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10年後の生徒面談 〜インタビューした話

令和元年が、初めて冬の気配を纏い始めたある日の週末。

僕は都内某所で教え子に会いました。この記事は本人の了承もいただいた上で書いています。10年ぶりに二人でゆっくりと「これまで」と「これから」を語りたいということで、僕から彼女にお願いをしました。幸いにも快諾(?)いただき、実現したのです。僕的には10年ぶりの生徒面談。とても貴重な機会をいただきました。

【彼女との出会いとこれまで】

僕は彼女のことを「ハナ」と呼んでいたので、今回もその呼び名で書きます。ハナとの出会いは、彼女が9歳の夏から。出会ってから中学受験を終えるまでの丸3年、ずっと一緒に勉強をしていた記憶があります。本当に毎日一緒にいた感じ。彼女が中学受験を終え名門の中高一貫校に行ってからも、節目節目に近況報告を共有する感じでした。そして彼女が進学した大学は…なんと僕の母校!

僕の教育者としてのキャリアの中でもダントツに記憶に残っている、この子たちの代。一人一人が個性に溢れていて、一緒にいて本当に飽きない。勉強も一生懸命で前向き。その中でもとりわけ印象に残っているのがハナでした。保護者の方とも仲良くさせていただいて、大変なこともあったけど振り返ると良い思い出しか思い出せないのです。

彼女が中学に上がると「あぁ、これでしばらくもう直接会うことは無くなるなぁ」と思うと同時に、どこかでこれからも繋がっていくのだろう…と、不思議な感覚があったのもこの代の特徴でした。その不思議な感覚は大当たり。久々にゆっくりと話したかったこと、まずは勉強に勤しんでいた「あの頃」と、僕の手を離れた後の学びについてでした。


【勉強大好きだった中学受験時代・苦しくなった中高時代】

多くの小学生と、その保護者の方がびっくりするかもしれない(?)ですが、彼女は小学生時代の中学受験の勉強がとても楽しかったそうです。曰く…

ハナ「やればできたし周りも楽しく勉強するのが当たり前でしたし。新しいことを覚えて変わっていく自分・力がついていくことを実感できる自分が最高!

確かにこれは僕から見てもはっきりとわかりました。本当に楽しそうで前向きだった。この発言を聞いた時、やっぱり周りにどんな人がいるかは大切なんだなぁ…と、ベタに思いました。

ところが中学受験をして中学へ行くと、周りも当たり前のようにできるのが普通。小学校ではできるという自負はあったけど、各小学校の一番が集うような環境になると、なかなかしんどい。

ハナ「私は部活動や学級委員のような場があったから救われたけど、そういう自分が活躍できるフィールドがどこかにないと苦しくなる。なかったらやばかった…」

なるほどねぇ…。複数のコミュニティを持って、それぞれ自分のフィールドやポジションを複数持っておくこと、これは10代のうちから必要なのかも知れません。学校だけ、勉強だけ、特定の何かだけ…というのは精神衛生上は良く無さそうです。

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10代を振り返り話す彼女の横顔をパチリ。

僕が意外だったのは、彼女は受験英語にも苦しめられたこと。洋楽好き、海外も好きだけど受験英語がダメ。実際彼女は語学は上手くやるだろうなぁ…と思いましたし、小学生時代はソツなく楽しそうにこなしていました。実際の英語は好きなのに受験英語はイヤとは…これ如何に?ですよ。大人の皆さん。

【あの頃の夢:なりたい自分はずっと変わらなかった】

小学生の頃に1−2回だけ僕も聞いていた、彼女の将来の夢。それは先生になること。今は先生を目指して教育大学院に通っているのです。算数大好きだったけど、まさかの社会教員!そして今塾講師もやっている!!これはなんだかニヤついてしまうのですよ。あの時話していた自分のビジョン、少し形は変われども実現に向けて歩いている。すごいなぁ…って、我が生徒ながら尊敬してしまう(笑)

彼女は受験知識やらテクニックではなく、IBとか21世紀型スキルのような、正解を求めない、考えて最適解を出すような教育に惹かれています。僕がここ数年ずっと興味を持っているものとシンクロしている点もエモいわけです。ここまで書いて、もはやただの親バカ的空気で「誰目線だよ・・・」と感じている僕もいますが、それはご愛嬌ということで(笑)

彼女は自身の経験から「教育を変えたい」と思ったそう。6年間知識偏重の授業で、中1から既に受験生の気分だったそう。もちろんその環境で身についたことは沢山あったけど、結果的にその経験は彼女を探求型教育への関心へと向かわせたようです。

【学校と塾は何が違う?】

僕があの頃聞けなかった質問をぶつけてみました。

ソガ氏「ぶっちゃけさ、塾だって正直知識やテクニックを教わることが多かったじゃん?受験もあったわけで。いま振り返るとその辺に違和感なかったの?」

ハナ「でも塾は人間的に成長できたから。知識やテクニック取得のために通ってませんでしたよ」

ソガ氏「なるほど。人間的成長ね。それは友達とかライバルがいたから?」

ハナ「人間的成長を作ったのは先生。友達も大事だけど、先生。塾で授業を受けて先生方と話していく中で、大人の考え方が理解できるようになったんです」

他にやっていた習い事の先生との関係性が、塾に通うようになってから明らかに良好になっていったそうです。へえぇ・・・そんな作用が。メタ認知的な感覚や閃きがあったのが良かった。今「あの現象は何か?」と言われてもわからない。ある意味「悟り」みたいな瞬間?が、僕たちとの日常から得られたんですって。

ちなみに彼女、9歳〜10歳くらいの頃はメチャクチャ習い事が多かったそうです。塾以外にやっていた習い事は、日本舞踊・ピアノ・バスケ・水泳・英会話!多いな・・・。そういえば僕が敬愛するメディアアーティストの落合陽一さんも幼少期はメチャ習い事やっていたそうです。

学校の先生と塾の先生は何が違うのか?に対する彼女の答えは印象的でした。

影響を受けた塾の先生と、受けなかった学校の先生の差は「一人一人を見てくれている」という感覚。彼女は小学生時代、学級委員長の依頼を受けたことがあるのですが、それは「私個人の成長やメリット」を考えての提案ではなくて「学校やクラスをいかに円滑に運営するか?」という目的が、子供ながらに明確に読み取れてしまった。それは冷める…と。今の仕組みのままでは、学校の先生は一人一人を見れないというある種の諦めを、彼女は12歳にして知ることになります。

ハナ「せめて将来どんな役にたつか?私にとってどんな学びや成長があるか?を伝えて欲しかったなぁ…」

円滑な集団活動か?個々の成長や対話か?文字にすれば当たり前に見える教育の本質と課題が、今だに現場には渦巻いているのかも知れません。

ただ彼女の面白い点は、その現実を突きつけられてもめげずに学びに変える点。そもそも自分は先生になりたいので、先生を自分の学ぶ素材として見ていました。先生の立ち居振る舞いを見て「こういうことは取り入れよう」「こういうことは自分はしたくない」など。自分の将来のために有効利用していた、というか先生観察のために学校へは遊びに行っていたそうです(笑)

もちろん先生の書く指導案への配慮もしていたので、先生の書く指導案を予想しながら、教案通り授業が進むように言動を考えていた・・・ある意味いい子(笑)


【彼女の「これから」と僕が感じた教育の価値】

彼女も気づけば23歳になっていました。9歳で出会ってから、もう14年!長い…。

で、彼女の「これから」を聞いてみました。今から30歳まで、向こう7年間の自分のイメージを。「うーん…難しいな(笑)」と言いつつ話し始めてくれました。それにしても本当に大人になったなぁ・・・。もはや親目線に近い僕(笑)

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まずどこに就職するか?という王道の悩み(?)ですが、面白かったのは「教えたいことを教えるスキル」と「一般的に教えて欲しいニーズ(教えるべきニーズ)に応えるスキル」は別物なので、ニーズに合う教え方も学んでいる点。受験ニーズはしばらくはあるので、そこはそこで大切にしよう、と。このバランス感覚は興味深かったです。こういう「一見両極端になるものをバランス良く考える」という方々は、若者を中心に増えていますよね。新しい波だな、と思います。興味深い。

一方、ここは昔ながらなのね・・・と思ったのは結婚相手の基準ですかね。30歳までには結婚して子供も一人いる状態が良いそうですよ。こんな会話をするようになるなんて…

ハナ「インターの先生とかと結婚したい。給料かなり良いらしいですよ」

ソガ氏「・・・(なるほど…公立の先生は色々厳しいのぅ・・・)」

やはり相手のスペックとか見ちゃう。女性の方がそういうところを見る目は鋭くなる。相手の考え方や家柄とか、冷静に考えるのが女性ですよ…と。

でも専業主婦や嫌なんですって。飽きるから(笑)やっぱり教育という文脈で、自分がしたいこと、提供できることを追求したいという価値観は大切にしたいみたいですね。

彼女とのお話を通じて、改めて「教育の価値って何なのだろう?」と考えました。彼女にとって先生という人との出会いが学校の人だけであったら、「先生という人はこういうもの」となって終わっていたはず。たまたま別の空間で別の先生と出会って比較した結果、塾の先生の方が良いな…と思っただけかも知れない。でもそんな出会いや経験が人生の軸になることもあり得ます。そう思うと、教育の価値って二つなのかな、と思います。

①比較対象があると優劣がつく、残酷な気もするが比べられないのは不幸でもある?比較し選べるようにしてあげることは知識や技術より大切な教育の価値。

②そう思うと教科を教える・テクニックどーのはあまり重要でない。大人になるまでにどれだけ多くの人に会えるか?これが鍵になりそう。受験は単に手段の一つ。

大人が、僕ができることは本当に些細なきっかけや環境を作ってあげることだけなのかな…と改めて思いました。でも、その機会や環境が大切。最近は日本を憂うニュースも多いけど、なかなかどうして、未来への希望や教育の可能性は緩やかでも確実に育っている、そんなことを実感する1日になりました。

・・・それにしても「彼氏できた」「バイトで先生やってみる」とかハナに言われるたびに、親のように「彼氏?!どんなヤツ?」とか「大丈夫なの?」とか言ってハラハラしている自分がいたのをこの時思い出しました(笑)

次は・・・婚約者とか紹介されたらどうなっちゃうんだろ?いやその前にハナがお世話になっているインド出身の教授に挨拶かな?(考えすぎww)

ともあれ、彼女のたとえ大変でもきっと輝く未来に乾杯!!

教育に未来を価値を感じて、記事で心が動いた方からのサポートは嬉しいです。いただいた信頼の形は、教育セミナーで使いたい本とかレゴとか…etcに使います!