投資契約のエモくない話〜スタートアップが投資を受ける際に留意すべきこと〜
起業準備中の方も、スタートアップの経営者の方も、いざVCから出資を受ける際に、提示された投資契約を見てパニックにならないよう、今から準備しておいた方がよいです。このような観点で、今回は、投資契約の概要や意義、投資契約で留意すべきポイントを解説します。なお、以下は私の個人的な見解であり、所属団体を代表するものでありません。
はじめに
投資契約は投資家がスタートアップ(=発行会社(※1))、代表取締役等の経営者(=経営株主(※1))を拘束するための決め事なので、発行会社、経営株主の義務が多く定められています。
だからといって、例えば、1億円出資して貰うのに、
・「投資契約は締結したくない」とか、
・「ロックアップ条項(取締役退任後に一定期間競業避止義務を負わせる条項)は、憲法の保障する職業選択の自由に反するから一切受け入れられない」とか
言ってみても話になりません。
発行会社側に不利な条項をすべて排除するのではなく、受け入れるべきところは受け入れ、交渉すべきところは交渉する、という視点が有用だと考えますので、以下もこのような視点で書いています。
投資契約とは
投資契約は、投資家が投資するにあたり発行会社側に遵守して欲しいことを規定する契約書の総称です。「総称」と記載したのは、「投資契約」という契約が法令上定義されたものではなく、「投資の際に締結される契約」くらいの意味しかないからです。この投資契約を大別すると、株式引受契約、株主間契約、分配合意書の3種類が存在しており、各契約には主に以下の条項が定められています。
【株式引受契約・株主間契約・分配合意書の概要】
・株式引受契約
当事者:①新規投資家、②発行会社(+③経営株主)
内 容:優先株式の内容(種類株式の場合)、表明保証、
払込みの前提条件、株式買取請求権
・株主間契約(株式引受契約が株主間契約を兼ねる場合もある)
当事者:①投資家及び経営株主を含む主要な株主、②発行会社
内 容:取締役指名権、同意権/拒否権、経営株主の専念義務、
株式の移動に関する規定(株式譲渡、優先買取権、
共同売却権)、株式買取権請求権
・分配合意書(株主間契約が分配合意書を兼ねる場合もある)
当事者:①全ての株主、②発行会社
内 容:同時売却請求権(Drag Along Right)、みなし清算条項
上記は「投資契約書」という契約書が出てくると思ったら「何かよく分からない名前の契約書が出てきた!?」とならないようにご紹介するものであり、これらを全て覚えておく必要性は乏しいです。株式引受契約、株主間契約、分配合意書のそれぞれの役割は何か?、なぜ分かれているのか?、といった議論に入るとそれだけで紙幅を割くことはできるのですが、どの契約に記載されているかということより、契約書にどのような条項が定めれているかの方が圧倒的に重要だからです。
投資契約の締結はマスト? なぜ締結するのか?
前述のとおり、「投資契約」は法令上の用語でもなく、会社法上締結が義務付けられている訳でもないです。したがって、締結しなくても何ら問題はありません。(※2)
「それなら、なぜ締結するのか?」という疑問が出てきますが、答えはシンプルです。一般的に投資家(主にVCやエンジェル投資家)の出資比率はせいぜい10%か20%であり、会社法上、株主総会決議に必要な過半数や2/3には遠く及ばないため、そのままでは発行会社をコントロールすることができないからです。また、経営株主や株式の移動についても定めたいという要望もあります。
以上のような理由から、投資家としては、投資契約を締結したいと考えるのです。
具体的な条項の検討
次に投資契約の条項を具体的に見ていきましょう。【株式引受契約・株主間契約・分配合意書の概要】の記載のとおり、様々な条項がありますが、今回は①表明保証、②株式買取請求権に絞って、解説します。
①表明保証
表明保証は英語で“Representations and Warranties”というので、「レプワラ」と言われたりもします。内容としては、発行会社及び経営株主に対して、投資契約の締結時点(及び払込時点)の発行会社及び経営株主の状況を表明し、保証させる条項です。
このように聞くと、「表明して保証すればいいんでしょ!」と軽く考える方もいるかもしれませんが、そうではありません。表明保証に違反すると、損害賠償はもとより、株式買取請求権(後述)が発動されてしまうリスクがあるため、言いっぱなしでは済まされないのです。したがって、表明保証をしてよいかは慎重に確認する必要があります。主に規定される条項としては以下があります。
・発行会社について
(1) 発行会社の設立及び資格
(2) 投資契約の有効性及び執行可能性
(3) 違反の不存在
(4) 資本構成
(5) 株式の発行手続
(6) 定款、商業登記簿謄本、決算書等の文書の交付
(7) 登記事項
(8) 財務諸表等の適正
(9) 事業計画書
(10) 許認可及び法令の遵守
(11) 担保及び保証の不存在
(12) 所有権及び知的財産権等
(13) 税務申告
(14) 訴訟等の不存在
(15) 刑事罰の不存在
(16) 反社会的勢力等との関係の不存在
(17) 破産手続等の不存在
・経営株主について
(1) 経営株主の権能
(2) 投資契約の有効性及び執行可能性
(3) 保有している株式について
(4) 兼任/兼職
(5) 刑事罰等の不存在
(6) 反社会的勢力等との関係の不存在
(7) 経営株主の経歴
(8) 破産手続等の不存在
「項目が多くて確認するのが面倒くさそう・・・」と嫌気が差した方もいるかもしれませんが、、、以下の点に注意すれば最低限のリスクは回避できると思うので、もう少しお付き合い下さい。
・「~のおそれ(可能性)がないこと」
⇒「知る限り」又は「知り得る限り」に限定
・大部分問題ないが、一部違反する規定(※3)
⇒「~を除き」、「但し、~を除く。」などのカーブアウト
・未登記事項がある場合
⇒未登記事項について、「~を除き」などのカーブアウト
・知的財産権の取得が必要なビジネス場合
⇒(未取得の場合)「~を除き」などのカーブアウト
・未払債務、簿外債務が存在する(可能性が高い)場合
⇒「知る限り」又は「知り得る限り」に限定
上記「知る限り」は現に認識している範囲を意味するのに対し、「知り得る限り」は合理的な努力をすれば認識することができた範囲を意味し、後者の方が範囲として広くなっている分、発行会社側には不利です。但し、VC等との交渉の結果、後者になるケースが多く、また不合理ではないと考えます。
最終的には、各社の置かれた状況や投資契約の具体的内容に拠らざるを得ない部分は多いですが、差し当たり、上記の点を意識していれば一般的な表明保証違反のリスクは回避又は減少させることができると思います。
②株式買取請求権
株式買取請求権とは、契約違反等の一定の事由が発生することを条件に、投資家が株式の買取りを請求できる権利です。「会社が買い取るのであれば、元通りになるだけだから、たいしたことないんじゃないの?」って思われる方もいるかもしれませんが、一般的には経営株主「個人」も株式買取請求権の対象者にすることが多いので、経営株主が「個人」として責任を負う可能性があるのです。
こう聞くと「個人保証と一緒じゃないか」と思われる方もいると思います。現にシリコンバレーのVC投資では株式買取請求権は規定されないことが多いそうです。しかし、日本の場合、会社は自己株式を分配可能額(※4)の範囲でしか取得できないため、経営株主を株式買取請求権の対象者にすることもやむを得ない面があり、現にそれが一般的なのです。
勿論、投資額が数千万円程度であれば投資家が負うリスクも限定的であるため、株式買取請求権を削除すること又は対象者から経営株主を除くことを交渉するケースもあります。
ー株式買取請求権の発動事由(トリガー)
一般的に、以下の事由が発動事由(トリガー)として定められることが多いです。
(1)発行会社又は経営株主が株式引受契約(株主間契約)に違反した場合
(2)発行会社又は経営株主の表明保証が真実又は正確でなかった場合
(3)IPO(株式公開)の要件を満たしているのに、IPOしない場合
上記(1)については、範囲限定のため、①契約違反を重大なものに限定する、②契約違反に治癒期間を設ける等のアレンジをした方がよいです。
上記(2)については、些末な齟齬があった場合にトリガーにヒットしてしまうことを避けるため、重大なものに限定した方がよいです。但し、一般的に、表明保証違反は、通常の契約違反とは異なり、契約締結時等の特定の時点での保証であり、リスクは限定的であるため、修正の必要性は上記(1)に比べれば低いかもしれません。
このほか、①(ファンド満期等との関係で)一定の期日までに上場することや、②一定の売上げを達成すること、③一定の取引を完了させることがトリガーとされた場合には、自身では完全にコントロールできない事由であるため、受け入れてよいか慎重に検討することが必要となります。
ー株式買取請求権の買取価格の決定
発行会社側としては、1株当たりの買取価格も重要になってきます。一般的に以下のように規定されることが多いです。
1株当たりの買取価格は、以下のうち最も高い価額とする。
(1) (今回発行する)株式の1株当たりの払込金額
(2) 財産評価基本通達に定められた「類似業種比準価額方式」に従い計算された1株当たりの金額
(3) 発行会社の直近の監査済貸借対照表上の簿価純資産に基づく発行会社の1株当たりの純資産額
(4) 発行会社の直近の株式の譲渡事例又は増資事例における1株当たりの譲渡金額又は株式発行価額
いずれも一般的な規定であり、不合理な内容ではありませんが、上記(4)については「直近~ヶ月以内」又は「~年以内」の事例に限定することも考えられます。
上記(1)から(4)以外に、「投資家が選任した第三者が算定した1株当たりの公正な時価」など規定されることもありますが、理論的には算定者として誰を指定してもよいことになるため、受入れ又は修正を検討した方がよいです。
最後に
ご一読頂き、ありがとうございます。長々と解説してきましたが、重要なことですので、是非覚えておいて下さい。少なくとも頭の片隅には置いておいて欲しいです。投資家の拒否権、経営株主の専念義務、優先買取権、共同売却権、Drag Along・・・など書きたい内容はたくさんあるので、順次書いていく予定です。Twitter(https://twitter.com/gaku1shida)でも情報を発信していますので、こちらもフォローして頂ければ嬉しいです!
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(※1)投資契約上、「発行会社」、「経営株主」という呼称で表すことが多いです。なお、「経営株主」には、代表取締役(稀に(平)取締役)で、かつ株式を相当数保有する者がなることが多いです。
(※2)投資契約書が総数引受契約書を兼ねる場合には、会社上締結することが必要となります。
(※3)兼任がないとの規定があるのに、1社役員を兼任しているケース、紛争がないとの規定があるのに、取引先と代金について争っているケースなど。
(※4)簡単にいえば、利益が出ている状態でなければ、マイナスかゼロです。J カーブの成長曲線を描くスタートアップではマイナスになっていることがほとんどです。