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竹久夢二

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通俗的な感傷に身をゆだねているようで、独自のスタイルを持ち、伝統を再解釈する前衛でもある竹久夢二の絵にせまります。
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記事一覧

竹久夢二「スケッチ帖より(「挿画談」をよみて)」⑤

 これまで、生方敏郎の記事「挿画談」(明治43年2月20日「読売新聞」日曜附録)への竹久夢二…

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竹久夢二のコマ絵 『ホトトギス』明治39年7月号

 本を整理していて、古いオリジナルの『ホトトギス』を見つけた。明治39年7月1日発行の第9巻…

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竹久夢二「スケッチ帖より(「挿画談」をよみて)」④

 生方敏郎の記事「挿画談」(明治43年2月20日の「読売新聞」日曜附録掲載)は、当時活躍して…

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竹久夢二「スケッチ帖より(「挿画談」をよみて)」③

 生方敏郎の記事「挿画談」(明治43年2月20日の「読売新聞」日曜附録)は、竹久夢二について…

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竹久夢二「スケッチ帖より(「挿画談」をよみて)」②

 生方敏郎の記事「挿画談」(明治43年2月20日の「読売新聞」日曜附録掲載)は、竹久夢二に批…

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竹久夢二「スケッチ帖より(「挿画談」をよみて)」①

 生方敏郎の記事「挿画談」(明治43年2月20日の「読売新聞」日曜附録掲載)は、1910年の時点…

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竹久夢二と太田三郎:生方敏郎『挿画談』を読む

 このタイトルで、今の知名度を考慮すると、竹久夢二はほとんどの人が認知できるが、太田三郎はほとんどの人が知らないのではないかと思う。  しかし、1910年前後では、このふたりは印刷された絵画の領域で活躍していた。  わたしは、このふたりがならべて言及されている事例を探していた。 竹久夢二、太田三郎は併称されるか ブログ《神保町系オタオタ日記》の「竹久夢二や妖怪を愛した廣瀬南雄の『民間信仰の話』(法蔵館)——大阪古書会館で出口神暁の鬼洞文庫旧蔵書を発見——」とい