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「研究者」「学会」とは何か? ~身銭切って教授や大学院生が集まる学会~

 COVID-19(新型コロナウイルス感染症)を巡って様々な情報が流れる中で、学会の声明やガイドラインなどを目にする機会もあると思います。
 一般の方でも「〇〇学会=○○を専門とする研究者の集まり」というのは何となくわかりますが、学会が何をしている・どういう組織なのかはあまり知られていません。
 それも当然です。研究者の世界を目指す大学院生ですら、大学院の講義ではなく入学後に自ら体感しながら知っていく世界です。(少なくとも2010年代後半修士課程・博士課程に在籍した私はそうでした。)
 しかし、学会の意味が社会にあまり知られていないことは、研究者はもちろんそうでない人にとっても、もったいないことです。今や誰もが学会の発信する情報にアクセス可能な時代ですから、全ての人がその正体を知っておくべきでしょう。


1.研究者とは何か

 「学会」を辞書で引くと、以下の通りです。

それぞれの学問分野で、学術研究の進展・連絡などを目的として、研究者を中心に運営される団体。また、その集会。

出典:デジタル大辞泉

 つまり、学会とは「各専門分野の研究者の集まり」です。「団体」とその団体が開く「集会」どちらを指すこともあるのが厄介ですが、以下、特に言及ない限りは「団体」の方を指します。(なお、集会のことは「2021年度○○学会大会」など「大会」という言い方をよくします。)
 では、「研究者」とは何かを確認していきます。まず、「研究」とは「物事を学問的に深く考え、調べ、明らかにすること」(デジタル大辞泉)です。
 「研究者」とは研究をする人のことですが、どのような人が研究者と認められるのでしょうか。総務省が統計で用いる定義は以下の通りです。

・研究関係従業者
 従業者のうち研究業務に従事する者をいい,研究者,研究補助者,技能者及び研究事務その他の関係者の四つに分類される。
・研究者
 大学(短期大学を除く。)の課程を修了した者(又はこれと同等以上の専門的知識を有する者)で,特定の研究テーマをもって研究を行っている者をいう。

出典:総務省『2020年(令和2年)科学技術研究調査 結果の概要』p.73

 「研究業務」を行う機関は主に大学ですが、それ以外に公的機関や民間企業が設置する研究機関があります。例えば教育分野なら、公的機関に国立教育政策研究所、民間にベネッセ教育総合研究所などがあります。よって、研究者には、大学に所属する人(教授・准教授・講師・助教など)ばかりではなく、研究所や民間企業に所属する人もいます。
 また、研究を主とする職業についていなくとも、研究を行う人を研究者と呼ぶこともあります。例えば、病院に勤める医師や、一般の小学校に勤める教員の中にも、自らの職業に関わる学会に所属する人がいます。また、大学院生も大学に所属する広義の研究者と言えます。ただし、こうした人々は、上述した総務省の統計においては「研究従事者」に該当せず「研究者」にカウントされません。
 他、現在の職業とは全く関係なく「研究」を行う者を、研究者ということもあります。(在野研究者や日曜研究者という呼称もあります。)また、かつて大学に所属し定年等で引退した人が学会に残り続けることもあります。こうした人々も統計上カウントされない研究者です。
 学会はこうした広い意味での研究者が集まります。とはいえ主となるのは統計上の「研究者」です。

2.研究者"有志"の集まり学会 ~同好会的性格の強い共同体~

 ざっくりいうと、学会は研究する場というより、研究を発表・交流する場です。所属団体や個人で行った研究の成果や途中経過を、他の研究者に示して意見をもらう場であり、学会の中で実験を行うわけではありません。
 多くの研究者は、自分の研究に関係する複数の学会に所属します。例えば、経済学、その中でも行動経済学の専門家なら、「日本経済学会」と「行動経済学会」の会員かもしれません。また、分野によっては地域レベルで学会が設置されている場合もあります。先ほどの人が九州地方の大学所属なら「九州経済学会」でも会員かもしれません。
 「かもしれない」と書いているのは、学会は研究者なら強制的に加入する組織ではないからです。それぞれの研究者が自ら入会する学会を選び、時に退会することもあります。自らの研究と少し遠い分野の学会でも、知見を広めたい、あるいはその分野の人と交流したいといった目的で会員になる人もいます。国内には2000以上の学会があり、会員数も数百人から数万人と様々な規模があります。

 学会への入会は、広い意味での研究者とその学会に認められれば基本は誰でも可能です。例えば、日本地震学会の規定では以下のように定められています。

第5条 この法人に次の会員を置く。
(1)正会員 地震学に関する研究者または、地震防災に関する学識経験を有する個人

出典:日本地震学会HP https://www.zisin.jp/org/organization_publicationss.html

 研究者に値するかの判断は各学会の理事会等で判断されます。会員1名の推薦・署名が必要という招待制の場合もあります。後述する理由で会員数は増えた方がいいので、大学教員や大学院生であれば基本承認されると思います。

3.身銭を切る研究者


 会員が増えた方がいいのは、学会は会員の年会費で運営されているからです。学会の収入には、年会費の他、研究発表・交流の場である「大会」への参加費もありますが、これは大会を運営する費用に使われます。また、学会誌の発行もしますが、その売上は微々たるもので、多くの場合は出版にかかる費用負担の方が大きいです。学会運営の基盤は年会費といえます。
 研究者は論文を学会誌に載せる際、原稿料をもらうことは皆無です。よくて無料、逆に「掲載料」として書き手が費用を払う場合も多々あります。
 これは金さえ払えば何でも載せてもらえる質の低い学会誌に限った話ではなく、他の専門家が内容を吟味する「査読」をしっかり行っている学会誌、世に広く認められている学会も同じです。
 つまり学会とは、研究者が身銭を切って研究成果を交流、そして発表する場なのです。なお、大学など所属機関から学会費用の補助が出る場合もありますが、機関によります。(私がある国公立大の大学院生だった時は、学会の費用は一円たりとも補助されませんでした。大学の正規教員は学会等も前提とした給与額をそもそももらっている場合も多いですが、非正規教員あるいは大学院生には学会の費用もバカにならず切実です)
 費用は学会規模等によりまちまちで、年会費や大会費は3000~10000円程度です。学会側も負担が大きいことは理解しており、大学院生は半額などに減額される学会が多いです。学会誌への掲載料はもっとバラついて、数千円から著名誌には10万円を超える場合もあるようです。
 費用だけでなく、連絡調整など学会に関わる仕事も研究者で分担して負担します。細々した業務は外注も可能ですし、学会によって専属の事務員を雇用することもありますが、予算規模との兼ね合いでどの程度負担軽減できるかは変わります。大学院生が最低賃金以下、酷い場合は無休で働かされていることもあります。

4.そこまでしてなぜ集まるのか

 加入も任意、負担もある、なのになぜわざわざ身銭を切ってまで学会に入るのでしょうか。
 その理由の1つは、学会は大学など各機関を越えて、各分野の専門家が情報を交換する場、それを広く発表する場として機能していることです。もちろん、情報交換や公表というだけなら、インターネットの発展により学会の希少性は薄れました。ただし、情報の質をどう担保し、どう信頼してもらうかという点では、専門家共同体として合意した見解を示すことの重要性は、むしろ情報が氾濫する現代において増しているのかもしれません。 
 また1つは、研究者コミュニティが学会を中心に動いており、研究者同士のつながりを生み出していることです。しかし、それは同時に、研究内容よりも研究者コミュニティへの適応が今後のキャリアを決めるような、閉鎖的なコネの世界になってしまう要因でもあります。(本来はそうではないというのが原則です)
 学会それ自体に資金力や拘束力はあまりありませんが、その分野の研究者集団(クラスタ)の人間関係という意味で、研究者を縛ってしまうことはあります。また、博士号の取得や大学教員の採用などにおいて、学会誌に論文が掲載されることは非常に重要ですから、研究者キャリアにおいて学会はある種の権力性を有しています。
 会費を持ち寄って運営していることが示すように、学会はもともと私的な性質のコミュニティでした。現在は公益社団法人となった学会も増え、「不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与する」ことを意識する必要が出てきました(なお、全ての学会が法人ではありません)。研究者が集まるだけでは意味がなくなった現代、学会のあり方が問われています。
 いずれにしても、学会とは、ある専門分野の研究者が資金を持ち寄り運営する自発的な集まりで、研究成果の交流や発表をする組織、ということです。

【参考文献】

◆総務省『2020年(令和2年)科学技術研究調査 結果の概要』2020年
◆荒木優太『これからのエリック・ホッファーのために:在野研究者の生と心得』東京書籍、2016年
◆若原恭「学会の意義と役割」『電子情報通信学会 通信ソサイエティマガジン』9(4)、pp. 200-207、2016年
◆細矢治夫「学会の存在意義と使命」『化学と工業』58(3)、pp.277-278、2005年
◆中西印刷株式会社「学会法人化について」2011年
◆日本学術会議「提言 新公益法人制度における学術団体のあり方」2008年
◆創文印刷工業(学会運営サポート企業)HP:https://www.soubun.com/
◆Richard Van Noorden”The true cost of science publishing”Nature 495, pp.426-429,2013 ※日本語訳:菊川要「科学出版の本当のコスト」nature日本語版HP:https://www.natureasia.com/ja-jp/nature/specials/contents/scipublishing/id/news-feature-130328-1(2022年9月27日確認)


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