哲学は、日々、新たな自己を形成する知恵の源泉!

「霞を食べるような哲学と、日々の経営の仕事と、そのギャップはあなたの中でどうなっているのかしらね?」と弊社Hさん。
大学は哲学専攻で、卒業後に勤めた最初の出版社以来、哲学・思想系の仕事をもっぱらにしてきた私は、「三つ子の魂百まで」ではないけれど、脳味噌も感覚も若い頃に強く感化を受けた哲学の魅力に憑かれたまま今にいたる…です。哲学書が、その一節でもなるほどと腑に落ちた時に湧き上がる悦びは、どこか、幾何学の難しい問題が一本の補助線で氷解した時のピュアな悦びに似ているなあとも感じています。

哲学は概念で組み立てられているけれど、実は、理性の文体で書かれた詩である、というのが私の好きな哲学の定義。もうひとつ好きな定義を挙げるなら、哲学は概念を創造するアートだ、というもの。詩=ポエムは、制作=ポイエーシスという言葉に由来。アートもまた制作行為。とすると、哲学は私にとって、制作という行為と切り離せないもの。
では、何を制作するのか? 「希望」を制作するのだと言いたい。これを日々の生活にぐぐっと近づけて言い換えるなら「希望が到来するように考え、行為する」ということ。

ある日本人の哲学者、曰く──。
ソクラテスは、いかに善く生きるかを考えた。
デカルトは、いかに魂を鍛えるかを考えた。
ヴィトゲンシュタインは、いかに祈るかを考えた。
3名の共通点は自ら戦争に志願し、生還した哲人たちであること。
哲学はつまり「いかに生きるか」という倫理学でもあります。

詩人であり、科学者であり、哲学者であったゲーテはこんなことを言っています。
「眼は、光の中で、光によって、光へと形成されたものだ」
まず光があり、それに触発されて眼球と視覚が生まれる。つまり眼球は「光の分身」だというわけです。
哲人たちの言葉という光に触れる中で、新たな眼と耳と心を形成し、毎日の仕事に日々日々、新鮮な気持ちで取り組みたい──そう願っています。

2022年6月26日読売新聞「本よみうり堂(書評)」に掲載されました!
河本英夫著『ダ・ヴィンチ・システム 来たるべき自然知能のメチエ』学芸みらい社、2022年

(文責:いつ(まで)も哲学している K )

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