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目的論・問題行動の目的【アドラー心理学とは何か"臨床心理学と自己啓発を整理する"#2】

 『嫌われる勇気』には続編『幸せになる勇気』(2016年)があるのですが、出てくる青年の言葉が怖くなっている気がします。

青年:ええい、腹立たしい!邪知の次は「過去など存在しない」だと!?右から左に穴だらけの虚言を並べ立てて、それで煙に巻いたつもりか!!望むところだ、穴という穴を、ほじくり返してやる!!

『幸せになる勇気』p.65(文献①)

青年:いい加減にしろ、この鉄面皮め!なにが悲劇の安酒だ!

『幸せになる勇気』p.70(文献①)

 効果的かはともかく、怒りなど感情をどう捉えるかはアドラー心理学で重要ですので、それを表現しているのかもしれません。アドラー心理学では感情には目的があると考えます。
 今回は「目的論」を扱っていきます。


1.目的論:原因より目的

 青年の怒りについて考えてみましょう。哲人の言い分が気に食わない、というのはわかります。しかし、聞きたくないだけなら離れればいい所、結局話を続けています。
 あくまで仮説ですが、青年の怒りの目的は、哲人の考えを自分の思い通りに変えたい、支配したいなどが考えられます。このように感情の目的を考えて行くのが「目的論」の思考です。

 恐らく青年としては「哲人が頓珍漢なことを言っているから」と言いたくなるでしょう。こうした「~だから」は「原因論」の思考です。
 しかし、哲人の話を聞いて怒るかは聞いた人次第です。納得してもっと話を聞きたいって人もいれば、呆れて帰る人もいるでしょう。同じ出来事に直面しても反応は違います。感情は出来事自体ではなく、受け取る側が生んでいるということです。

 『嫌われる勇気』で出る事例で使われやすいのが、喫茶店でコーヒーをこぼした店員を怒鳴った事例です。つい感情的になってしまったという青年を、哲人はバッサリ。

言葉で説明する手順を面倒に感じ、無抵抗な相手を、より安直な手段で屈服させようとした

『嫌われる勇気』p.34(文献②)

 支配するという目的があって怒ったと言います。
 とっさの出来事・感情に限りません。過去の出来事を今の原因にしている、例えば「子どもの時よく怒鳴られて育ったから、自分も子どもにきつく当たってしまう」という人も、「恐怖を与えて子どもを支配したい」という目的があるんだ、という具合です。「自分はきつかったら子どもにはそうしない」と反面教師にする人もいますからね。
 とはいえ、実際「虐待の連鎖」の事例もあるでしょう。文化の学習という観点で見ると、家庭から「言う事を聞かせる方法」は暴力しかないと偏った学習をしてしまう、すると育児の際に目的達成手段として暴力を選択しやすくなる、と言えます。過去の影響もありますが、今の感情は今の目的がある、対処するにはそれを自覚して修正していくということです。
 過去の全否定ではなく、全ては決定をしないけど影響はある、これを「ソフトな決定論」と説明する文献もあります(文献③)。ただその上でも力点は現在の目的に置くという考えは有用です。

2.原因論的な心理学理解の浸透

 どうしても心理学というと、落ち込んでいる理由はこれとか、緊張してしまう理由はこれとか、原因を探って対処するものと思うがちです。
 こうした原因論的な心理の捉え方は、フロイト(Sigmund Freud 1856-1939)の精神分析の影響が大きいです。神経症の患者は無意識下で過去の出来事に固着があって現在の感情を抑圧している(文献④p.10)として、精神分析療法はその原因となる過去を探り、無意識を意識に置き換えることで抑圧を解消する(同p.12)ことを目指しました。
 現代では、この原因で性衝動をめちゃくちゃ重視したことがツッコまれますが、心の事象には原因が存在する、同じ原因があれば同様の事象が現れるという決定論的因果律で心理事象を説明し(文献⑤)、それまで催眠などの対処療法しかなかった領域(文献⑥)に、再現性ある治療の指針を築いた点は大きいです。原因を見つけ治療する、現代でも馴染む考えです。
 
 しかし、今なお心理的な苦しみを抱える人は多いです。因果モデルが間違っているとは言えませんが、環境・行動・関係性・身体構造等々…関わる変数が多すぎて少なくとも現在の人類では心は全然解き明かせていません。
 ですが、人は人の事を理解したいものです。原因はこうだと説明できた気分になる傾向にあります。無理にでも因果関係を求めてしまいます。現実は複雑でもなるべく単純に。過去に辛い事があったから今はこうするしかないんだ、こうした因果関係の認識を「見かけの因果律(semblance of causality)」と呼びます。

Every semblance of causality in the psychological life is due to the tendency of many psychologists to present their dogmas disguised in mechanistic or physical similes.
(筆者訳:心理生活におけるあらゆる見かけの因果律は、多くの心理学者が自分たちの教義を機械的または物理的な比喩に隠して提示する傾向によるものです。)

出典:A. Adler, H. Ansbacher & R. R. Ansbacher(1958)p.92(文献⑦)

 意味を厳しく取ると「過去は言い訳にすんな」ですが、本質は「過去に縛られなくていいんだよ」と前を向かせることにあります。実際のカウンセリングではクライアントの「過去にこれがあったから」という原因論の思考をいきなりバッサリ否定することは少なく、徐々に目的論的な思考を持てるように導いていくようです(文献③)。原因論的な思考がマイナス方向に働く時は、目的論的な思考で脱しようということなんですね。

3.建設的な目的論的思考

 「~したくない」と行動しないことも目的論で考えられます。しない目的?しないと何も得られなくない?と思うかもしれませんが、「逃げたら一つ、進めば二つ」、逃げたら「負けない」が手に入ります。進めば結果や経験など色々なものが手に入ります。
 「逃げたら一つ、進めば二つ」は『機動戦士ガンダム 水星の魔女』の主人公スレッタがお守りのように大切にしている言葉です。この言葉を唱え進む勇気を得ているのですが、作中では行動が必ずいい結果には結びついていません。その厳しさも含め、行動の本質を突いた言葉だと思います。
 進むことはリスクと隣り合わせであり、得たいものが得られるとは限りません。ギャンブルなど進めば大体損する物事もあります。恐れるのは人として自然です。
 しかし、全ての物事で過度に「傷つかない」「負けない」ばかり選べば、得たいものは得られず時間ばかり失います(※)。失敗にせよ経験値を得ないと上手くならないことも多いです。

 その際、行動しないことを原因論的に理由付けしがちです。「やる気が湧かないから勉強できない」「時間がないから運動できない」。しかし、それは「労力を使いたくない」という目的に向かっているかもしれません。
 まずは行動してみる、なのですが本当に時間がない状況も多々あるでしょう。しかし、試みられることは沢山あります。睡眠の量や質を改善して心身を整えたり、動画を見ながらステッパーしたり。労働で雁字搦めなど酷い状況の場合は生存のためにも脱する試みがいるかもしれません。原因で立ち止まる必要はなく、あがいていいのです。
 
 ただし、現代は進まなくても何となく得られる刺激が沢山あります。ネットからは膨大な情報が得られます。
 生理学的には新しい情報を得ればドーパミンが出ます。新しい情報は原始時代では危険回避や狩り成功の可能性を高められるからという仮説があります(文献⑧p.71)。そこでぶち当たった不安を煽る情報で偏桃体を刺激し、その不安を解消すべくまた情報を探す、まさに無限ループ、マッチポンプです。
 一見リスクを冒さず、身体も大して動かさず「刺激を得る」目的を達成できますから、多くの人が流されますよね。端末と回線の負担さえ済めば新たな金銭的負担という障壁も少ない。実は、不安の連鎖などの大きなリスクがあるわけですが。
 ダラダラも目的に向かっている、この見方は現代生理学的にも的を得ていると言えるのではないでしょうか。
 こうした知識も「グーグル様には逆らえないからスマホは離せない」と原因論的に使うのではなく、その特性を理解してやりたいことのためにどう向き合おうか・利用しようか考える方が建設的です。行動しない環境が整ってしまった現代とも言えますが、色々な道具がある現代でもあります。

4.問題行動の4つの目的

 教育分野では問題行動の目的が注目されます。アドラーも教育に力を入れましたが、よく使われるのは個人心理学を広めた1人ドライカース(Rudolf Dreikurs 1897-1972)の分類です。

子どもが問題行動(misbehaviour)を起こす目的
(1)注目を得る attention getting
(2)権力を求める power seeking  
(3)復讐する revenge taking   
(4)不足や敗北を宣言する declaring deficiency or defeat 

出典:E. Jones-Smith(2014)(文献⑨)、訳筆者

 初めて見る方も何となくわかるのではないでしょうか。子どもだけでなく大人でも言えそうです。
 1つ目「注目を得る」。反応して欲しいから、突飛もないことやいたずらをします。「好きな子に意地悪」も、相手を害したいのではなく反応が欲しい、いわゆる「かまってちゃん」です。
 この点は、バーン(Eric Berne 1910-1970)が示した交流分析のストローク理論が分かりやすいです。ストローク(stroke:撫でる)は存在の承認を意味し、人は受容や共感といった肯定的ストロークが欲しいが、無反応や無関心よりは、非難など否定的なストロークを欲する、という考えです(文献⑩)。とにかく反応がほしい。

 2つ目「権力を求める」。言う事を聞かない、ルールを破る、悪口暴言、癇癪、暴力などで力関係を優位にしようとします。「わがまま」で済むレベルもあるでしょうが、犯罪まで行くと怖いです。
 上記2点は日常生活でも想像できるでしょう。例えば、クレーマーの中にも文句の中身はどうでもよくて、かまってほしいだけの人とかマウント取りたいだけの人とかいます。

 3つ目「復讐する」。傷ついた原因である相手に仕返しをします。原因と考えるのは主観的な判断で、客観的に相手の行動がどうかは関係ありません。逆恨みも多いです。
 実は復讐という現象はあまり解明されておらず、主に研究上では共同体の中で逸脱者を罰することで秩序を維持する抑止機能(≒報復)と捉えられてきましたが、もっと個人的な自尊心や権力の回復等も意味すると指摘されています(文献⑪)。原因を懲らしめれば、元から断てばもう傷つかないという誤った認識もありそうです。
 4つ目「不足や敗北を宣言する」。絶望して「もうほっといてくれ」となります。傷つきたくないの極地です。否定的なストロークも求めないのは、他者を傷つけてはいけないという思いの場合もあるかもしれません。

 ちなみに『幸せになる勇気』では「問題行動の5段階」として、第1段階に「称賛の要求」が入っています。褒められようと行動することを指し、ほめられなければ適切な行動をしないのは不適切な行動への前段階と位置付けています(文献①p.92)。ですが、これ自体は不適切な行動ではないことや、アドラー心理学の「褒めない」の扱いは注意が必要なので今回は入れていません。(なお、ドライカースも記していません。)褒めについてはまた別の回で扱います。

 実際は見かけ同じ行動でも個別の事例ごとに目的が違う可能性がありますが、以上が典型的な目的です。
 問題行動の目的を見ていくと絶望感すらあります。確かにこの問題は、学校はもとよりひいては治安に関わり、容易ではありません。しかし、世の中は問題行動を起こす人ばかりではないのもまた事実です。
 
 まず大事なのは、こうした行動では結局は「望むものを得られない」と知ることです。否定的なストロークを得ても満たされず、無理に力を得ても人は離れ、復讐をしても傷は癒えません。そして周囲に不信感や警戒感が広がり、ますます望むものを得られなくなります。
 教育としては、学習させないことは大切でしょう。第一に大人が悪い見本をみせないことです。そして、子どもが問題行動を起こした際に、無意味と学習させることは重要です。スキナー(Burrhus Skinner 1904-1990)のオペラント条件付け「よい結果の行動は繰り返され、悪い結果になる行動は繰り返されない」(文献⑫p.181)は行動主義心理学の基本ですが、やはり「かまってちゃん」にかまってしまう=期待する反応をすると行動は止まりません。怒りや暴力で望みが叶うと思ってしまうのもダメです。
 しかし、肯定的ストロークなど望むものが得られなければ、虚しいのはわかっているけど問題行動しかないとなる場合もあるでしょう。得られていないと思う人には個人として尊重しつつ受容や共感、承認を伝えていくことと、「得られていない」という認識を変えていくこと、状況にもよりますがどちらも重要でしょう。


 目的論であなたの行動は全て変わりますとは言えません。ましてや他者の行動を変えるのはより難しい。しかし、行動を考える・現状を変える手がかりにはなると思います。
 原因論で全て説明・解決できるほど世の中甘くないという話でもありますが、過去や環境で全ては決まらない、変える選択が出来ると前を向く方に使っていきたいです。
(次回へ続く)

※ 人間は安全でありたいというのはマズロー(Abraham Maslow 1908-1970)の欲求5段階説にも通ずる。最高次とする自己実現に重き「人間性心理学」と呼ばれるが(文献⑫p.40)、科学的実証性はないとされている(文献⑬)。ただし、生理的欲求(食事睡眠)と安全の欲求が満たされていないと、他の欲求も何もないという点は現代でも通ずるだろう。

【参考文献】

①岸見一郎・古賀史健『幸せになる勇気:自己啓発の源流「アドラー」の教え2』ダイヤモンド社、2016年
②岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』ダイヤモンド社、2013年
③鈴木義也・深沢孝之・八巻秀『アドラー臨床心理学入門』アルテ、2015年④中野明徳「S. フロイトの精神分析技法論:暗示療法を超えて」『福島大学総合教育研究センター紀要』16、pp. 9–18、2014年
⑤坂恒夫「ウェーバーの科学とフロイトの科学」『岐阜薬科大学基礎教育系紀要』9、pp. 5–34、1997年
⑥松木邦裕『こころに出会う:臨床精神分析その学びと学び方』創元社、2016年
⑦A. Adler, H. Ansbacher & R. R. Ansbacher "The individual psychology of Alfred Adler"Allen & Unwin,1958
⑧久山葉子訳『スマホ脳』新潮社、2020年(原著:Anders Hansen "Skärmhjärnan" Bonnier Fakta,2019)
⑨E. Jones-Smith"Theories of Counseling and Psychotherapy(2nd edition)"SAGE Publications,2014
⑩佐野茂「若者の社会的関係における主張性行動に関する一考察-交流分析におけるストローク理論を手がかりに」『大阪商業大学論集』112、pp. 15–29、2015年
⑪Elshout, M., Nelissen, R. M. A., van Beest, I., Elshout, S., & van Dijk, W. W. "Real-life revenge may not effectively deter norm violations."Journal of Social Psychology ,160,pp.390-399,2020
⑫サトウタツヤ・渡邊芳之『心理学・入門 ―心理学はこんなに面白い 改訂版』有斐閣、2019年
⑬山下剛「マズローの心理学・科学観」『研究紀要』54、pp. 231–273、2011年

★アドラー心理学とは何か"臨床心理学と自己啓発を整理する" 一覧はこちら

<前回>#1 なぜ怪しく思えるか
 https://note.com/gakumarui/n/n4b22cbf6db63
<次回>#3 劣等感・コンプレックス
 https://note.com/gakumarui/n/nc0049a487067

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