益構造、他社との関わりなどが見えます。以下引用のように、高校生にも権限と責任を持たせて業務に当たらせることで、経営も理解できるという意見もあります。
ただし、実際には高校生の多くはマニュアル化された比較的単純な業務を行うでしょう。広い社会の中での1業種1店舗かつ限られた業務の範囲でしか学べないのは確かです。しかし、その狭い範囲であっても見えるものは多数あると思います。私は大学・大学院時代、学業との兼ね合いも考えてバイトは大学内のものばかりしていました。大学というほんの狭い世界の経験ですが、大学本部の広報や社会人向けの資格講習運営など様々な業務を通して、大学と社会の関わりや学内組織の構造など、ただ学生・院生として過ごしただけでは全然大学のことを知らなかったと気付かされました。狭い世界であっても有用な経験になり得ます。
4つ目は、社会には色々な人がいると知ることです。もちろん教員や生徒間でも様々な人はいますが、学校内では絶対に関わらない人が沢山います。関係性も教員と生徒、生徒と生徒ではなくなります。その中で、丁寧な応対で手本にしたいような人と接することも、難しい人・とんでもない人と接することもあります。客はもちろん職場の人の姿も色々と見えます。
大学キャリアセンターへの調査では、サークル、アルバイト等の学外活動の経験が極端に少ないという社会経験の希薄さが、就職困難学生の特徴の1つとして挙げられています(文献⑩)。もっとも、9割以上が何らかのバイトを経験する大学生と高校生とでは状況が違う点には注意が必要です。
もちろん、実際にバイト経験を学びにできるかは環境にも左右され、個人差がとても大きく、学業や他の活動とのバランスの問題もあります。
3.反対意見 マイナスの経験・学校での体験を超えない
一方、アルバイト程度で見られるのは社会のほんの一端に過ぎず、その程度の社会経験に意味はないという意見も昔から見られます。以下は高校生に限ってはいませんが、1953年、当時まだ大学進学率が低かった女子のアルバイトについて、懸念を記した文です。
上記は、バイトで得る経験はプラスにならない上にマイナスになるという見解でした。
ここまで行かずとも、バイトで得る経験は学校卒業後に出来る(程度のもの)と考える人もいます。以下のように、高校生活でしか出来ない経験に価値を置き、バイトで得られる経験は高校生活の経験を上回るものではない、という意見です。
ただ、私見ですが今回調べてみて、バイトでの社会経験そのものを否定する論は少ない感じがしました。高校生のバイト不要派・禁止派は、得られる社会経験の否定ではなく、学業への支障を始めとしたリスク・デメリットを理由にする論が多い印象を受けます。
4.「社会経験」は不当な扱いを正当化するものではない
バイトで得られる経験は狭い経験であるが貴重な実体験であり、禁止一辺倒よりも、むしろバイトがしっかり経験値になるように振り返る機会を設けた方が良いのではと思います。
しかし、これは高校生が社会において労働者としても、未成年としても、高校の生徒としても正当に扱われることを前提としたものです。「社会経験」は不当な扱いを正当化するものではありません。バイトの意義として社会経験が強調されることについて「これも社会経験」と自らを押しこめてしまう危険性が指摘されています。
高校生であれば自らが助けを求めるべき状況かも分からないことは多いでしょう。高校生のバイトについてそれぞれ賛成・反対意見はあれど、社会が無関心であることは高校生の学びを妨げる上、不当な労働環境を助長します。
バイトで得られる社会経験はどのようなものか、バイトせずとも学校教育や他のことで補える部分はどれくらいあるのか、言語化が難しいものではありますが、もう少し学校教育の課題として公的に議論されてもいいと思います。
※1 もっとも、バイトの第一目的であるかはまた別のようだ。学生援護会という出版社が行った1980年『アルバイト白書』の調査によると、高校生のアルバイトの目的は「社会勉強のため」は8.2%に過ぎず、「お金を得るため」が77.3%であった(文献⑬)。交遊費・学費・生活費などの区別がないため割合が高くなっているが、単一回答においては金銭面が筆頭になり、社会勉強はあくまで副次的な位置づけの者が多いとみられる。
【参考文献】
①株式会社マイナビ 社長室 HRリサーチ部 アルバイトリサーチチーム「高校生のアルバイト調査」2020年
②労働省婦人少年局『中学生・高校生のアルバイト実態調査 ―結果報告書―』1978年
➂北村安樹子「高校生のアルバイト」ライフデザイン研究所『LDI report』71、pp. 62–63、1996年
④深谷昌志・武内清・明石要一・木下勉・畠山滋「高校生のアルバイトとその意味:首都圏 16 校の調査から」『日本教育社会学会大会発表要旨集録』44、pp. 22–25、1992年
⑤岩田弘三『アルバイトの誕生:学生と労働の社会史』平凡社、2021年
⑥三浦展・上野千鶴子『消費社会から格差社会へ:1980年代からの変容』筑摩書房、2010年(新書版:『消費社会から格差社会へ:中流団塊と下流ジュニアの未来』河出書房新社、2007年)
⑦千石保『日本の高校生:国際比較でみる』日本放送出版協会、1998年
⑧勝見明『なぜ、セブンでバイトをすると3カ月で経営学を語れるのか?:実践ストーリー編』プレジデント社、2014年
⑨ひろゆき『1%の努力』ダイヤモンド社、2020年
⑩深町珠由「大学・就職支援機関から見た若者の就職困難性と支援の課題 : ヒアリング調査結果から」労働政策研究・研修機構『ビジネス・レーバー・トレンド』2017年11月号、2017年
⑪大河内一男「アルバイトのもつ意義」阿部知二・清水幾太郎編『女子学生ノート』新評論社、pp.250-262、1953年
⑫花田修一「専門職大学院における 『ディベート的討議演習』(その3):ディベートの教育的有効性とその実際」『教育総合研究:日本教育大学院大学紀要』3、pp.95-118、2010年
⑬加藤鐐二「職業高校におけるアルバイトの実状」『哲学と教育』29、pp. 66–70、1982年
★過去の教育学解説記事一覧
専門である教育学を中心に、学びを深く・分かりやすく広めることを目指しています。ゲーム・アニメなど媒体を限らず、広く学びを大切にしています。 サポートは文献購入等、活動の充実に使わせて頂きます。 Youtube: https://www.youtube.com/@gakunoba