トイレ貯金

それは焼肉を鱈腹食べた日曜日。いかに、「明日は会社」へと通電したがる思考を「まだ日曜日」に誘うか、脳内熱戦を繰り広げている最中だった。トイレ掃除に興じていた同居人が、頗る不機嫌な足音でリビングに帰ってきた。なんや話しかけられたくないなあという表情が完成した辺りで目が合う。「ミズガナミナミアガッテル！」「え？なになんて？」「トイレの水が溢れそうなくらいあがってるの。もうダメかもしれない！」越してきて1年。同じだけ住んでるはずなのになんで知らんのやろかい、と感じの悪いことを思いつつ、イヤホンの向こうで叫び散らしているAマッソ加納さんを一時停止。そらタンクの水を足したらええねん。「そらタンクの水を足したらええねんでえ」と小声で呟きつつ、風呂桶でタンクに水を挿す。3杯終えたところでレバーを捻ると、ゴボゴボと嗚咽しながらも正しい水位に戻った。築深駅近！都会の線路沿いで揺れる揺れる低層マンション。猫４匹と同居人と暮らすこの部屋を、私は人生史上最高にお気に召している。部屋の三方位、4面も大きな窓があって、そのひと枠には桜の木が、眺めるのにちょうどいい高さで在る。

「トイレ貯金しないといかんねえ！」今度は掃除機をかけ始めた同居人が、ダイソンと争う声量で言い放った。どうやらこの古い建物で起き得る、いつ何時の出費に備えようということらしい。備えあれば憂いなし。買い溜め好きの同居人が思いつきそうなことだ。彼女はトイレットペーパーの予備の封を切るちょっと前に、トイレットペーパーを買い足すから、予備の予備を数日置くためのスペースがある。トイレ貯金？タンス貯金みたいに言いなやと思ったが、せっせと掃除する姿を見ていたらふと彼女の中の前提が垣間見えて、この人、此処に長く住むつもりなんやなあに景色が変わった。そうかそうかそうだよねえ、トイレ貯金しよおね。いつだって愛おしさは厄介ごとの背後から顔を出す。こんなんやったら私も、皆んなに厄介掛けながら明日も会社頑張ったらええやん。いや違う違う。まだあと2時間18分はニチヨウビだってば。