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大西一郎『ある視点』

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横浜市鶴見区・ファンタジーサウナ&スパおふろの国のリラクゼーションコーナー「ケアケア」店長を務める大西一郎がカウンターの中から繰り広げる視座の世界。 大西一郎 Twitter …
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#エッセイ

湯灌【大西一郎『ある視点』第35回】

「しんどい」と「いたい」と「しにたい」が混ざったような言葉。最期の朝、父は一呼吸ごとに、「いいあい」「いいあい」とつぶやき続けた。 「何?しんどい?」「痛い?」と私が訊くたびに、曖昧にうなずいた。病院から電話を受け、母がとりあえず私を一番に病院に放り込んだので、病室にはしばらく私と父、二人きりだった。もはやぺらぺらと思い出話ができる段階ではなかったので、父の「いいあい」という言葉にうん、うん、と頷いた。もっと手を握りしめながら、優しい言葉をかけ続けたりしても良かったかもしれ

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父、死にそう。【大西一郎『ある視点』第33回】

私は今忙しい。宿題が山積みだ。だけど何もしていない。やる気が起こらない。こんなにゆったりのんびりして、あれは明日やろう、あれはあさってにしよう、来週にしよう、月末にしよう、と永遠に後回しにしている。 後で困ることはわかっている。どんどん自分を追い詰めている。これはまさに、夏休みの宿題だ。私はもちろん、毎年毎年、8月31日に泣きながら宿題をしていた類の子供だった。かと言って、夏休みに何の後悔もないほど、思いっきり遊んだわけでもなく、毎日を無意味に、無気力に過ごした。 今、私

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ワナバス【大西一郎『ある視点』第31回】

「もしも明日世界が終わるとしても、私は今日もおふろに入るの。」という歌詞の曲を書いた。 書いたのは二年ぐらい前だ。コロナ禍の真っ只中だったか、少し落ち着いた頃だったか、私は夜な夜な暇を持て余して、この歌の、作りかけのメロディーと伴奏をいちいち携帯に落として自分で聴きながら、鶴見川の土手を散歩していた覚えがあるので、時間短縮営業期間中か何かだったのだろう。ある日おふろの国の林店長から、「OFR48の曲作ってくれないかなあ、こんな時代だけどがんばろう的な。」と言われ、とても張り

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価値【大西一郎『ある視点』第29回】

「女優の価値は、見ていたいか、見ていたくないか。」昔、よく通ってくれた劇団員のお客さんから聞いた言葉に、ひどく納得したおぼえがある。それは、演劇の世界の通説なのか、それともその人の個人的な考えだったのかはよくわからないけど、本当にその通りだと思った。 「映画とかドラマとかを見ていて、演技が上手い、下手っていうのが、いまいちよくわからない。」というようなことを私が言ったのだと思う。それに対する返事だった。「あー!」とか言って叫んだ気がする。 それは例えばこういうことかと、具

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知らない言葉 【大西一郎『ある視点』第28回】

私は毎月、第一日曜日の午後9時から、おふろの国のリラクゼーションコーナー「ケアケア」の前で、30分程の歌謡ショーを行っている。自分の持ち歌を歌うことも、他人の歌を歌うこともある。喋ってばかりであまり歌わない時もある。それはその日の気分次第だ。 この日はこの歌を歌う、ということに対して、いつもなにか理由を作る。それはこじつけだったり、つまらないダジャレだったりする。何か抽選会が行われている時には、「皆さんに良い景品が当たるように、わたし祈ってます。」とか言って、「わたし祈って

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【大西一郎 ある視点】第26回「冬来たる」

寒い。私はとても寒がりだ。だいたい私は10月にはダウンを引っ張り出して雪だるまのような姿で出かけて、「これからどうやって生きて行けばいいんだろう……。」と言う。これ以上温かい衣服なんて持ってないのだ。11月、12月、1月、2月……。ただでさえ狭い私の行動範囲はさらにせばまる。外にいると、家に帰りたくて仕方がなくなる。そしてこたつから出なくなる。 だいたい横浜って寒いと思うのだ。真夏でも、毎日ユニクロのUVカットパーカーを着て、昼間は紫外線を防いでいますみたいな顔をして出かけ

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【大西一郎 ある視点】第24回「くりりん」

「手に職を付けたい。」と言って、OFR48くりりんこと栗原がケアケアにやって来たのは4年前。おふろの国からの紹介だった。 そのもっと前、私がおふろの国に来るよりも、おふろの国にケアケアができるよりも前に、おふろの国の清掃スタッフとして働いていたくりりんは、おふろの国の中の多くの人達と顔なじみで、「くりちゃん」と親しまれていた。 私がくりりんに初めて会ったときの印象は、今、OFR48として歌って踊るはつらつとした印象とはちょっと違っていた。「こういう子が居るんだけど。」と呼

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