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民法改正が投資契約に与える影響

最近、個人根保証契約に関する規定などが追加された投資契約を目にした投資家やスタートアップ関係者の方もいらっしゃると思います。こちらは民法改正の関係で追加されたものであり、結論としてあまり大騒ぎする話ではないと考えていますが、背景を分かっていなければ不安に思われる方もいらっしゃるかと思い、今回noteで解説することにしました。なお、以下は私の個人的な見解であり、所属団体を代表するものでありません。

1.背景

一定額以上の投資契約では、投資契約から生じる責任を、投資を受けるスタートアップ(=発行会社(※1))とその代表取締役等の経営者(=経営株主(※1))が連帯して負担する建付けにすることが多いです。本年(2020年)4月1日に改正法が施行された民法(=「改正民法」)では個人根保証についての規律が強化され、その結果、経営株主が負う責任についてもこの規律が適用されてしまうのではないかという問題が提起され、これに対応する条項が追加されるケースが多くなってきました(※2)。なお、この問題提起は改正民法の施行前からあったものだったのですが、このタイミングでnoteを書くに至った理由については下記5で記載しています。

2.改正された保証債務に関する規律の概要

今回改正された保証債務に関する主要な条項は以下のとおりです。

・保証人への情報提供義務(第458条の2、3)
・個人根保証の保証人の責任範囲の限定(第465条の2、4、5)
・事業に係る債務についての個人保証の契約締結の制限(第465条の6~9)
・保証契約締結時の情報提供義務(第465条の10)

投資契約上経営株主が負う債務が保証債務に当たる場合に、上記のように保証に関する複数の規定が適用されることになります。この中でも投資契約との関係で特に重要であるのは以下の2点であると考えられるので、以下ではこれらに絞って記載します。なお、上記債務が保証債務に当たるかについては下記3に記載しています。

①個人根保証の極度額の定めの義務化(第465条の2)
②保証契約締結時の情報提供義務(第465条の10)

①個人根保証の極度額の定めの義務化(第465条の2)

「根保証契約」とは「一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約」を意味し、この根保証契約のうち保証人が個人であるものを「個人根保証契約」といいます(第465条の2第1項)。

今回の改正前の民法(=旧民法)においても、個人根保証契約については極度額を定めが義務となっており、極度額の定めがなければ個人根保証契約は無効であるという規律は存在したのですが、今回の改正によりその適用範囲が拡大されました。すなわち、旧民法では、個人根保証契約のうち、債務の範囲に金銭の貸渡し等によって負担する債務(=貸金等債務)を含むものに限って上記規律が適用される形になっていたのに対し、改正民法では上記規律の適用対象が個人根保証契約一般に拡張されました。

投資契約との関係では、経営株主が負う債務が保証債務にあたる場合であっても、旧民法下では債務の範囲に貸金等債務を含まないという理由により、上記規律が適用されないと整理することができたのですが、改正民法ではこのような整理によって適用がないということはできなくなりました。(※3)

②保証契約締結時の情報提供義務(第465条の10)

今回の改正で、主債務者が事業のために負担する債務を主たる債務とする保証、又は主たる債務の範囲に事業のために負担する債務が含まれる根保証を個人に委託する場合には、主債務者は当該個人に対して財産状況等の情報を提供する義務を負い、この情報提供義務に違反した場合には保証人は保証契約を取り消すことができる、という規定が新設されました(※4)。この規定は保証人に主債務者の財産状況等を適切に把握させる観点から追加されたものです。

投資契約に基づき主債務者である発行会社が負う債務は「事業のために負担する債務」にも該当すると考えられるため、仮に経営株主が負う債務が保証債務に該当するのであれば、上記の規律が適用されることになると考えます。

3.上記①、②の規律の適用の有無

前述のとおり、投資契約に基づき経営株主が負う債務が民法上の保証債務に当たる場合には、上記①、②の規律が適用されることになります。しかし、そもそも保証債務に当たるのでしょうか。

民法上、「保証人は、主たる債務者がその債務を履行しないときに、その履行をする責任を負う」(第446条第1項)とされており、この文言からすれば、保証債務とは、主債務者が債務を履行しないときに、主債務者に代わりその債務を履行をする債務である、ということができます。

一般的に、投資契約においては、経営株主は、それぞれ表明保証責任、誓約事項にかかる義務、競合避止義務、株式買取義務等を発行会社と連帯して責任を負う内容になっています(※5)。この場合、経営株主は、あくまで自らが債務を負っており、その債務を発行会社と連帯して負っている(=連帯債務)であると考えるのが自然であり、実態に合っているといえるでしょう。そうすると、経営株主は発行会社の債務を発行会社に代わり履行している訳ではない、すなわち保証債務ではないということになります。また、仮に保証債務だとした場合には、発行会社の負う株式買取義務(※6)が会社法により分配可能額の範囲に限定される場合、保証人たる経営株主の義務も付従性(※7)により限定されてしまうことになりますが、そのように限定されてしまっては経営株主に株式買取義務を課した意味がなくなってしまいます。

このように経営株主が投資契約上負う義務は保証債務に該当しないと考えるのが素直であり、かつ、保証債務に該当したと解した場合に不都合が生じるため、保証債務と解すべきではない、と考えています。

もっとも、保証債務の定義及び範囲は条文上明確化されている訳ではなく、解釈による部分があるため、新たに締結する投資契約については、保証債務に該当した場合に適用される上記①、②に対応する規定を設けておいた方が安全である、といえるでしょう。

4.具体的な対応策

上記3のとおり、保証債務に該当する可能性は低いと考えられるため、該当する前提ではなく、万が一該当する場合でも・・・という形で規定した方が良いと考えます。具体的には以下の内容を追記することになるでしょう。

(i)保証債務に関する規定が適用される場合には、民法第465条の2第1項に定める極度額を払込金額の総額とすること(上記①の観点)
(ii)保証債務に関する規定が適用される場合には、投資契約の締結時に、発行会社から経営株主に対し、民法第465条の10第1項各号に定める情報が真実かつ正確な内容で提供されたことを確認すること(上記②の観点)

上記に加えて、そもそも連帯債務であること、保証債務に関する規定が適用されないことを確認しておくことも考えられます。

5. 最後に(このタイミングでnoteを書いた理由)

このように個人的には保証債務に該当する可能性は低いと考えているため、上記(i)、(ii)の規定は必須ではないと考えていますが、もし改正の直前又は直後にこの点をアナウンスすると、コロナ禍による先行きの不透明さと相俟って、ベンチャー投資が止まってしまう可能性があり、そうするとスタートアップがコロナ禍を乗り越えることが難しくなってしまうと考えたからです。今(2020年5月27日現在)であれば、以前よりは不透明感は薄れ(不透明感に慣れて?)、現にコロナ禍でもVCによるベンチャー投資が多数実行されているため、影響は限定的だと考え、このタイミングで解説することにしました。杞憂だったのかもしれませんが。。。

本稿はマニアックな内容を含みますが、ベンチャー投資に関与される方々にとって一定程度有用であると考え、解説してみました。皆様のお役に立てば幸いです。

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(※1)投資契約上、「発行会社」、「経営株主」という呼称で表すことが多いです。なお、「経営株主」には、代表取締役(稀に(平)取締役)で、かつ株式を相当数保有する者がなることが多いです。
(※2)改正民法施行前(2020年3月31日以前)に締結された保証契約については、引き続き旧民法が適用されるため、今回の民法改正による影響は生じません(改正民法附則第21条)。
(※3)経営株主の債務は投資契約に関連して発生するものであるため、「不特定の債務」ではなく、特定されているとして根保証契約に該当しないという考え方も理論的にあり得ます。しかし、「不動産の賃借権が賃貸借契約に基づいて負担する債務の一切を個人が保証する保証契約」が根保証契約に該当すると解されていることから(筒井健夫ほか「一問一答 民法(債権関係)改正」133頁以下)、債務の内容も多岐に亘り、またその法的性質としても債務不履行責任や不法行為責任もあり得ることからすると、「不特定の債務」に該当しないと断言することは難しいと考えます。
(※4)正確には、「主たる債務者が前項各号(注:第465条第1項各号)に掲げる事項に関して情報を提供せず、又は事実と異なる情報を提供したために委託を受けた者がその事項について誤認をし、それによって保証契約の申込み又はその承諾の意思表示をした場合において、主たる債務者がその事項に関して情報を提供せず又は事実と異なる情報を提供したことを債権者が知り又は知ることができたとき」は、保証人は取り消すことができるとされています。
(※5)正確には、経営株主に関する事実の表明保証、競業避止義務は経営株主のみ負う義務であったり、全ての義務を発行会社と経営株主が等しく負っている訳ではありませんが、この点は本論ではないため、前述の記載に留めています。
(※6)株式買取義務については、「投資契約のエモくない話〜スタートアップが投資を受ける際に留意すべきこと〜」の「株式買取請求権」の項目をご参照下さい。
https://note.com/gaku1shida/n/nbce425dface4
(※7)「付従性」とは、保証債務が、独立の目的を有しないで、主債務を担保する目的のために存在するということ、本件に則して言うと、保証債務がその範囲又は態様において主債務より重いときは主債務の限度に減縮されること(第448条第1項)を意味します。

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