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『一級建築士受験 マンガでわかる製図試験』著者・ヒヅメさん、山口達也さんに聞く(中編)

「角番」と呼ばれる製図試験3度目のチャンスにかける主人公が、まわりの人たちからの「気づき」や「ノウハウ」を手に突き進む物語を描いた異色の受験マンガ『一級建築士受験 マンガでわかる製図試験』。
著者である一級建築士で漫画家のヒヅメさんと、人気講座「製図試験 .com」を運営する山口達也さんへのインタビューのもよう(中編)をお届けします。

2021年5月7日(金)/学芸出版社1階ギャラリーにて
聞き手・松本優真(学芸出版社編集部)

前編はこちら

知識ではなく思考法の基本を“ベタベタに”描いた

――主人公あかりは、試験に挑んでいくなかで、受験生が陥りがちなミスにことごとく引っかかり、それを受けて対策上のポイントが解説されるという構成になっています。
読んでいてすごく印象的だったのが、恋人であるアラタの鋭い「気づき」や「問いかけ」でした。試験に対して大雑把なアプローチで挑もうとするあかりに対し、アラタが隣で分析的に整理して見ることで問題を打開していくシーンがたびたび登場しました。
建築士試験は、建築自体の知識を問うというよりも、設定された問題や条件を正確に読み解き、それをしっかり表現する別のスキルが要求されている試験と考えてもいいんでしょうか?

山口:
最初に言ったように、そんなに難しい試験じゃないんだけれども、ずっと落ち続ける人がいるわけです。そういう人の多くは同じパターンを繰り返している。とくに、あかりちゃんがそうなんだけれども、「ざる」なんです。だから、どんどんガツガツ食いに行くけども、どんどんこぼしてる、みたいな。ああいうタイプの人って受かりにくいんです。

彼女が、一生懸命勉強してないのかって言ったら、めっちゃ一生懸命やってるんです。一生懸命やってるんですけど、あれじゃあ受からない。じゃあどうやったら受かるのかということを、本人は気づけていないんですね。試験に対して真剣なあまり、試験との距離が近すぎて、見えなくなっているわけです。仕事もがんがんやりながら、夜中は遅くまで手描きで図面描いて何年も頑張っているのなのに受かんない場合はそもそも立ち位置が間違っている可能性があるんです。そういったときに、それだけ勉強しているのに受からないのは、何か根本的におかしくない?っていう話を、マンガの中で誰かがしてくれるといいなって思ってて。

ストーリーを考えていた当初は、例えば講師が言えばいいじゃないかという話をしてた時期もあるんです。けれども、講師が言うと、「教える人」と「教えられる人」の関係の「説教話」になるんじゃないか、「また、説教本か!」みたいな。いやそうではなく、あかりちゃんに足りないのは「気づくこと」なんですよね。という話をヒヅメさんとしているときに、じゃあこんなタイプの人がいいよね、みたいなことになったんだよね。

ヒヅメ:
主人公のあかりちゃんは、ことごとく試験の罠に引っかかるんです。けれど、それはストーリー都合で引っかかっているんではなくて、彼女はものごとの理解の仕方が雑なんです。その雑さがゆえに、まとめも雑なんですね。だから情報の理解と整理もすごい雑なので、どのステップでも同じミスをしてしまうんです。そこで恋人のアラタ君が気づきのポイントを与えて、「あ、そっか、だからこうなんだ」という正解までのあかりちゃんの思考をできるだけ描くようにしたんですね。

「これが正解です」「はい、皆さんこの通り勉強してください」じゃなくて、「こういうことあるんじゃない?」「じゃあ、こうだと、こうなの? いやこうかもしれないよ」「じゃあ、これだといいんだ」って各話であかりちゃんが気づけるようにしてるんです。思考のノウハウ、考え方のノウハウっていうところを結構重視して描きましたね。

――あかりちゃんがストーリーのなかでたどった試行錯誤のルートには、ヒヅメさんご自身も経験してきたことと重なる部分がたくさんあるんですか?

ヒヅメ:
僕もまさにその通りのことをやってたし、僕は資格学校に通ってたので、同じような人を山ほど見たんですよね。他人のことは冷静に見れるので。

これは「あるある」だなあとか思ったり。そのような記憶から、雑なまとめ方をしているとこうなるよね、という蓄積は僕もあるし、山口さんだってものすごい量を見てきただろうから、そこは全然(ネタには困りませんでした)。

山口:
ずっとテーマにしている話なんだけれども、これって「コツを学べばいいじゃん」とか「最短距離で行こうよ」っていう話じゃないんです。「こうやれば受かるよ」とか、「こんな風に考えれば受かるよ」とかではない。

例えば、「コツ」で受かったとするでしょう? じゃあ次に、結婚だとか就職だとか、大きなプロジェクトを任せられたといったときに、その人は何から学ぶんだろうと思ったら、結局、また「コツ」を探し出すんだと思うんですよ。一級建築士って、そんなに難しくはないんだけれども、この雑だったり安易な思考プロセスだったりをもう一回組み立て直すための、人生の中で割と最後の機会にも近い

その時に、「コツ」や「ノウハウ」で逃げちゃうと、次に出てきた壁の時に、絶対同じことする。「どんなコツがあるんだろう」と。「コツ」で乗り越える人生をずっと選択しちゃうことになると思うんです。そこはすごく危惧していて。

ヒヅメ:
これから建築士というクリエイターを目指す人たちが、試験をそれ(コツ)で乗り越えていいのかな?みたいな。まあ、どうせ到達点は一緒だし、「コツ」を学んだとしても、トータルの勉強時間ってさして変わらないと思うんです。

だったら、少なくとも僕たちは、あのめちゃくちゃベーシックな、ベタベタの基本をちゃんと提示したいなということを話してましたね。

山口:
僕は合格請負人というポジションだから、どうやったら合格できますかって話になるし、こういうテクニックやノウハウがあるんだよという話をするんだけれども、そのような人には「ずっとあなたは、そういうふうに乗り越えていくんですか?」とは問いたいわけです。でも「いや、コツで戦うのは試験だけです」ってみんな言うんですよね。「山口さんもずっと、試験は『しょうもない』って言ってるじゃないですか。『しょうもない』試験なんで、早く取りたいから、『ノウハウ』と『テクニック』だけで行くんです」って言うんです。だけれども、それはホンマかなあっていうのはすごくある。

ヒヅメ:
試験自体は、しょせんただの資格試験だから、そこに何か重いもの、キラキラしたものは持ってない。まあ「しょうもない」試験かもしれないんですけれども、ただ「しょうもない」試験に向かっているあなたがたの努力や工夫は「しょうもなくない」と思うわけです。

――それはマンガで描くにあたって、すごく価値のある部分ですよね。受ける人自身の人生や生き方と関わってくる、みたいなところは。

山口:
それはさ、この本(『ステップで攻略するエスキース』)で描いたら説教になるじゃん(笑)。また山口の説教かいってなっちゃう。

――「攻略する」って書いてますからね(笑)。

山口:
だから、そこは書けないんです。でも、伝えたいのはそこではなくて、ヒヅメさんが今回描いてくれたような話なので、それはすごく良かったと思っています。

実務経験と受験資格の関係について

――この本を通じて建築士試験がどんなものかを改めて知った時に一番印象的だったのが、ある意味でめちゃくちゃ「ドライ」で、創造的な提案は「求められていない」という点です。とりあえず問題に示されたクライアントの意図を、徹底的に、冷静に書き出して、最低限の提案をきちんとすることが求められるものなのだ、ということが印象的でした。
例えば第3話では、「計画して無駄に余るような敷地ってあり得ない」と、アラタ君があかりちゃんに言うところがあります。鋭い指摘ですよね。
このように、実務現場ではありえないけれども、試験問題ではありえるという設定がなされている可能性については、試験に臨むうえでは気をつけないといけないと感じます。このあたりは、実務の常識と切り離して考える割り切りが必要だということになるんでしょうか?

山口:
例えば3ヶ月間設計期間を設けて、できあがったものを見せたら、一級建築士レベルかどうかってわかるじゃないですか。本来はそれぐらいのことをやってもいいんだけれども、それを試験では6時間半でやるわけです。

3ヶ月~半年でやるものを、6時間半でやるってなったところには、そこに仮想=シミュレーションがあるので、実務でやっていることと試験でやっていることの関係性は、実務の「エッセンス」をシミュレーションとして試験でやってるんだって感覚なんだと思うんです。

実務でアクロバッティックなことやってる構造設計者でも、実務のシミュレーションなのだと抽象化できない方は、この試験の構造設計を理解できないんです。また、設備でパイプシャフトなどをギリギリまで作っている人なら「なんで1メートル角のパイプシャフト作るの?」とか。実務で頑張ってる人が「この試験嘘ばっかりやから!」みたいなことを言うんですけれども、まさに「嘘ばっかり」なんですよ。しかし合格しようとするのであれば、本来3ヶ月~半年でやるものを、たった6時間半でやろうとしていて、そういうシミュレーションなのだと頭の中につなげないとね。そして、それを逆読みすると「試験ノウハウ」になるわけです。

ただ、ものすごく残念なのは、去年から、大学卒業していきなり受けられる試験に変わったということ。実務経験はいらないよっていう試験に変わったわけです。元々そうだったのか、そういうふうにしたかったのか、ちょっとよくわからないけど、全然実務をやったことない人が受けて、受かる試験になっているわけですよね。試験元はそのことをどう考えてるのかな?って。実務をシミュレーションするという練習はすごく大事なんだけれども、おそらく大学で勉強したことだけでできるということを試験元が言っちゃったっていうのが、とても残念。不思議な試験にしちゃったなという感じがします。

――この試験が実務の最初の一歩で、この先に実務があるんだよというイメージでとらえてはダメな試験、ということですね。

山口:
それは編集の仕事で考えてもらえばわかるんですけど、例えば、一冊も本を出版したことない人と、対して、もう三年くらいキャリアを積んだ人が、(架空の)「出版士試験」を受けるとするじゃないですか。ところが、一冊も作ってない人が通る試験だと言われたらなんか違和感ありませんか? 一冊も作らなくても、それ用の勉強をしたら受かる試験になっているわけです。

――つまり本来は、やはり実務経験が求められたうえで受けるべき試験だと、山口さんのお考えとしてあるんですか?

山口:
これはもう試験制度だから仕方がない。ただ、そこ(実務経験)には価値はあるということですね。だから建築とは、具体と抽象の往復で、ディテールと全体構想、たとえば、原寸と500分の1のつながりがわかっていることが重要です。そういう世界観であって、具体的なものと抽象的なものの往復をすること自体が重要な建築士の職能だと思っています。

それで、「試験」という6時間半に抽象化されたものと、実際に何年もやってる実務というものが、ある意味つなげられていない受験生は多いんです。そういう能力はあったほうがいいということに越したことはないレベルですけど、僕は大切にしてほしいと願っています。

インタビューの模様3

――ヒヅメさんは、実務と受験の関係についてはどのように考えられていますか?

ヒヅメ:
建築士が社会に出て行って仕事を請け負った時に、まず法規を守んなきゃいけない。細かい条例も当然守らなきゃいけない。次に依頼主の要望も聞かなきゃいけない。それを限られた予算でやんなきゃいけない。細かいところで言うと、さらには、気難しい施主さんかもしれない。「あなた」と呼ばれるのがすごい嫌いな人だから呼ばないようにしよう、とか。

そういうのがまず当たり前のようにあって、それをすごく無意識的に、当たり前のようにやりながら、いろんな制限の中で、法的根拠のあるものないものも含めて理解して、そういったいろんな制約の中で、形づくっていくという点では、試験は全く一緒だなとは思ってるんですよ。

試験場でのシミュレーションのために、6時間半にぎゅっとした分のしわ寄せというか必要な制約がそこにはある。「この試験においてはそういうもんなんだ」と、「それは守らなきゃいけないもんなんだ」って理解して、その中で作品を作る。これはまあ仕事でも変わらないですよね。

学生じゃないんだから、建築士が自由自在に奇怪な形の建物を作れるなんてことは、あり得ないわけですよね。ものすごく実直(な職能)ではあるかなと思ってますよ。つながりはこのまま(あるん)じゃないかなって僕は思っています。

山口:
だから持っている技術を抽象化して、もう一回具体に表現するっていう話をしてますけれども、僕は意匠系の設計事務所だから、例えば家ばかり設計していたとしても、「いやレストランやれるよね」「はい、やります」みたいな。「店舗もやれるよね」「じゃあ、あと今度は老人ホームがあるんだけどやれるよね」みたいな。それってやっぱり専門的なんだけれども、短期プロジェクトでその空間を読み解いて、資料を読み解いて、空間化していくという能力なんです。

だから試験でやっている、抽象か具体かという話は、設計業務では役に立つ話だと思います。設計している人だけが受ける試験ではないですが、社会人の柔軟性が求められる範囲としては重要な能力だと考えています。

(後編につづく)

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