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21.労災ゼロの落とし穴

はじめに

安全衛生活動において、よくに目にするのが「労災ゼロ(ゼロ災)」という標語です。または、「労災のゼロ行進」、「連続労災無災害記録**日」といった表現も見かけます。この表現を一概に否定するものではありませんが、ここに落とし穴があります。安全衛生活動においてゼロリスク(絶対安全)ということは基本的にありません。働くことには何らかのリスクが発生するからです。ただし前提としては、安全とは、「許容できないリスクがない状態」=「リスクを許容できるまで低減させた状態」のことですので、安全な状態といってもリスクがゼロであるわけではないのです。そして、安全衛生活動とは、リスクを許容できるまで低減させる活動と言えます(リスクをゼロにする活動ではありません)。そして、当たり前ですが労災リスクもゼロになりませんし、なんらかの労災は起きうるものです。「労災ゼロ」を掲げることがダメということではありませんし、当然労災は少ない方が望ましいのですが、「労災ゼロ」にこだわり過ぎることには注意が必要ですので、その落とし穴としては説明していきたいと思います。

補足
*労働災害(労災)とは、労働者(従業員、社員、アルバイトなど)が労務に従事したことによって被った負傷、疾病、死亡などです。
*労災保険制度は、労働者の業務上の事由または通勤による労働者の傷病等に対して必要な保険給付を行い、あわせて被災労働者の社会復帰の促進等の事業を行う制度です。

評価が数字(発生件数)になる落とし穴

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確かに、安全衛生活動の可視化を行うことは重要です。そして、労災の発生件数も大事な1つの安全衛生活動の指標と言えます。しかし、数字にこだわり過ぎることで、その中身がおざなりになることは望ましくありません。特にゼロにこだわり過ぎることは、有効な対策に結び付くことを阻害します。労災件数の数字が安全衛生活動の最も大事な目標にならないように注意が必要です。例えば、上のイラストのように労災を起こしてしまった人を責めるケースが考えられるでしょう(後述)。

労災隠しの落とし穴

「労災ゼロ」にこだわりすぎる過ぎることは、労災を起こした労働者や上司・部署が悪者になり、非難・批判を生んでしまう土壌をつくります。また、ひいては、労災を個人の責任・私傷病だとしたり、微小災害・赤チン災害に矮小化したり、起きたこと自体を隠すことにも繋がります。労災隠しは絶対にしてはいけないものですが、そのような安全衛生意識の土壌は、「労災ゼロ」にこだわり過ぎる文化によるものかもしれません。労働者が労災を申告しやすい雰囲気を作ることこそがとても重要です。
参照:最近における「労災かくし」事案の送検状況(厚生労働省発表平成15年11月20日)「労災かくし」の送検事例

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本質的な対策に繋がらない落とし穴

労災が発生したときに重要なのは中身であり数字ではありません。特に、ここで強調したいのは、その労災が事前に想定・評価し(リスクアセスメント)をしていたか、そしてその評価が許容できるものか、許容できないものであったか、ということです。その時点で対策をせずに許容できるリスク・許容するリスク・許容範囲内のリスクと判断された事象が発生した後に、大騒ぎしてもあまり意味がありません。一方で、対策しないと許容できないリスク・低減するべきリスクと判断されたものが、対策が不十分のために重大労災が発生したとすれば、大きな問題となります。さらに、起きることを想定していなかった事象が発生した場合にも大きな問題です。それぞれ対策の方向性が異なりますので、労災を数字で見ずに中身をみることがとても重要です。(参照:「リスクアセスメントの落とし穴」)

ヒューマンエラーの落とし穴

人は様々なエラー(間違える、忘れる、勘違い、過信、疲労、怠慢)を起こし、それがヒューマンエラーという概念です。ヒューマンエラーはゼロにはなりませんので、当然労災もゼロにはなりません。労災をゼロにするのではなく、ヒューマンエラーが起きる前提で、重大な労災を防ぐというマインドセットを関係者が揃えて持つことが重要です(参照:「作業管理の落とし穴」・「職場巡視の落とし穴」)。

優先順位の落とし穴

安全はコストがかかるものです。そして場合によっては重大な労災の対策には大きなコストがかかり、逆に軽微な労災の対策は小さなコストしかかからず取り組みやすいこともあります。しかし、絶対に許容できないリスクは大きなコストがかかっても対策が必要です。ついつい取り組みやすい対策・コストが安い対策から取り組んでしまうのが人の性なのかもしれませんがが、防ぐべき労災は防がなければなりませんので、対策にも優先順位があります。中身をみずに数字・件数だけで議論することは、対策の優先順位から目を背ける結果になりえます。福島原発事故前に大津波を予測していたにも関わらず、その対策に至らなかったことも、そうした背景があるのかもしれません。

労災と安全配慮義務

安全配慮義務の落とし穴」でも言及している通り、労災イコール安全配慮義務違反となるわけではありません。安全配慮義務履行のために予見可能性と結果回避措置を取る中で、労災ゼロとなるような結果回避措置を全ての事象にとることは不可能です。どこまでを許容するか許容しないか、さらに安全配慮義務違反とならないような対策の線引きや対策の優先順位を考えることが求められます。

おまけ

参考資料1の表をご紹介します。

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安全対策を考えるときに以下のような重要な要素が多く説明されています。ゼロリスク信仰に陥らないためにも、本文の方もぜひご参考にされてください。
・安全対策は技術的対策が優先
・ヒューマンエラーは起きる
・重大労災を起こさない>労災を起こさない
・安全は基本的にコストがかかる
・強度率(重大災害)>度数率(発生件数)

参考資料

1. 向殿 政男. 日本と欧米の安全・リスクの基本的な考え方について

標準化と品質管理 Vol.61 No.12

2. IDECファクトリーソリューションズ株式会社HP 安全とは




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