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【サウナのサチコ『裸の粘土サウナー』】第14回「アップダウン」

月刊サウナデジタル

サウナ支配人や熱波師をかたどった粘土造形を手がけるクリエイターにしてサウナー・サウナのサチコのサウナ訪問記。「ととのった」と感じるまで半年かかったという不器用サウナーならではの独自目線で、サウナ施設とそこに働く人々の魅力を切り取ります。

私はかなり運の良い人間です。「いやあんた鬱じゃん!」と突っ込まれたら何も言い返せませんが。鬱でも運がいい人間はいるんです。ただ私の場合、結果的に運が良かっただけかもしれませんが。

先日、女優の鈴木杏さんのアトリエ展に行ってまいりました。杏さんがサウナーであることを、皆さんご存じでしょうか。私は全く知りませんでした。2年前、杏さんが私のインスタをフォローしてくださるまでは。

信じられないでしょ。私も騙されたと思いました。何に騙されたのかはわかりませんが。杏さんはサウナのトートバッグやTシャツなどのデザインもされていて、イラストも驚くほどの腕前です。

アトリエの最寄り駅は代官山。私のような貧乏くさい人間が行くところではありません。自分の持っている中で一番高い服とサンダルを身につけ、杏さんがデザインされたトートバッグを肩にかけて向かいました。

ここからが紆余曲折。


まず飛び乗った東急東横線が特急。代官山駅には停まらないので、一つ先で降りて折り返します。そして駅から徒歩6分と書いてあるのに、20分経っても着きません。

まぁここまではいつものこと。マップもお手上げの方向音痴ですから。しかしこの日の気温は35度。代官山の人たちは皆涼しげな顔をしているのに、私だけ畑から帰ったのかというほど真っ赤な顔をしていました。

歩く私の素足が、突然アスファルトを直にとらえました。見るとサンダルの一番太いバンドが切れているではありませんか。まるで下駄の鼻緒が切れたかのようで、不吉。しかもこの部分が切れたらもう歩けないんです。誰か助けて。

JAFでも呼ぼうかと思った時、何気なくトートバッグに付けてきたケアケアクリップが目に入りました。この月刊サウナに連載を持つ大西一郎さんがいる、おふろの国リラクゼーション「ケアケア」の名が入ったクリップです。

そうだ、これで切れた部分を留めてみよう。
おぉ静かに歩けば何とかなりそう。
ありがとう一郎さんと、代官山から念を送ります。

ここから私の運気が変わりました。まず視線の先にアトリエらしき建物が見え始めました。そしてなんとそこには、鈴木杏さんご本人が!(震え)。

あぁどうしよう。話しかけようか。話しかけて「あんた誰」ってなったらどうする。私はそっとインスタを開き、杏さんがまだ私をフォローしているかどうか確かめます。

すると後ろから声がしました。「サウナダイスキのトートバッグを持ってくださってる。ありがとうございます」と。杏さんだーーー!もう止まりません。「サウナのサチコと申します」と、赤い顔をさらに赤くしてご挨拶しました。

杏さんは正座までして「わーお会いできて嬉しいです」と言ってくださいました。こんな畑帰りの田舎者に、サンダルをケアケアクリップなんかで留めている粘土女に(ごめん一郎さん)。もうその後のことはよく覚えていません。

帰りは代官山ではなく渋谷駅に着きました。なぜ。電車の中でも一緒に撮っていただいた写真を見て、ずっとニヤニヤしていました。私は本当に運がいい。

それから数日後。今度はフィギュアイラストレーターのデハラユキノリさんの個展に行きました。

デハラさんに影響されて粘土を作っていると言っても過言ではないほど、好きな人です。一時期は本気で嫌われたのではないかと思うほど、私を無視するデハラさんを追っかけ回しておりました。そこまですればさすがの世界のデハラも、埼玉県民サウナのサチコの名前と顔を覚えてくれます。

デハラさんの粘土はすぐに売れてしまうので、初日に行かねば。しかし当日、乗っていた電車が急に停まってしまったのです。ひとつ前の電車で事故があったとアナウンスが入り、運転再開は不明とのこと。電車は近くの駅までノロノロと進み、私はそこで降ろされました。

他の電車の乗り入れもない田舎駅。途方に暮れました。咄嗟に向かいのホームに停まっていた反対方向の電車に飛び乗りました。大宮に出よう、大宮に出ればなんとかなる。埼玉県民が考えそうなことです。なんとか大宮駅に着いて改札を出たものの、今度は何か軽いものが落ちる音がして立ち止まりました。

はっとして自分の左耳に触れると思った通り、イヤリングがありません。少しでもイケてる女だと思われたくて着けてきたパールのイヤリング。どうして私はピアスにしなかったのか。若い頃、耳に穴を開けることをなぜ必要以上に怖がってしまったのか。混乱しているのでどうでもいいことを考え始めます。

通ってきた道を行ったり来たりする私。次の電車に乗らないと個展のイベントに間に合わないのに。このままイヤリングを探し続けてイベントを諦めるか、高いパールを諦めて向かうか葛藤します。すると若者の足元に白く光るものが見えました。

あった!

私はイチャイチャしているカップルの間に割り込んでパールを拾い、右の耳についていたパールも即効外してバッグにしまいました。もうイヤリングなんていらねえ。とにかく走ります。同世代でダントツのスピードで走った自信があります。電車にも間に合いました。

窓に映った自分を見ると、美容室で綺麗にしてもらった髪が汗で乱れまくっています。頑張った化粧もおそらく落ちていたことでしょう。でも無事ギャラリーに着き、デハラさんに「サチコ」と呼ばれたらもう上機嫌。ここまでの私しか知らない勝手な苦労はすっかり忘れました。

準備してきたノートを差し出しサインをねだると、デハラさんは「サチコのコはKなのかCなのか」と私に尋ねます。「Kです」と答えながら、デハラさんの手元を見つめる私。あっという間に出来上がっていく絵。あぁ本当に好きな絵だ。来て良かったと心から思いました。イベントでは白ブリーフのデハラさんを見ることができました。私はなんて運がいい。

私が行動する時、なぜかいつも邪魔が入ります。それは自分自身が招いた失敗の時もあるし、起きるはずのないことが起きてしまうこともあります。そんな時私は「これは何か悪いことが起きる知らせだ。引き返そう。諦めよう」と一度は思うのですが、結局最後までやり通してしまいます。

いつも心のどこかで信じているから。すごく運が悪いと思う日でも、今日の中で必ず運気が上がってくる時間があると。だからもう少し、もう少しだけ動いてみよう。そうして良いことが起きるまで動き続けると、結果、私は運が良かったということになるのです。

この諦めの悪い性分のおかげで、取り返しのつかない失敗をこれまで何度も繰り返してきました。でもその一方で、出会うはずのない方達とも出会ってきました。

自分が作り出すアップダウンに翻弄される人生ですが、深くしゃがんで鬱まで患ってきた分だけ、10回に1回くらいは大きくジャンプしていると思うんです。

私は運がいいから。

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