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【私のイチオシ】卑しい者は鼻が利くという

 春の連続投稿企画第4回。今回は #私のイチオシ を紹介していく。


どうも、卑しいものです

 喧嘩腰ともとれるタイトルに何事かと思われた方もいるだろう。私も最近そういう言葉の機微に気づくようになった。だが自虐に限っては今でも歯に衣着せず書き記してしまう。これは自己紹介なので、ドキリとされた繊細な方には「あなたのことではない」とお伝えしておく。

「卑しい」を改めて引いてみる

 さて、卑しい者の定義は、意外と広範だ。
 私は概ね、
1.恥知らずで厚かましく自分の利益ばかりを求める浅ましい人間
か、
2.食べ方が汚く、がめつく食事を行う人間
に対して卑しい奴だと感じる。だが、改めて意味を調べ直すと、仏道的には以下のような人間を指すと記されている。

怒りやすくて恨みをいだき、邪悪にして、見せかけであざむき、誤った見解を奉じ、たくらみのある人、――かれを賤しい人であると知れ。

スッタニパータ

自分をほめたたえ、他人を軽蔑し、みずからの慢心のために卑しくなった人、
――かれを賤しい人であると知れ。

スッタニパータ

実際は尊敬されるべき人ではないのに尊敬されるべき人(聖者)であると自称し、梵天を含む世界の盗賊である人、――かれこそ実に最下の賤しい人である。わたくしがそなたたちに説き示したこれらの人々は、実に〈賎しい人〉と呼ばれる。

スッタニパータ

(いずれも、ブッダの言葉に学ぶ「横柄でえらそうな人」を一瞬で黙らせる"ある質問" より引用)

 卑しい奴とは、食事を両手に持ったり、皿を舐めたり、くちゃくちゃ音を立てて咀嚼するような輩ではないらしい。知っているつもりでも調べるというのは本当に大事だ。

 また、ネット辞典では以下のような意味になるという。

身分・社会的地位が低い。「—・い身」
品位に欠けている。下品だ。「—・い言葉遣い」「根性が—・い」
貧しい。みすぼらしい。「服装が—・い」
飲食物や金銭に対して貪欲である。さもしい。「口が—・い」「金に—・い」
つたない。とるに足りない。

デジタル大辞泉 : 小学館

 ここで 飲食物や金銭に対して貪欲である。 という私と同じ定義で捉えている人が一定数いることが証明される。
 的を射るが的を得るに変わりはじめ、逆鱗に触れると琴線に触れると虎の尾を踏むが混同されはじめているように、自分の間違いを間違いと気づかずずっと使い続けた人間が増えたせいで、の定義が増えたのだと思う。聞かぬは一生の恥、まったくお恥ずかしい限りである。

 では、私は何を間違えて卑しいという言葉に の定義を見出したのか。それは漫画版源氏物語と謳われる『あさきゆめみし』の描写に由来していた。

大河でも話題の源氏物語

「下々のものは鼻がきくとか申しますよ」
「そうそう」「まるでねこのように」
「魚をねろうて歩きまわるそうな」「御殿の中を……」

あさきゆめみし :  大和和紀

 これは主人公光源氏の母、桐壺の更衣に降りかかった陰口である。正室である弘徽殿女御から嫌がらせ目的で薫物合という催しに急遽誘われるが、桐壺の更衣は帝の支えもあってそつなく乗り越える。恥をかかせてやろうと呼んだのに、更衣が調合した香が一位に選ばれて、正室である女御は一層嫉妬に燃える。という一部始終だ。
 どうやら幼少期に読んだこのシーンから
桐壺の更衣は宮中で卑しい身と呼ばれている

鼻が利くという言葉と共に、魚を狙う猫に準えて蔑まれる
→卑しい身は鼻が利くものと食い物に汚いものを指す となったらしい。

鼻が利くのは高貴か、卑賤か

 『あさきゆめみし』という漫画一つの中にも、矛盾が生じている。
薫物合が宮中の競技として成り立っているのは、そこで良い香を調合できる人はセンスがあって評価に値するからだ。平安貴族という雅なお歴々が、まさか大食いパンツを最も多く穿いた数で競うわけもあるまい。にも拘わらず、後ろ盾がないために、一の香に選ばれたことを“下品な人は鼻が利くのね”と嫌味を言われる。

ようやく本題に入る

 実際、匂いに敏感な人を我々現代人はどう捉えているのだろう。
 香水の匂いがキツい人のことを良く思う人はいないだろう。だが、体臭に気を使わない人も眉を顰められる。衣類用洗剤や食器用洗剤には匂いが予め着いているものが多いことを鑑みるに、良い匂いがすることに対し、多くの人間が無臭であるよりも付加価値があると捉えているのではないか。しかし一方で、そういった安価な合成香料によって身体的被害を被っている化学物質過敏症の方も近年は生まれている。

 となると、やはり良い匂いがすること自体よりも、匂いの表情や差異に「敏感」であることが望ましいのだと推察される。皆さんは匂いに敏感なことをどう思うだろうか。

いい匂いを手許に置きたい

 私は匂いに良い印象を持っている。というか、雪が音も匂いも吸う田舎の生まれで、祖母も母も香水を嗜まず、父が香水を嫌っていたというのもあって、匂いに嫌な思いをさせられた記憶がない。
 大人になって、都会に移り住んで、電車に乗るようになってから、梅雨だの体臭だのの匂いで酔うようになった。
 しかし、その頃には紅茶や香水を嗜み始め、良い匂い・上等な匂いを楽しむ喜びも学んでいたため、匂いそのものを嫌う切欠にはなり得なかった。

 どちらかといえば、私は香水が好きだ。忘れた頃にふと好きな香りがして、緊張がほぐれるあの瞬間が好きだ。それは家に帰ると悴んでいた鼻の血管が広がって、俄かに神経を刺激しだす夕食の香りに感じる幸福に似ている。
 幸福を手首に常備できるなら、こんなに良いことはないと思っている。そう考えた結果、香水を嗜むようになった。
 

香水選びの前提条件

 そう、ここで当初の話に立ち返るが、私は食にがめつくもあり、鼻もふがふがと鳴らして回る卑しいものである。下品のエキスパートである私のイチオシが、「食べ物の匂いがする香水」だ。卑しさと卑しさのハイブリッドである。

 香水好きな人なら、大抵は「二十歳越えてグルマン系はヤバいよ」と窘める。まず、ムスクとグルマンノートの二つ、即ち「濃厚」「重たい」と表現される香りは、湿気の多い日本で生活するなら基本的に向いていない。

これが、白人や黒人である西洋人となると話は違ってきます。 (中略) より重たい香りであるウッディーにアンバーグリスやムスクが効いた香調でないと体臭をカバーしたり、体臭に溶け込むようにしたりして一体化させることが出来ないという状況が起きてしまいます。

第4回|体臭と香水のマリアージュ!?|香りのエトセトラ : ART LAB.


 加えて、日本人は体臭が甘い人の割合が高く、体臭の甘さに香水の甘さを掛け合わせると上手く調和しないケースが多い。

日本人に多いスウィートスキンは、肌自体が甘い

肌タイプから自分に合う香水がわかる!
「香り診断チェック」 : CREA

スウィートスキンはベースとなる匂いが甘いため、濃厚な甘さがあるフレグランスの香りをのせると、くどくなりがち。

【香り診断結果】日本人に多いお菓子のような優しい香り「スウィートスキン」の魅力&おすすめ香水を、香りスタイリストが指南! : yoi
心・体・性のウェルネスメディア

 若くて加齢臭がない時分なら、グルマン系香水であっても乾燥している秋冬に使用すれば問題ない。それに、元々キャンディーやミスディオールのような甘い香水は子供っぽいとも言われがちなので、若い頃に付けていれば肌との相性が悪くても「年齢に合った香水を選んでいるのね」と見逃してもらえる。

 私の場合、グルマン系をつけているとその道の先達からは「ふざけているのか?」と思われかねない。面と向かって注意されることはないが、香水に詳しい類の層は、私のような卑しい人間に出くわしてもその後私を避けて生活するだけなので、注意されないから問題がないなどと開き直ることはできない。

私のイチオシ

 だがこの匂いの魅力に勝てないのである。
前置きが長くなったが紹介させていただく。我らがグタールの"NUIT ET CONFIDENCES" である。

 明らかなバニラとトンカビーンズの甘みを、鼻に刺さらない上品なフランキンセンスとホワイトムスクが引き締め、辛うじて「飴舐めてるの?」と言わせない香水のギリギリラインを守っている。

ふとした時に眦が落ちる

 美味しいものを食べた時の表現として「ほっぺたが落ちちゃう」という言葉がある。グタールのこちらは匂いが鼻を掠めると、正にそんな気持ちにさせられる。人と会話していて、笑った拍子に口元を手で覆うと、ふっとこの匂いがする。すると、会話というキャッチボールにガチガチに緊張していた自分の表情筋がふと弛緩する。目尻がとろんと落ちるのが自分でも分かる。
 人がリラックスした表情で会話をしていると、相手も悪い気はしないらしい。この香水をつけた日はなんだか会話が弾んだり、あなたといると楽しいだとか、トークが上手いなだとか褒めていただけることが増えた。ほとんどプラシーボ効果であるが、好きな匂いで上機嫌になると、少なからず他人も良い気分にさせられる。そういう、人を不快にさせないための幸福が手首に宿る。
 ところが、いつも良い匂いだね、とか、今日はどこの香水?と聞かれたことはない。ワンプッシュだけに抑えれば、香害にも最低限配慮できるのではと思う。

 私はこうして、人間関係という人類最大のストレス源をいなして生活している。

その他のおススメ

 同じグタールの香水だと、プチシェリーも良い。
 髪の長い女生徒の、「どこの?」って教えてもらいたくなるシャンプーのような、瑞々しくて余韻の長い、甘い香り。
 ローズ、ムスク、ホワイトリリーのような定番ではないものの、そこそこの人気を誇る梨がメインの香りで、奇を衒っているわけでもない。けれど、他とは違う圧倒的な個性がある。

 香水に手を出し始めた時、どれもこれも粉っぽい香りで「私が思い描いていた良い匂いって、こんな香水香水したドギツい匂いじゃない」と落胆した過去がある。あの時の自分に、欲しかったのはこれでしょ?と差し出したい、柔らかくて優しい、理想的な香りである。
(ただし、人によってはこれを「ワキガの臭い」と感じるらしい。香水店で試して、親しい人に確認してもらうと失敗しないだろう。自分の肌との相性を鑑みること、そしてやはり梅雨時は使用を控えるのが無難だと思う。非常に気に入ったのなら気にせずつけるべし)

まとめ

 不機嫌になると腹の据わりも悪くなる。腹が立つと腹が減る。井之頭五郎もそう言っている。

 好きなものを身にまとうのは、自分のご機嫌を宥めるための代表的な打開策だ。それが服であれ香水であれ、はたまた美味しいものを食べることであれ、好きなものに触れる機会は大切である。程よく自分を甘やかすことが、他人に不機嫌を振りまかない大人の嗜みだと考えるからだ。自分が好きなものは何だろうと省みること自体も、自分を大切にしていて素敵な行いでもある。

 皆さんの“ちょっとだけ機嫌の良い自分”作りに幸あれ。

 

参考


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