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009|観る

2021年2月27日(土)犀の角
晴れの日が多い上田の街。でもこの日は曇り空が広がり、2月らしい寒さに身を震わせた。ひんやりとした空気の中『貴婦人と泥棒』の幕が上がる。

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満員御礼。前日の時点で予約分のチケットが完売という幸先の良さ。消毒を終えた座席に挟み込みと呼ばれるチラシのセットを配置する。気がつけば開場10分前。役者陣、そしてスタッフ一同、距離を取りながら円陣を組む。ミネさんの「いくぞー!」という掛け声に「おー!」と気合いが重なる。外に出てみると開場を今か今かと心待ちにしている人々がずらり。老若男女、という言葉がぴったりな客層だと思った。小劇場は初めてだという知人から演劇部の学生さんらしき若者まで。皆、この『貴婦人と泥棒』を楽しみに来た人々なのだと思ったら途端に胸が躍った。午後2時。初日の幕が上がる。

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(撮影:伊東昌恒さん)

第一幕が終わる。場内が明るくなり、15分間の休憩に入る。配られたチラシを確認する人。アンケートを記入する人。舞台の美術を興味深く見る人。思い思いの時間を過ごしていた。だんだんと照明が落ち、第二幕が始まる。二幕は一幕より少しだけ短い。終わりを迎えた物語。少しだけ明るくなった舞台に役者陣がずらりと並ぶ。惜しみない拍手。役者陣が舞台袖に捌け、場内が明るくなる。すぐに会場を後にする人は少なく、ほとんどの人がアンケートに筆を走らせていた。会場から人がいなくなり「お疲れ様でしたー!」の声が飛び交う。控室を覗くと初日初回を終えた役者陣。「腹の減り方が尋常じゃない!」とケータリングをもぐもぐ頬張るミネさん。当たり前だけど、演じるということは相当なエネルギーを使っているのだと痛感する。日が暮れ、夜の回の幕が上がる。開場10分前、今度は寺さんの「貴婦人と!」という掛け声に「泥棒!」と応じる。この回は前のめりに、食い入るように観ている人が多い印象だった。終演後、知人が「おもしろかった!」と声をかけてくれた。話を聞いてみると「今の人の物語だと思った。世代が幅広かったり、設定がおもしろしい。映画にしたらおもしろそう」と感想を共有してくれた。

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2021年2月28日(日)犀の角
『貴婦人と泥棒』2日目。3回目の公演直前、トウコさんから役者陣に「3回目っていうのは一番“自分“がやりたいことをやりたくなる。丁寧に今まで作ってきたものを信じてお客さんに観てもらおう」と声がかけられる。そして茶色さんからの指名を受けた舞沢さんが「丁寧にいきますよ。いくぞ!」と発し、「おー!」と気持ちの良い声が場内に広がった。前日とは打って変わり、日差しが暖かい。この回もまた知人が観に来ていたので終演後、感想を聞いてみた。「演劇って初めて観たんですけど、おもしろいですね。自分の見たいところに視線を合わせられる」と語っていた。そのことを茶色さんに話すと「今回、初めて演劇観ましたって人多い気がする」と返ってきた。ふと夜ノ帳社さんが脳裏をよぎる。稽古場レポート「005|流れる」の中では書ききれなかったが、インタビューの中で、リサーチ担当の藤澤さんが「(チラシについて)長野の演劇にはないデザイン」と話していた。そのデザインが演劇に馴染みがなかった人を犀の角へと導いたのではないだろうか。そんなことをぼんやりと考えているとあっという間に最後の公演まで1時間を切っていた。

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開場10分前。「この役を演じられるのは最後。楽しく(役を)生きましょう。いくぞー!」と、トウコさんの掛け声と共に最後の幕が上がる。この回は特によく笑い声が聞こえた気がした。それまで私は上手が良く見える位置で観ていたが、千秋楽は下手がよく見える位置にいた。笑い声がよく聞こえたのは、お客さんの違いもあるだろうし、観てる位置の違いによるものかもしれない。本当のところはわからない。でも、この回は千秋楽ということもあってか、よりあたたかな雰囲気を感じた。そして物語も、公演も終わりを迎える。惜しみない拍手の中、退場する役者陣。場内に明かりが灯る。すぐに席を立つ人は少なく、アンケートに思いの丈を綴っていた。言葉を探す表情。ペンの音。平時であれば、お見送りをする役者陣に直接伝えられたであろう想いを紙に託す。ひとり、またひとりと書き終えた人々が会場を後にする。最後のひとりが外に出て『貴婦人と泥棒』全ての幕が下りた。

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(撮影:伊東昌恒さん)

この2日間、時折、鞄からピンク色の封筒を覗かせてる人、あるいは手に持ってる人をしばしば見かけた。『貴婦人と泥棒』のお手紙企画で役者あるいは演出・制作部から手紙を受け取った人だろう。その光景がたまらなく愛おしく、そして同時に旅の終わりを感じた。この稽古場レポートも、いよいよ残すところあと1回。どうか最後までお付き合いください。

本日の一言
「みなさんにこの物語を託して、本当に良かったです」by 岸さん

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