見出し画像

高校バイト禁止の理由【教育学】~本来は学校が説明すべき~

 多くの高校でバイトが禁止されています。高校生全体でバイトをしている人は約2割(詳しくはこちら)、約8割の人はバイトをしていません。許可制で認めている学校でも成績など条件がついていることもあります。
 高校生の労働は法律などで禁止されていないので、中には自由にバイトできる学校もあります。禁止の判断は各学校で独自にしています。法律にないのに学校が生徒の学校外の行動まで制限できるのか、と思われるかもしれません。そうした問い合わせは行政に度々寄せられますが、どの自治体も各学校の裁量が認められるという見解を示しています。以下は宮崎県への問い合わせ例ですが、おおむねどの自治体もこのような回答に留まり、禁止することが合理的である理由は示していません。

(提言)私の働いている所はアルバイトを多く雇う仕事であるが、高校生を雇う際に、真面目に働いている者達がアルバイトがばれて謹慎させられ辞めていくことが続き、毎回悲しい気持ちにさせられる。先生に申告していない生徒も悪いが、もう少し緩和できないかと感じている。
 学業とアルバイトを両立して頑張っている子どもたちの芽を摘みたくない。アルバイトをする上でデメリットもあるが、メリットもあるということを先生方には理解してほしい。

(回答)本県では、まず学校教育の中で、子どもたちが社会人・職業人として自立するために、小・中・高等学校の発達段階に応じて、ふるさと学習や職業体験、インターンシップなどの幅広いキャリア教育に取り組んでいるところです。
 アルバイトにつきましては、教育目的や教育課程などの実態に応じて、各学校において規程を設けており、全ての県立高校において、家庭の経済状況などの条件を満たす生徒に対し、許可をしている現状です。
 将来を見据えた職業観や勤労観を醸成する上で、アルバイトなどを通して働くことは大変意義深いことであることは御提言いただいたとおりでありますが、各学校の教育活動の中でアルバイト許可の規程を設けておりますことを御理解ください。

出典:宮崎県HP「県民の声」2019年2月28日

 これから述べますが、バイト禁止に合理性がないわけではありません。しかし、きちんと説明があるべきだと思います。今回は、高校のバイト禁止の理由を考察していきます。


1.憲法違反?貴重な高校生の苦情申立・回答

 重要な事項にもかかわらず、高校生のバイトについて国や行政の言及はほとんどありません。先ほどの県の回答でも、バイトは経済的理由で認めるものであり職業教育は別に行っている、ということが示されていました。高校生の労働自体が例外的なものとされています。
 そんな中で、行政の見解を示した貴重な文書が「北海道苦情審査委員」の回答です。苦情審査委員制度とは北海道が1999年に設置した道機関の業務に対する苦情を審査し、妥当な場合は機関に改善要求をする制度です。
 この苦情審査委員に対して2016年度、高校生が以下のように、アルバイトの制限・禁止は憲法違反ではないかという申立をしました。

28-8号 高校生のアルバイト禁止について
 現在、私の住む○○市内の高校では、アルバイトについて許可制をとっています。また、同じく市内にアルバイトを「原則禁止」としている高校もあるようです。
 これは明らかに法に違反していると考えます。最近では教師にアルバイトの相談をしたところ、「成績の芳しくない生徒については許可を出さない」旨の回答を受けました。これについても先述と同様に違法と考えます。理由は以下の通りです。
・憲法第27条において労働の権利が認められている。
・労働基準法第56条2項における「児童」の定義が、同第57条1項にある 「満18歳に満たない者」という文言より、満18歳未満の者でないことがわかる。つまり高校生の就業にあたり学校長の許可は不要である。
・学校に裁量権があったとしてもそれが憲法に定められる労働の権利を妨げることはできない。
 以上のことより、アルバイトに関する実態把握(許可を目的としない申請)は必要と考えますが、アルバイトに関して許可を必要とする、また原則禁止とすることはあってはならないはずです。この件に関して調査と妥当な対応を求めます。

出典:『北海道苦情審査委員 平成28年度活動状況報告書』2017年、pp.15-16

 この高校生の申立に対して、以下のように学校の校則と教員の指導は、生徒を悪質な労働から守るため、学業に支障が出ない様にするために合理的であるという回答が示されました。

 高校には校則があり、その中には「アルバイトをするものは、事前に担任に届け出て許可を受ける」という条項があります。
 仮に許可制ではなく、届出制であったり、無制限であった場合には、判断力の未熟な生徒が劣悪な環境のもとで労働させられる危険性があったり、あるいは、例えば経済力の乏しい親が子である生徒に労働を強いることなどの弊害も考えられ、その結果、学業がおろそかになる可能性もありますし、生徒が健全な成長を果たせないという可能性もあると思われます。したがって、アルバイトを許可制にするという高校の校則には、合理性が認められると考えます。
(中略)教諭は、「本校では、赤点があるなど成績が芳しくなく、進級や進路に影響がある場合は、届出があっても許可しないこともあること、申立人は、進学を希望しており、部活動や生徒会の活動も行っていることから学習時間の確保が必要であり、そのような観点から積極的に賛成できないが、保護者とよく話し合い結論を出すよう指導した」ということです。そして、申立人が保護者も同意している旨話したので、同教諭はアルバイトについて了解をしたということです。上記の、同教諭の説明・指導には、上述した校則を具体的に運用する際の説明・指導として不合理なものは認められません。

出典:『北海道苦情審査委員 平成28年度活動状況報告書』2017年、p.16

 あくまで申立人の1高校に対する見解ではありますが、学校が生徒のアルバイトを制限・禁止することは認められる、合理的であると示されています。おそらく、この見解は多くの他の自治体も支持するものと思われます。 
 ちなみに、本申立の最後には全ての校則や指導が際限なく認められるわけではないことが記されています。

 以上のとおり、申立人の申し立てた苦情については、理由がないものと判断いたしましたが、苦情審査委員が、高校の校則や、教師の指導に生徒は盲従すべきだと考えているわけではないことはもちろんです。
 申立人が校則に問題を感じたときに、憲法上の権利はどうなっているのだろうと考えたことは、非常に有意義なことだと感じました。

出典:『北海道苦情審査委員 平成28年度活動状況報告書』2017年、p.16

 上述した見解を土台に、高校生のアルバイトを制限・禁止する理由を考察していきます。

2.生徒を守るため ~無知で安価な労働力にしない~

 多くの高校は労働に関してあまり指導していません。バイトをする高校生1854名が回答した2016年厚労省の調査(文献②)では、労働条件を書面で明示する必要性や有休制度、事業主が一方的に減給できないことなど、雇用に関する法律を知らない高校生が多いことが明らかになりました。多くの高校生は法律を知る機会、もとより知る必要性を認識する機会がないのですから、当然の結果です。
 実際に、雇用者側も適切な扱いをしていないことが多々あります。前述の調査では、バイトする高校生の60.0%が労働条件通知書等を交付されていない、32.6%が何らかのトラブルがあり中には賃金の不払い等もあることが示されています。
 雇用者から不当な扱いを受ける危険性が高いうえ、経験の少ない高校生の中にはどんな不当な扱いを受けても、自分が悪い・頑張らないといけないと「過剰適応」し、バイトを減らす・辞めるという選択肢を考えないケースも少なくありません(文献①pp.31-33)。本来は成人と同じ権利を持ちますが、不当にも「非正規雇用者でいつでも労働契約を切る事ができてまじめに仕事をこなし、社会保険も負担しなくていいまことに都合の良い労働力」(文献①p.33)として扱われている現状があります。
 多くの高校はこうした状況から生徒を守り、雇用者に対応する経験・知識を有していません。生徒に何かあっては大変ですから、できれば一律に禁止したいということになります。(もちろん、そうして労働から目を背けた結果が今の高校生の立場を生んでいる側面もあるので、今の対応でいいのかは考える必要があります。)
 逆に高校側が生徒を不当に扱うことがないと信頼できる雇用者については、例外的に認められることもあります。例えば、私の出身高校では原則バイト禁止でしたが、年末年始近隣の神社と郵便配達のバイトだけは公認されていました。地域の歴史の中で根付いている職場・業務ゆえに、学校に信頼されていたということでしょう(※1)。以下、教員向けの雑誌から引用しているのように、信頼できる職場は例外的に認めている学校も多いようです。

東京のある工業高校の事務室長は「郵便配達など、信頼のおけるバイト先の場合は黙認している。アルバイト体験を通して勤労意識を持ったり、挨拶の仕方などを学んでくる生徒も多い。非行の契機になると懸念する声もあるが、一律に指導方針を決めるのは難しい。ケース・バイ・ケースで判断している」 と話す。

出典:『週間教育資料』489、1993年(文献③ p.3)

3.詰め詰めの授業時数設定 ~大学との違い~

 もう一つの理由は、授業や課題など正規の学習だけで時間的・肉体的に厳しくなるであろう時間設定を多くの高校がしている点です。よく「学業がおろそかになる」と言われますが、根気の問題ではなく時間の問題で両立が困難ということです。
 学習指導要領で、高校全日制課程における週当たりの授業時数は30単位時間を標準、つまり週5日なら50分授業を6時間とされています。しかし、「必要がある場合には、これを増加することができる」とも記され、現実には土曜授業や7時間目などがある高校も多いです。授業時間だけならまだしも、これに家庭で学習する課題も加われば、日々学習だけで手一杯です。部活動もしていればなおさらです。(学校によって授業数や課題の多い少ないは異なるので、バイトをする余裕があるかないかは異なり、バイトを許可するかも異なってきます。)
 ここで大学と比べてみましょう。大学は一般に15時間(45分授業)で1単位、実際には2単位の授業を90分×15回を行うことが多いです(文献④)。大学は4年間で128単位を取れば卒業できるため(大学設置基準第32条)、平均で年間32単位を前期・後期で分けて16単位ずつ、つまり週16単位時間とればいいことになります。大学は一部を除き授業が自由に選べ、自らこれ以上学習することも可能ですが、最低限で言えば高校の半分で済むことになります。大学設置基準上は授業以外にも自らの学習時間も含めて単位を出す(21条)ことになっていますが、実際には授業外ではほとんど学習せずとも卒業可能です(その是非は本稿では扱いません)。大学と比べると、高校の拘束時間は長く、その分バイトに割く余裕はないことが多いと言えます。

4.雇用者と生徒の思惑のズレ ~勤務時間・日数~

 個人的にはバイトで得られる経験、バイトで得た金銭も用いて得られる経験も有意義だと思います。授業時数自体の見直しも必要ですが、週1や1-2時間といった短時間の勤務形態であれば学校との両立もやりやすいでしょう。しかし、雇用する側の立場としてはそうした勤務形態は難しいです。
 雇用者は同じ人にできるだけ多い日数・長時間働いてもらいたい傾向にあります。人が多くなるほど調整や連絡も大変ですし、新しい人が入るたびに勤務について教える必要があるのでその手間が増えます。また、変な人を雇って店に損害を与えるリスクも高まります。
 2020年、1738名が回答したマイナビのネット調査(文献⑤)では、高校生のバイト勤務日数は平均週3.0日、1日の勤務時間は平均3.6時間でした。希望日数は平均週2.4日、希望時間は平均2.8時間となっており、希望より多く・長く勤務しているのが実態です。
 高校生活のことまで配慮できる雇用者は少ない、生徒の学校生活を壊しかねないので学校としてはバイトを認めたくないというのは理解できます。

5.おわりに 高校生と労働の関係から目を背けない

 以上のように、高校がバイトを制限・禁止することには一定の合理性があります。
 とはいえ、生徒と労働の関係は進路目標を考えさせるだけで、後は全く切り離している現状は良くありません。義務教育段階または高校段階で労働に関する法律などを学ぶ機会も必要でしょう。
 そして、現状働いている高校生を無視する、自己責任論だけで放置することは社会全体として大きな損失です。前述したマイナビのネット調査(文献⑤)では、バイトの理由として、20.6%が学費のため、10.0%が家族の生活費のためと回答しました。学校行事の参加や自分の将来への準備、さらには家族を支えるためにバイトをしている高校生もいるという現実は受け止めなければいけません。
 学習権・生存権の保障という観点で考えるという長期的な視野とともに、今個々の生徒が置かれている状況を見て対応・配慮をしていく必要があります。

【注釈】

※1 年末年始の郵便関係のバイトは例外的に許可する高校が多いようである。

多くの高校では,一般的なアルバイトは学校による許可制もしくは原則禁止とされるなか,郵便局におけるアルバイトは学校を通じて募集が行われる,公認された活動である。

出典:上野耕平「運動部活動の一環として実施される郵便アルバイトへの参加を通じたライフスキルに対する信念の形成と時間的展望の獲得」2007年 p.126

【参考文献】

①中囿桐代「高校生アルバイトの労働実態と学校生活 『子ども』 ではいられない高校生たち」『教育学の研究と実践』7、pp. 25–34、2012年
②厚生労働省「高校生に対するアルバイトに関する意識等調査」2016年
➂日本教育新聞社編「特集 高校生のアルバイト事情は?」『週間教育資料』489、pp. 2–3、1993年
④仲井邦佳「大学の単位制度と学年暦:『1単位=45時間』と『1科目=1350分説(15週論)』」『立命館産業社会論集』51(4)、pp. 1–11、2016年
⑤株式会社マイナビ 社長室 HRリサーチ部 アルバイトリサーチチーム『高校生のアルバイト調査』2020年
⑥上野耕平「運動部活動の一環として実施される郵便アルバイトへの参加を通じたライフスキルに対する信念の形成と時間的展望の獲得」『鳥取大学大学教育総合センター紀要』4、pp.125-139、2007年
○北海道苦情審査委員『北海道苦情審査委員 平成28年度活動状況報告書』2017年
○宮崎県HP「高校生のアルバイトについて」2019年2月28日https://www.pref.miyazaki.lg.jp/kense/koho/kenminnokoe/koe_page/20190204112147.html (参照 2022年8月9日)
○文部科学省『高等学校学習指導要領(平成30年告示)』2018年


専門である教育学を中心に、学びを深く・分かりやすく広めることを目指しています。ゲーム・アニメなど媒体を限らず、広く学びを大切にしています。 サポートは文献購入等、活動の充実に使わせて頂きます。 Youtube: https://www.youtube.com/@gakunoba