全財産2万円、見切り発車で一人暮らしを始めてみた話

どうもみなさんこんにちは稲垣である。
2020年ももう上半期が終了したということで、急遽この半年を振り返ってみた。

色々なことがあった半年である。夜な夜な隣町まででっかいステーキを買いに行って毎日焼いて食べるという生活をしたり、語学の単位を全滅させたり、料理がとっても上達したり、某信ハイスクールで働いていた時、寝坊が酷すぎて校舎長に「もう来なくていいよ」なんて言われちゃったり、思い返せばこの半年だけでも本当にいろいろなことがあった。
しかし、なんといっても「一人暮らしを始めた」ということが僕にとっては1番大きいことであろう。

実はこの一人暮らしなのだが、別によくよく計画を立ててしっかり準備をして始めたというものではなくほとんどノリとパッションによって開始したものなのである。

始まりは確か一月の後半、僕が珍しくサイゼリアで期末テストの勉強をしていた時である。例によってあまり集中しておらず、YouTubeをみたり何か別のことを考えながら勉強していた。
その時、突然頭に、「一人暮らしが、したい」という考えが浮かんだ。
思い立ったらすぐ行動がモットーな僕である。動き出しは早かった。早速一人暮らしを始めるにあたってどれくらい費用がかかるのか調べてみた。
ざっとではあるが大体25万〜30万程であることが判明した。当時の僕の全財産が約2万、今すぐ始めるというのは到底無理だった。

しかしそこで「じゃあ我慢するかあ...」とならないのが僕である。なんとかどうにかできないか考えた。

するとそこに、僕のzenly(位置情報を友達同士で共有することができるアプリである)を見てやってきた地元の友達が何人か現れた。そこで僕は閃いた。
「ねえ君たち、僕の株主にならないかい?」

僕の考えた計画はこうである。5千円コースと1万円コースの二つの料金プランを設定し、例えば五千円コースであれば1週間に3日まで泊まれ、出資してくれた人専用の歯ブラシや下着等もこちらで準備しておく、また1万円コースであれば無制限の宿泊と合鍵をプレゼント、おまけに大学に行く際のお弁当も用意してあげると言ったように都内に家を持っていることによって生まれる明確な対価を提示した。稲垣株主総会の発足である。

そして早速それをインスタグラムに投稿し出資者を募ってみた。するとなんと10人ほどが、しかも一人を除き全員1万円コースで参加してくれると言ってくれたのだ。
これによってまだあと10万円ほど資金は足りなかったが、それでも一気に一人暮らしの可能性が現実味を帯びてきた。
その時僕は思った「これ、いけそうじゃね?」

週末には目黒にある「部屋まる」という不動産屋さんに行ってきた。ちなみにこの「部屋まる」であるが取り扱っている物件が全て家賃6万円以下の不動産屋さんなのでもし一人暮らしを始めたい人がいたらとってもおすすめである。

色々部屋を紹介してもらい、株主になってくれた人たちの大学の立地にも考慮しつつ、家賃5万3000円、大学から自転車で5分ほどで1K6畳ロフト付きの高物件を見つけたのでそこに決めた。
そこで契約書にサインしてしまおうと思ったのだが、親の承諾がいるとのことなのでまた契約は後日となった。

家に帰り親に話をした。もちろん僕が一人暮らしを始めることも、1人で勝手に不動産屋に行っていたことも親は何も知らない。ただ、「ウチから援助はできなよ、一人でやるのね?」とだけ言うと普通にサインしてくれた。僕の親はそう言う人間である。

後日不動産屋に再び赴き色々な注意事項を聞きつつ書類にサインした。ただ、僕が選んだ物件にはまだ人が住んでいて、3月いっぱいでその契約が終わるため入居は4月2日からだと言われた。
ちょうどその時が2月が始まったばかりくらいであった。タイムリミットは残り約2ヶ月。あと10万円。

この時ほど敷金礼金という悪習を恨んだことはない。とりあえず入れられるだけバイトを入れ、こっそり掛け持ちのバイトも始め(当時働いてたバイト先である某信ハイスクールはバイトの掛け持ちが禁止されていた)それでいて全力で遊びに行きつつ働いた。

ふつーになんとかなった。

引っ越しも、車を友達に出してもらうことができたので(本当にありがたかった)スムーズに終えることができた。
そんなこんなで全財産2万円、見切り発車で始めた一人暮らしは無事成功を収めたのである。
たくさんのお金を一気に集め、また一気に払ったので引越した最初の月は1ヶ月1万円生活をすることになってしまったがそれもなんとかなった。

確かに、引越した直後、春学期の全面オンライン授業化が決定したときは本当に絶望したが、コロナがあまり問題視される前に引っ越しを完了できたというのは秋学期もオンラインによる授業が行われるという風潮がある今現在の状況を鑑みればこの上ないベストタイミングであったと言えるだろう。恐らく、そのようなチャンスはあと半年や一年経っても訪れるかはわからない。

もしあの時、ただその時お金がないことを理由に、それをどうやって打開するか考えることすら放棄し勝手に諦めていたら、きっと20歳も目前であるくせに親に甘え、ロクに勉強もせず地元の友達と毎日遊び呆けるような自堕落な毎日を送っていたに違いないだろう。

恐らく、夢や目標というのはそれが想像できた時点で十分に実現する可能性を秘めているのではないだろうか。
大切なのは、あれこれ考えずやってみたいと思った段階でとりあえず一歩踏み出すということなのである。足りない事なんてのはやってる途中で打開策を考え、死に物狂いで解決して仕舞えばいいだけだ。

世の中大抵なんとかなる。
だからこそ、見切り発車は素晴らしいのだ。



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