映画『スター・ウォーズ』の世界観に学ぶこと

 コーチングというテーマについて、ある経営者の知人と話をしていた時のこと。
 思わぬ書名が、その知人の口から出てきた。
 ジャン=クー・ヤーガ『ジェダイの哲学──フォースの導きで運命を全うせよ』(学研プラス、2017年)。
 落合陽一氏が推薦文を寄せている本書は2018年2月、amazonランキングの「書籍/外国映画部門」で1位をとった書籍。知らない人はいないであろう映画『スター・ウォーズ』を題材に、登場人物のエピソードになぞらえながら、最近、いたるところで耳にする「自分らしさ」や「多様性」について、とても分かりやすく書かれた一冊である。

 老師が、迷える若者に教えを説く、というコーチングのスタイルで書かれているのだが、正義と悪、有用と無用、明と暗、能動と受動、有限と無限、秩序と堕落、そして、ゆだねることと支配・計画すること──。
 こうした矛盾する二元の要素を包摂する「一なるもの」が生命の源=「コズミック・フォース」であり、その一なるコズミック・フォースが分離した「リビング・フォース」を配分されてこの世に生を受けているのがわれわれ人間のような個体である、と本書は語っている。
 「一」と「多」という哲学の中で繰り返し論じられてきたテーマが、本書『ジェダイの哲学』ではダース・ベイダーとルーク・スカイウォーカー(実は「父」と「子」)の対立と葛藤、死に直面した場面での和解といったエピソードを通して、人間的な色彩と情感にあふれる物語として展開されている(改めて断るまでもないことだが……「ジェダイ」というのは上記のフォースを活用する修練を積み、ライトセーバーを用いて戦う、銀河系の自由と正義の守護者のこと)。

 より良く生きるためのヒントと言いたい言葉が、本書にはページをめくるたびに出てくる。そしてそれらの言葉は、思いがけず、これも経営者なら知らない人はいないであろう芳村思風氏、行徳哲男氏といった在野の哲学者の著作の言葉にも通じるものだった(紹介してくれた知人も同様の感想)。
 たとえば芳村思風氏の『人間観の覚醒』は、断片化された有限の個人(『ジェダイの哲学』ならリビング・フォースにあたるのではないか)が、全体との調和(同じく、コズミック・フォース)を生き切ることを強く訴える一冊。そして芳村氏が、断片化された個人が全体との調和を探り当てるための命綱として考えていたのが、「求感性」という氏独自の感性の概念である。
 「一なるもの」と「感性」──。『ジェダイの哲学』において繰り返し語られているのはこのことであり、確かに芳村氏、行徳氏の説くところと深く共鳴、共振する哲学であると感じられた。

 本書『ジェダイの哲学』で私が強く記憶に残ったのは、次の一節。

 われわれが不安を感じるときというのは、未来を見ているときだ。何年も先のことだろうと、1分後のことだろうと、意識が、今、ここから離れているということだ。そのような状態にあると、人は予測したり、先入観にとらわれてフォースからの直感を受けられなくなってしまう。
 「不安な要素があるから、悪いことが起こる」という考え方は、今の延長線上に未来があるという考え方だ。だが、原因は必ずしも特定の結果をもたらすわけではない。未来に不安をもってしまうと、きみはその未来に可能性を縛られてしまう。「きっとこうなるから、こうするしかない」というふうにレールが決められてしまうのだ。それはフォースの無限性とは相容れない。
 思い出すのだ。きみの未来は今という瞬間に創られているということを。不確かな未来のために今を犠牲にする必要はない。今を生き切ることに集中すればいい。この瞬間を愛しなさい。いつも真の自分、己の中心点に喜びを与えるのだ。そうすれば未来に束縛されることはない。

 本書プロローグ「運命を全うせよ」には以下のようにある。
 「ジェダイはむしろ戦いを好まない。それどころか、戦いを回避させるのが使命だ。……どこかでもめごとが起ころうものなら、まっさきに駆けつけ、双方の言い分を聞き、さまざまな視点で検証し、戦いに至らないよう、双方の受け入れ可能な道筋を示すのが役割だった。いわば、惑星間の交渉者、『銀河間のセラピスト』のようなものだ」
 映画に材をとり、想像力を自在にはばたかせる壮大な物語でありながら、交渉と和解というセラピューティックな実践哲学を説く一冊。『スター・ウォーズ』という映画が世界中の人間を魅了する力の秘密を感じた次第──。


ジャン=クー・ヤーガ
『ジェダイの哲学──フォースの導きで運命を全うせよ』
学研プラス、2017年

(文責:いつ(まで)も哲学している K さん)

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