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§8.5 犬猫あつかい/ 尾崎行雄『民主政治読本』

犬猫あつかい

 子供の最良の教師は母であるといわれるが,その母の家庭における地位はどうだ.中流以下の家庭では少数の例外を除き大抵の母は無給の下女・無給の洗濯婦・無給のすい事婦・無給のほ母,まるでベンケイの七つ道具のような沢山の仕事に追いまわされて,本を読むひまや修養するひまどころか,新聞さえろくろく読むひまもないめまぐるしさである.男の力の前には,女の道理は全く無視せられる.こういう家庭で育った人間に,道理の政治が行えるわけがない.
 めかけの子でも男なら家とくを相続することができるが,正妻の長子でも女ではあととりになれぬとは,何んたる不合理,何んたる没義道であろう.夫が死ねば,その妻は無財産の居候になる.何んたる無情であろう.数えあげれば際限なしだが,要するに,これまでの女は,人格も権利もない奴れいの境涯であった.さればこそ,嫁を“もらう”といい,嫁に“やる”という.“もらう”とか“やる”とかいう言葉は犬猫用の言葉で,人間用の言葉ではない.甚だしきは娘を“かたづける”などと,まるでしゃまものを片付けるような言葉を使う.言葉づかいからして,女を人間扱いにしていないのである.その国民の半ばをしめる女を,人間扱いにしないような国家に真の立憲政治が行われるはずはない.そんな国家が順調に栄えるはずがない.


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底本
尾崎行雄『民主政治讀本』(日本評論社、1947年)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1438958, 2020年12月24日閲覧)

本文中には「おし」「つんぼ」「文盲」など、今日の人権意識に照らして不適切と思われる語句や表現がありますが、そのままの形で公開します。

2021年3月17日公開

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