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さつま王子 第4話その2


その1はこちら


 佐吉がいないとなれば、締めたものだと鉄鋼(有)は思っていた。人数多しとは言え、所詮、ちんどん屋の烏合の衆。刀片手に虎之介と斬り込んでいけば、勝てぬ相手ではないだろう。それにより、国から追われるは必定なれど、元より今は追われる身。そして、事あらば、銀次郎を探しに敵方へ乗り込む必要すらある緊急事態である。虎之介とお千代をその戦乱に巻き込むのは忍びないと思いつつも、ここの田んぼが陥落するのも時間の問題と判断するならば、ここは一つ、自分が斬って出るのも一つの手だと鉄鋼(有)は瞬時に判断した。

 しかし、その判断は拙(つたな)い。何故なら、さつま王子は、無類の剣術の達人であり、その腕、佐吉に劣るとはいえ、なかなかのものであった。あの身なり、あの年齢からは想像のつかぬ事であったが、さつま王子は、その知能のリアリティー故に自分の身にまつわる危険を回避するためにも、その知恵と時間の多くを剣術や体術練習に充てていたのである。

 これに加えて、ちんどん屋も、その実態、武士であった。故に、ちんどんのリズムは狂い、その様、様にならぬが、ひとたび業物(わざもの)を抜けば、その能力は十全に発揮でき、様になる。しかるに、有能とはいえ、一介の肩当て職人に過ぎない鉄鋼(有)に劣るものではないだろう。

 いずれにしても、斬るという選択肢は鉄鋼(有)のベストチョイスではありえず、その判断、息子への心労と妻・鈴の独走によって狂っていたと言わざるを得なかった。こうして、事態はまたしても、鉄鋼(有)の敗北へと時は流れて行くのだが、そこは流石の鉄鋼(有)、ちんどん屋の姿を見た瞬間、その身なり武士であると把握して、一目散に鈴の方へとその足を変えたのである。勢い、鈴の手を取り、その独走を無理矢理引き止める。と共に、次の機を伺うべく、適宜「間」を取り、距離感を保った。


「間」


 間の重要性は斬り合いにおいて、言うまでもない。誰も何も動けぬような絶妙なその「間」は、鉄鋼(有)の資質を十全に現していた。なれば、この場において、みなが業物に目を配り、死の回避と目的の成就の間でたゆたうこの「間」こそ、鉄鋼(有)が支配できるたった一つのものであった。そして、事実、鉄鋼(有)は、それを支配した。その才能。王子とその手下、そして、虎之介との距離感を絶妙に意識しながら、王子の事を射抜くような目で睨みつけ、何かの拍子にたゆたうであろう、その時の機会を一寸の隙もゆらさずといった気迫で認識する。そして、あわよくば、王子の首を刈ろうというスタイルを全面に打ち出し、鉄鋼(有)は、とりあえず、そこに死と生のたゆたう絶妙な均衡状態を創り出した。

 しかし、これは状況の先延ばしに過ぎない。依然として鉄鋼(有)は不利な状況に違いないからである。「間」の必要性は、逆説的に、その状況を創らざるを得ない鉄鋼(有)の不利を示しているものと言え、王子が手下の一人にでも「行け!(死んでいいから)斬りに行ってこい!」と命令すれば、簡単に崩せる間ではあった。

 故に、これを崩すべく次の手をめぐらす鉄鋼(有)。そして、一筋の光明たる虎之介。2人の考えは交錯し、とりわけ、この時、人を斬る事に慣れた虎之介の動きに鉄鋼(有)は幾ばくかの期待を寄せるものであった。虎之介に剣を渡せれば何とかなるかもしれない。この場の2人における次なるミッションは、そこに比重が移っていたと言っても良いだろう。

 しかし、王子は、そうした観念を平然と受け流す。そう。王子は、この期に及んで、まだちんどんちんどんとやっていた。全然、平気なのかよ!マジかよ!刀持ってる相手がこわくないのかよ!と鉄鋼(有)は思いつつ、しかし、ちんどんちんどんとやるその王子の動きに合わせて微妙に位置を調整しなければならないのが、王子を除く全てのプレイヤーである。

 ここにおいて、事態は、どうあれ王子の主導であった。その事をどうやってみなはやぶればいいのか。やぶる余地もない。王子のやってる事が他の誰にも何一つ全く理解できない為、場は過剰に混乱をきたす。それを沈めるため、動けぬ全員。ここにおいて、みなは冷や汗をたらたらしながら事態を硬直させ、すさまじい緊張感が王子以外の全てに広がっていった。

 こうして緊張状態の中、王子の素っ頓狂なちんどんの音色とその部下による何処か不安で頼りなげなちんどんの音色が田んぼにこだまして時間は進む。

 しかしである。均衡はいつかたゆたうものだ。この時、遠くから鳴り響くものすごい足音が事態を次へと進ませた。


 どどどどどどどどど


 そう!その時、いぶし銀次郎が猛烈な勢いでその場に現れた!!


 それはまるで銀次郎で無きが如し、鬼のような形相の銀次郎。その姿を見て、鉄鋼(有)は驚いた。鈴も驚いた。虎之介やお千代は無論のこと、流石のさつま王子もそのちんどんの手を止めた。あぜんとする一同。かけよる銀次郎。事態は、完全に次のステージへの移行を要請した。

 いよいよ決戦の時だ!!!

 うりゃあああああああ!!!

 と銀次郎は、目からビームを発射して、さつま王子を狙い撃つ!!それをひらりと交わすさつま王子。すげえ!交わした!やるな!オレ!と心中、我ながら、その自らの動きの颯爽さに驚く王子であったが、目からビームを出す人間より、そんな事に驚く王子の適応力の高さにもこれまた驚く。出来る人間はビームぐらいでは驚きもしないものだ。人生なにがあるか分からないからな!

 しかし、そのビームにしこたま驚いているのが王子以外の一同であった。とりわけ、母・鈴は、卒倒してしまった。そりゃそうだろう。息子が目からビーム出してんだもの。出すか?フツー。ありえん。何がどうなったら息子の目からビームが出るのか?誰か解説してください。出来ません。そりゃそうだろう。人の頭ではありえない事が起こってしまった。

 しかし、一つ記しておかねばならないのは、鉄鋼(有)も鈴も至って普通の人間であるという事である。両家の先祖、代々100代ぐらい遡っても目からビームを出す人間などいないだろう。両家どころじゃない。おそらく人類史上初じゃないかな。そんな光景がいま目の前に起こっている。やばい。

 という、そんな光景に動じないのが王子である。「これが噂に聞く新型鉄砲か。」なんて心にも無い事をつぶやいたり。そして、そのつぶやきを聞いて、家来たちは「おおお!!」とどよめいたり。バカですね。そんなわけがないじゃない。無論、そんなわけではなかった。

 この事に対して、王子は一つ、内心、「これは芋の効果かな」なんて思ったりしていた。芋を爆発させる成分イモモエール(仮名)が銀次郎の体内に入る事によって、銀次郎の体質が変化したのではないかとか。そして、それは結構当たっていた。銀次郎の体質は芋成分によって変質し、ある臨界点を超えると、うおおお!!と赤鬼のように変わるのだ。逆をいえば、芋さえ使えば、そういう人間が創れる。とそこまで王子は考え出し、では、その際、これからの戦いの有様はどうなるのか?などと、この緊急事態の中、仮説から組み立てた自分の説明をもって未来への想定まで行った。同時に身体は、銀次郎の次のビーム、すなわち、第二撃に備える。


 しかし、銀次郎の第二撃はこなかった。何ゆえに?それは・・・・


 SAKIぃーーCHIぃー


 なんと!佐吉がその場にやって来て、どれみを盾に「とまれーーーーぃ!!」なんてはじめたのだ。しかも、それで銀次郎は止まった。ええええ!!止まるんだ!!びっくりする王子。と同時に


 「佐吉!でかした!!」


 と叫ぶ王子。それを見て、


 「あ、どれみ忘れてた」


 と悔やむ銀次郎。


 銀次郎は、鬼のようになった最初、興奮して我を忘れ、ついつい、どれみの事を置いてきてしまった事に気づいた。というより、鬼になったその瞬間、あまりのパワーにそれを使いたくてしょうがなく、あてもなくひたすら走ったら、あれよあれよとここに出て来てしまっていたというのが本当のところであった。そんな事態がいま正にこれだ!

 王子は、その事に戦慄を覚える。その事っていうのは、つまり、銀次郎は鬼のように見えるが、感情があってコントロールできるという事である。それを思うと、逆に空恐ろしい。いよいよ、この人間は戦争において、どういう作用を及ぼすか?を考えざるを得ないからである。不安である。超常の力を持ち、それを自分でコントロールできる人間の存在。それはこれからはじまるであろう戦乱の世に一際、熾烈(しれつ)なものを産み出すだろう。と、王子がそんな事を考えてる内にも、止まった銀次郎を尻目に、どれみを見て興奮した虎之介が瞬時にそちらへと動き出していた。つまり、佐吉めがけて突進した!!!

 唐突に動いたその動きに一同は虚をつかれ、虎之介は、あっさりと佐吉を殴り倒す。流石、虎之介!響鬼家の名門!多くの人を斬り、修羅場をくぐり抜けて来たその手練(てだれ)は、この長く平穏の続いた幕末において、一際、際立つ行動力なのであった。勢い、虎之介は佐吉の刀まで奪い出す。と同時に、どれみを抱えて走り出す。刀は右の手に、左の脇にはどれみ。子を抱え、重くなったその逃走に瞬時に妻・お千代が並走する。それを見て、鉄鋼(有)と鈴もそれに追従し、脇を固める。と同時に、鬼の銀次郎は、その最後尾を固め、これにより、一同は、ついにその場を逃げ仰せた。やった!状況は救われた!!

 しかし、何の事はない。それは、虎之介による田んぼの放棄であった。つまり、王子の目的はあっさり果たされたのだ。あっさりしてんなーと拍子抜けする王子。

 こうして、この場を支配したのは銀次郎たちの一連の動きではありえたが、結果的に、勝ったのは王子の思惑である。げに恐ろしき、さつま王子。そして、王子は、その余韻に浸る間もなく、すぐさま狼煙を挙げ、その場にまた、さつま芋栽培のプロたちを集めはじめるのであった。

(つづく!)

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