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さつま王子第1話その2


 その1はこちら


 いぶし銀次郎。


 王子の駕籠(かご)から芋をすり抜き、その芋を食ってみせたその少年の名は、いぶし銀次郎。いぶし鉄鋼(有)の次男坊、いぶし銀次郎、その人であった。

 鉄鋼(有)は戦慄する。何故、ここに息子が来てしまったか。何故、そのように無垢な侮蔑の言葉を吐いてしまったか。我ら、親子ともども、これでは打ち首は免れまい。延命の機会が自分の息子によって打ち破られる無念と怒りを感じながら、同時に鉄鋼(有)は自分の心を落ち着かせ、息子だけでも救う手だてを思案しはじめた。

 佐吉もまた無念を思う。これは斬らざるを得ない状況だ。おそらく彼らは親子なのだろう。あんな優秀な親から、このような子が産まれる無念。佐吉は、王子の顔を一瞬ちらりと伺い、王子の顔が自分を止めるものでもないのを確認したのち、親子の顔を直視せぬように目を伏し、腰の業物(わざもの)に手をかけ、目の前の親子を瞬時に切り倒そうと体を動かしはじめた。


 ・・・・・・・


 さつま王子といぶし銀次郎。共に12歳のこの少年二人は、この時、はじめて出会い、やがて、大きな仕事を為していく事になる。この二人が出会った事によって、歴史は新たな1ページを生み出し、日本は大きく流転(るてん)する。それは本当に激動の、誰にも思いもよらぬ新たな1ページのはじまりであった・・・・・・


・・・・・・・・


 そのはじまりが、自らの剣によって断たれていたら・・・。のちの佐吉は、そう回顧し、恐ろしくなる事がある。この時、佐吉は、本気で刀を抜き、親子の首に手をかけようとしていた。しかし、それは思いもよらぬ事態によって回避されたのだから歴史というのは面白い。その思いもかけぬよらぬ事態とは何か。


 どーーーーーーーーーーーーん!!!


 さつま芋の爆発。


 なんと、さつま芋が爆発するという思わぬ事態がこの時、起こったのだ。

 その時、確かにさつま芋は爆発した。それは思いもよらぬ程の大爆発であった。銀次郎は、佐吉がこちらに刀を向けるのを見て、手に持つ芋をとっさに上に放り投げた。瞬間、そのさつま芋が轟音を立てて、爆発した。これには誰もが驚いた。投げた銀次郎も驚いた。親の鉄鋼(有)も驚いた。さつま王子だって驚いた。当然、佐吉も驚いて、その鞘(さや)から水平に抜き出された一撃必殺の刀が普段と違う軌道を辿りだし、まるで見当違いの方向に空を切る始末であった。しかも、勢い余った佐吉は、そのまま刀の勢いで倒れ込む始末であった。

 この時、佐吉は、その切っ先を再び親子に向ける事を忘れ、転倒による痛みも忘れ、ただただ、その事態に重大な事実を思い知らされ背筋に汗をかくのであった。そうか。我々は、彼らは、王は、そんな事をしようとしていたのか。そんな、激動の時代を自ら引き受けるような、そんな事を・・・・・・なんと・・・・・


 その轟音は戦乱の世の幕開けにふさわしい打ち上げ花火であったと言えるかもしれない。いつも、人の世は、事態を予測するのが不可能なものであり、人を面白おかしく、あらぬ方向に連れていってしまうものなのだろう。

 こうして、さつまの国の命運は一発のさつま芋によって大きく変わろうとしていた。

 傍ら、さつま王子は、たのしそうにニヤニヤ笑っていた。爆発の時さえ、驚きの表情を見せていたが、やがて、その表情もゆるみだし、笑みがどんどんどんどん増殖していった。爆発がたのしくてしょーがないといった風情だ。そんなさつま王子に眼光鋭くガンをつける、いぶし銀次郎。そのいぶし銀次郎を救い出すべく、冷静に事に対処する、いぶし鉄鋼(有)。

 いぶし鉄鋼(有)は、ここにおいて、ただ一人冷静だった。その意味で鉄鋼(有)は。この時、佐吉を遙かに越えていた。いぶし鉄鋼(有)は、轟音とともにすぐさま走りだし、銀次郎を抱え、そのまま一目散に逃亡した。鉄鋼(有)は、このまま村から逃亡をはかるべく、妻の鈴がどこにいるのかを気にかけ、辺りを見渡した。一家ともども、どこかに逃げ仰す算段をつけはじめ走った。追う佐吉。「植えちゃえばいいのに」とつぶやくさつま王子。さつま王子は、この地にさつま芋を植えるのを鉄鋼(有)に任せたいのは山々だったが、逃げてしまっては仕方ない。その逃げた鉄鋼(有)を王子は追わず、やおら、駕籠(かご)のさつま芋を取り出しはじめ、一人、稲をひっこぬき、代わりにさつま芋を植えていくのであった。


 こうして、さつまはまた稲作農地をさつま芋畑に転換する事に成功する。佐吉と離れてしまったさつま王子は、続けざまに援軍を求む狼煙(のろし)を挙げて、この地にさつま芋畑を作るプロたちを直ちに集合させはじめるのであった。


つづく!


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