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006.『公衆サウナの国フィンランド 街と人をあたためる、古くて新しいサードプレイス』こばやしあやな 著


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“ ―― こんなにも銭湯によく似た公衆浴場文化がフィンランドにもあったなんて!! と心躍らせると同時に、いまなぜ、フィンランドの街で公衆サウナが再興しつつあるのか 、という点に、にわかに関心が湧いてきたのです “

フィンランド版銭湯に学ぶ!
街から消えゆく公衆浴場を、現代人の居場所に変えるヒント

日本で急速にサウナ熱が高まっている昨今、実はサウナの本場フィンランドでも、空前の公衆サウナ・ブームが街を席巻中!つい10年前までは閑古鳥が鳴いていた「フィンランド版銭湯」が、いまなぜこんなにも盛り上がっているのか…?
前世紀の栄枯盛衰ヒストリーから、斬新なアイデアと熱意で街にサウナを呼び戻した今日のリーダーたちのドキュメントまで。現地在住の日本人サウナ文化研究家が、現代人の居場所となった公衆浴場のリアルな姿を届ける一冊です。


●はじめに

 筆者が初めてサウナというものを体験したのは、周りよりずいぶん遅い人生初の海外旅行で、フィンランドを単身で訪ねた、二一歳のときでした。オーケストラ活動にのめり込んでいた高校時代に、シベリウスという国民的作曲家の音楽世界に強く感化されたのが、この国を選んだきっかけです。学生時代は世界史も英語も大嫌いで、一生海外に縁を持たないつもりだと周りに豪語していたほどでした。けれど人生でただ一回だけ、ものは試しにどこか異国の地に行ってみるとしたら、シベリウス音楽の出生地であるフィンランドの森かなあと、ぼんやり目論んでいたのです。


 国土の七割が森林で一割が湖沼という、古代と変わらぬ自然豊かな風土を維持しながらも、今日では教育福祉からテクノロジーまで、さまざまな分野での先進性が注目される、北欧フィンランド。二〇一七年にようやく独立一〇〇周年を迎えたばかりの、まだまだ若き小国家ですが、二〇一八年には世界幸福度ランキングでなんと首位を獲得。極北のどこよりも厳しい環境下で暮らすにもかかわらず、人びとの日々の生活の充実度が高いわけに、いま世界の関心が集まっています。

 ついでながら今年二〇一九年は、フィンランドと日本の外交関係樹立一〇〇周年にあたる年。 日本がいち早くフィンランドに国家の承認を与えたのを機に初代公使が派遣され、まもなく交易も開始されたのだそうです。「フィンランド人が親日的なのは、日本が日露戦争に勝ったからだ」なんて眉唾もののエピソードが日本ではよく聞かれますが、筆者が日本人だと聞くと、初対面のフィンランド人はむしろよくこうコメントします。
「日本にはすごく親近感を感じているよ。だってそもそも、われわれの国の間にはたった一国しか挟んでないのだから」


 話を筆者の初フィンランド・サウナ体験談に戻しましょう。二〇〇五年当時、北欧デザインの人気や、教育水準の高さを裏付ける世界調査の結果、そしてなにより映画『かもめ食堂』のヒットで、フィンランドという国は日本でにわかに空前の注目を集めていました。とはいえ手に入る観光情報はいまと比べてまだ圧倒的に乏しく、書店ではガイド本すら見当たりませんでした。

 インターネットから得た心もとない英語の情報を頼りに 、日本から約一〇時間のフライトとさらなる電車移動の末にたどり着いたのは、望みどおり、いやそれ以上に本格的すぎて怯んでしまうような、針葉樹の森と湖と畑しか目に映らない片田舎の農場でした。もっとも、季節はまだ雪解けの一歩手前で、農地も凍った湖面も、見分けのつかない真っ白な雪原でしかありませんでしたが。ここで夏には花を一斉収穫し、ドライフラワーにして売って生計を立てているという、まさにメルヘンを地で行く一人暮らしのおじいちゃんのお家にステイをさせてもらうことに。日中は、釣りに始まるご飯準備や、家畜の世話などを手伝っていました。

 彼は農場の先の湖畔に、かつて自分で建てた自慢のサウナ小屋を所有していました。煤けた煙突の載っかった、雪景色に映えるベンガラ色の簡素な木造小屋。サウナ室の前室として、暖炉をロッキングチェアが囲む小さなリビングがありました。ここで毎晩軽くおじいちゃんの晩酌に付き合ってから、脱衣し、薪焚きのサウナと眼前の凍った湖に繰り返し二時間近く、二人(と猫一匹)で入って過ごすのが就寝前の日課でした。

 素っ裸でただ蒸気を浴びるという入浴法の斬新さと、その思いがけない心地よさ。サウナ室の中でなら、不思議とテンポよくはずむ会話。極寒の屋外で、バスタオル一枚という笑っちゃうくらい無防備な姿で見上げた、半球の夜空にびっしりと瞬く星たち……。無鉄砲に彼らの常識の世界に飛び込み、その真髄を共有することができたのは、初めての海外旅だったからこそかもしれません。

 とにかく、あのとびきりのサウナ原体験の旅を経て、これで公約上はもう二度と国外には出ないはずだった筆者ですが、恥ずかしながらそのすぐ翌年に一年間の留学が決まり、あっさりとフィンランドに舞い戻ってきてしまいます。そのとき、同じゼミにいたもう一人の日本人学生が大阪の老舗銭湯の息子だったので、サウナ三昧の留学生活からの帰国後は、よく彼の実家のお風呂屋さんに浸かりに行っていました。そのうち今度は、それまでの人生でまったく見向きもしなかった、日本の銭湯文化に関心を寄せていくことになります。

 とくに就職を機に上京してからは、自宅の浴槽に湯を張ることはほとんどなく、もっぱら自宅や会社の近所の浴場に通い、週末はさらに遠出をして見知らぬ街の銭湯建築めぐりに精を出す日々。友達もあまりおらず心細い東京一人暮らしにおいて、銭湯通いの意義は、ハードな仕事の疲れをさっぱり癒やしてくれるだけではありませんでした。 それとなく他人の生活感を肌で感じられ、居合わせた人と同じ湯に浸かりたわいない会話を交わすことで、不思議と安心感や、その街に居場所を見つけた喜びを感じられる場所。それはまるで、地域住民がひとつの大きな家族で、その家族が共同生活をする家のお風呂こそが銭湯であるかのような感覚でした。


 二〇一一年秋、筆者は大学院への社会人入学を機に再度、風呂の国からサウナの国フィンランドへと移住してきて、いまに至ります。そして、偶然にもちょうどその移住時期こそが、のちに筆者の研究テーマとなる「公衆サウナ(yleinen sauna)」が、都市部でにわかに再注目を集め始めた、フィンランドのサウナ文化の新たな転換期でした。

 公衆サウナとは、一九世紀以降にフィンランド都市部で流行った、人びとがお金を払ってサウナに入りに来る民営の公衆浴場のこと。いわば、フィンランド版の銭湯です。もともと、高度成長期に都市部に移ってきた人びとの公衆衛生を守る、インフラとして機能していた公衆サウナですが、 都市の変化やオイルショックなどを背景に、ほとんどの店舗が廃業に追いやられました。ヘルシンキ市内には、ピーク時に少なくとも一二〇軒以上の店舗がありましたが、前世紀から営業の続く老舗公衆サウナは、いまや市内にたった三軒しか残っていないのが現状です。

 ところが二〇一〇年を過ぎてから、首都ヘルシンキを中心に、「公衆サウナ」を名乗る新しい施設のオープンがにわかに相次ぎました。さらには、古臭いイメージしかなかった老舗公衆サウナまでもが、観光局によって盛大にPRされ、やがて地元の若者たちや観光客が積極的に集う新現象を生み始めたのです。実は、筆者はこの現象が表面化するまで、公衆サウナの存在すら知る由もありませんでした。だから、こんなにも銭湯によく似た公衆浴場文化がフィンランドにもあったなんて!! と心躍らせると同時に、いまなぜ、フィンランドの街で公衆サウナが再興しつつあるのか 、という点に、にわかに関心が湧いてきたのです。もしその理由が解明できたら、いま日本の都市部でも急速に店舗数を減らしつつある、愛すべき銭湯文化の再活性化にもなにか活かせるのではないか、とも……。


 本書は、こうした経緯からご当地フィンランドで公衆サウナ研究を始めた筆者が、フィンランドの公衆サウナが現代の街づくりに果たす役割について、日本人向けに紹介する一冊です。筆者が二〇一五年に現地語で提出した修士論文の調査・考察内容をベースに、新たに昨今の公衆サウナ・ルネッサンス現象に貢献した六人の立役者たちのインタビュー取材をおこない、三章に収録しました。公衆サウナをめぐって、この国の都市部でいままさに起きつつある最新の変化を知ることで、日本のみなさんが、郷土の誇るべき浴場文化と街と人との関係を考え直すきっかけを掴んでくだされば、嬉しいです。

(序章 試し読みも!)

サウナイキタイさんのサイトで、引き続いて序章を試し読みできます。

公衆サウナの国 フィンランド 前編「日本のサウナとこんなに違う」

公衆サウナの国 フィンランド 後編「日本のお風呂とこんなに似てる」


●書籍目次

はじめに
序章 フィンランド・サウナのいろは
日本のサウナとこんなに違う/日本のお風呂とこんなに似てる

1章 公衆サウナの最前線
昔ながらの入浴施設を街の新しいコミュニティ空間に
map/フィンランド二大都市 公衆サウナマップ

2章 ヘルシンキ公衆サウナ史
街のサウナ屋さんが流行らなくなったわけ
column/現存最古の公衆サウナで学ぶ、フィンランド・サウナの楽しみ方

3章 新世代のアイデアと実践
プロジェクトリーダーたちが考える「いま、なぜ公衆サウナなのか?」

File 1. 地元住民の執念に救われた現存最古の公衆サウナ

老朽化したローカル浴場を、街を活性化する資源に
ヴェイッコ・ニスカヴァーラ/[ラヤポルッティ・サウナ]運営代表者

File 2. 新世代の多目的拠点となった老舗公衆サウナ

社会の変化と先代の個性を味方につけ、浴場文化を盛り上げる
キンモ・ヘリスト/[サウナ・アルラ]現オーナー

File 3. 時代が追い付いた〈文化的な〉公衆サウナ構想

先駆的すぎたヒーロー建築家が、九〇年後のいまに託したバトン
アルヴァ・アールト/建築家・[クルットゥーリサウナ]発案者

File 4. 都会の水辺を賑わせる最先端公衆サウナたち

ローカルと観光客を引き合わせる、街角のウェルネスリゾートづくり
ヴィッレ・イーヴォネン/サウナ・フィンランディア・ホールディングス代表

File 5. みんなで建ててみんなで守る年中無休の公衆サウナ

管理人不在の公共空間は、市民の良心を寄せ集めて育てる
サーラ・ロウヘンサロ/[ソンパサウナ]協会副代表

File 6. 年に一度の街中一斉公衆サウナ化計画

赤の他人を信頼する勇気で、豊かさの新境地を拓く
ヤーッコ・ブルンベリ/[ヘルシンキ・サウナデー]発起人

4章 現代公衆サウナ論
価値づくりのキーワードは「人の居場所」と「街の文化」

おわりに


☟本書の詳細はこちら

『公衆サウナの国フィンランド 街と人をあたためる、古くて新しいサードプレイス』こばやしあやな 著

頁数:160頁(うち32頁カラー)
定価:2000円+税
発売:2018年12月25日



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