鶏が『鶏肉』になるまで
ニューヨークに来ました。電車でロングアイランドへ。1時間半ほど揺られて小さな駅へ着く。デイブが迎えに来てくれた。久しぶり!
デイブは2018年の春頃に神山を訪れて、フードハブを拠点にしばしば日本を出入りしながらトータルで1年ほどいた料理人。神山を離れる前のインタビューがすごく好きで、しばしば読み返す。
私にとってのデイブは、めちゃ美味しいご飯を作って農家を含むいろんな人をハッピーにできる人(かま屋で時々開かれたディブプレゼンツのディナーにはほとんど行った)で、平日の真っ昼間から我がパートナーとしょっちゅう川で遊んでた人。そして一人の男子高校生の人生に大きな影響を与えた人。このことは本にも書いた。
我がパートナーはデイブとすごく親しくしていたから、今回会えてとっても嬉しそうだった。旅の話よりも、神山の人たちの近況についてあれやこれやと話して懐かしむ。
この1週間はデイブの家に滞在しながら彼が働くHOG Farmで働かせてもらった。デイブには何から何までサポートしてもらって感謝しきれない。
ファーマーの多様性
HOG Farmはブルックリンの契約レストランへの出荷、CSA(300人ほど!)、ファームスタンド(直売所)の3つの軸で経営しているそう。イベントも色々あるようで、私たちがロングアイランドを離れる日には、敷地内でベイビーシャワー(生まれてくる赤ちゃんと妊婦さんを祝うらしい)のパーティに向けてピザやら飾り付けやら慌ただしく人が動いていた。
スタッフには若い人が多かった。毎日「初めまして」があって、1週間ではとても名前を覚えられないほど。
高校生の頃にこの農場で働いたあと農業系のカレッジに進学して、また戻ってきたという、鼻ピ×裸足の快活な20歳の女性。彼女に限らず農場で働く人たちに素手×裸足が多くてビビる。虫に刺されることへの不安はないんだろうか。
さらに週2日農場に働きに来ていて、それ以外は森林のメンテナンスをしているという若い男性。ブルックリンで料理人として働きつつファームには鶏を絞めるタイミング(大体3週間に一度)でヘルプに入るという元メイクアップアーティストの女性。彼女は人生の転機がありキャリアを変えることになったが、180度違う領域に舵を切っていく軽やかさは刺激的だった。神山にもそうした人が多いことを思い出す。
畑や生産の現場のことをよく理解しているシェフは素晴らしいと思うし、シェフがいる農場も素敵だ。多様なバックグラウンドを持つ人たちが一つの農場で働いていることが面白い。
鶏が『鶏肉』になるまで
※ 鶏を解体する表現や写真が含まれます。苦手な方は閲覧を避けてください。
WWOOFスタイルに倣い、午前中だけの日もあったけど基本は8時から17時までたっぷり働いた。これまでの2軒のWWOOF先よりもハードワークだったのだけど、中でも木曜日は一番ハードだった。7時半スタートで18時まで。昼休憩の1時間半以外はノンストップで駆け抜けた。
この日は鶏を絞める日だと聞いていて、数日前から緊張していた。朝起きた時も、「今日はお昼ご飯食べれないんじゃないか」「朝ごはん食べると戻しちゃうんじゃないか」とハラハラする。すべて杞憂に終わったのだけど。
最初に、作業場に運ぶため鶏を捕まえる。掴もうと近づくと「ピィー!」と鳴いて逃げ惑う。その激しさにたじろぎながらも、えいやと掴む。掴む瞬間はこっちが緊張して心臓が強く鼓動する。両手で持ち上げて羽を抱えて持ち、暴れないよう爪の鋭い足を掴む。捕まえる瞬間はジタバタするけど、一度しっかり抱えると落ちついてくれる。トラックに乗せて作業場まで運ぶ。
作業に入るスタッフは我々2人を含めて6人。鶏は56匹。
身体を固定するステンレスの機械に鶏を逆さに入れ、絞める担当のスタッフが鶏の首にすっとナイフを刺すと、血液がピュッと飛び出してそのまままっすぐに滴り落ちていく。鶏は何が起きているのかわからないように、眠りにつくように目を閉じる。途中で気づくのかバタバタっと動いたり、足をピンっと硬直させたりする。その様子を鼓動が速くなるのを感じながら見つめた。血を出し切ったら(測っていないけど2,3分くらいだろうか、あっという間だった)頭部を落とす。ここの作業は経験が必要なので私たちは見守る。
複数羽が入っているステンレスの機械から取り出し、別の機械に足を吊るして熱湯につける。20秒間を3回繰り返す。これで羽がむしりやすくなるらしい。毛穴を開くということなんだろうか。専用の機械に入れると、グルグル回りながら毛が取れていく。このあたりでよく見る鶏肉の姿になった。
足を関節部分で切り落とす。残った毛をむしったりピンセットで抜いていく。温かいうちにこれを終わらせるのが大事らしい。ムッと鶏肉の強い匂いが鼻につく。
毛を取り終えたら、順に内臓を取り出していく。まず首の皮にナイフを入れて首の骨と気管を剥がす。フンが残っていれば洗い、まっすぐにお尻側の皮にナイフを入れる。開いた部分から指二本を突っ込んで、ぐるりと回して臓器を取り出す。ここが難しいし力が必要で時間がかかった。特に肺は骨に引っ付いていて剥がしにくい。いろんな部分がつながっていて、ずるりと出てくる。
手を入れた瞬間の内臓部のあたたかさに、ついさっきまで生きていたことを実感する。いや、実感というよりも想像か。自分の内臓に手を入れたことなんてない。
取り出した臓器をさらに分解していく。レバー、ハツ、砂肝はそれぞれ分けて、皮と脂も別にする。雄鶏なので玉ひもはない。黒緑色の小さな部分(あとで調べて胆嚢だと知る)をつぶさないように外す。これをつぶしてしまうと全部廃棄になってしまうらしい。砂肝にはびっしり脂肪がついていた。皮と脂も分けて回収する。数日前に家で見たチキンオイルにするんだろうか。最後にお尻の脂や精巣を取り除いて終わり。
7時半に集合して、解体して作業場を掃除し終えるまでで確か14時くらい。お腹はしっかり空いていて、ランチのサンドイッチをたらふく食べた。
解体に関しては全てが初めての経験。写真を撮る余裕も気持ちもなかったので、一つひとつのシーンを覚えておこうと目を凝らした。色々感じ入るかもと思っていたけど、それよりも「みんなの作業スピードについていかないと」と手元に集中するのに必死だった。それでも、鶏が鶏肉になるまで。これまで自分の中で分断されていたものがつながった一日。デイブ、貴重な経験をさせてくれてありがとう。
食は文化
滞在中の食事はデイブが振る舞ってくれたり、私が作ったり。レストランにロブスターロールを食べに行った日もあった。
ある夜はデイブの家でファームの仲間たちとパーティ。私は親子丼、ナスとししとうの煮浸しを、デイブはサラダとカボチャの煮物を用意した。ペストリーで働いていたデイジーはピスタチオのケーキを持ってきてくれて、これが超絶おいしかった。
シェフに向けてつくるのは緊張するけど、みんな「美味しい」と言って食べてくれた。優しい。デイブをはじめ日本食に馴染みのある人たちが多かったから説明がなくとも十分楽しんでくれたのだけど、英語で料理の説明をできるようになりたいと思った。
そして料理の説明をするには、調味料の理解が欠かせない。
デイブの家ではみりんがなかった(昆布や鰹節、干し椎茸があったのはさすが)。ニューヨークで手に入るみりんはアルコール分がないとかなんとかぼやいていた。普段の料理に当たり前のようにみりんと酒を入れるから、それぞれがどんな役割を持っているのかとか、ないとどうなるのかとか、ほとんど考えたことがなかった。実際につくってみて、砂糖と醤油だけだと味が尖った感じなのがよく分かる。
まろやかさを出すためにデイブの勧め(冗談混じり)でメープルシロップで代用したら意外といけた。
私たち日本人が息をするように発する「いただきます」と「ごちそうさま」。カナダでもアメリカでも「それ、どういう意味?」といろんな人に聞かれた。いただく命への感謝、食材を育てたり調理してくれた人への感謝の言葉だと説明すると「とてもいい文化だね」と。私もそう思う。
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