Bonus Track.『Friends&Me』/オオヤケアキヒロ

“久しぶり、本当に久しぶりだな。いつ帰ってきたんだよ?

積もる話もあるけどまずは一杯やろうぜ。

みんなお前に会いたがってたよ、今何してるのかずっと気にしてるよ。

たまにはグループに一言入れてやれよ。


・・・こうやってグラスが鳴るとさ、静かに何か始まったような気がするよな。俺だけ?

それで今お前、仕事何してるの?

・・・へぇ、いいじゃんいいじゃん、頑張ってるじゃん。

ああ、俺?俺は大したことしてないよ。

そういや、まだギター弾いてるの?最近何聴いてる?

そういやあのバンドも解散しちゃったよなぁ。

俺?うん、未だにパンク好きだよ。でも最近はヒップホップばっかりだな。

最近はC.O.S.Aと、ニプシー・ハッスルむっちゃ聴いてるわ。

あと、最近また不可思議のPelliculeばっか流してるかも。

そう、今聴いてるやつね。


こっち帰ってきてからさ、普段は誰と遊んでんの?

へー、あいつか、あいつ今何してんの?あ、そうなんだ、結構タフなことしてるんね。

仕事はどうしてる?ああ、あいつの仕事手伝ってるんだ。

え、あいつもう自分で店持ってるの?すげえな。

また今度遊びに行こうか。

俺はそうだな、あいつと半年に一回くらい飲んだり、あいつとたまに飯行ったりするよ。

そうそう、あいつ結婚してもう子供できたんだよ。

凄えよなあ、立派だよな。

俺なんてフラフラしていまだに碌でもない仕事してるから、たまに顔上げれないよ。

・・・そう思うとさ、俺らの代って本当に色々いるよな。

死んだ奴もいるしな”


こうやって俺達は待っている。

こう言う夜を、何時迄も待っている。

こんな穏やかな夜ばかりでもないし、次第に集まりも悪くなる。

それでも、俺達は何となくまたみんなで集まる夜を待っている。

会って何時迄も昔話ばかりするのにうんざりする夜だってあるのに、だ。

顔を合わせれば、お互いの歩いた時間と得たものを持ち寄って、時々目を背けたくなるような昔を共有し合う、そんな夜だけは精一杯楽しもう。きっとそれは必要な事だから。

昔話をすると、若気の至りとか、馬鹿だった過去とか、そんなダサい話にだって向き合わなければいけないが、幾つかのショットグラスを流し込めばそんな苦さも酔いに溶ける。

夜は深まっていく。まだ今夜の良し悪しを決めるのは早いが、少なくとも俺は今、皮膚が夜風に溶け出してしまいそうなほど気持ちがいい。

少しだけ流れに乗っていこう。


昂り続ける気持ちを抑えるために、電子タバコを吸ったら酷く咽せた。

堰を切ったように、夜は滑り出す。


“あ、ごめんごめん、大丈夫。なんかこれ吸うと偶に咽せるんだわ。

吹かし?止めてくれよぉ、違うよ、いい歳こいてさ、ハハハ!

体調?調子はいいけど、いくつか悪い所はあるよ。

もう俺も三十路だし、色々ツケが来始めてるかな。

・・・え?悪いこと?ああ、まあちょっとくらいはね。周りに好きなやつ多かったし。

お前は?

・・・あー、なるほどね、結構行ってたんだ。

あれって不思議だよなあ、綺麗に付き合えて生き延びてる奴も結構いるし、ヨレちゃう奴もいるし。

俺多分ダメだから、自分からは行ってないわ。

そう言うところもやっぱハンパもんなんだよ。


そう?俺ら昔すげえバチバチだったんだっけ?

別にそんなのいいじゃん、今こうして飲んでんだしさ。

まあ、悪い遊びも人間関係も、何事も経験だよね。別に気にしなくていいと思う。

またヤバい線踏みそうだったら俺は止めるけどね、一応ね。

まあ✖️✖️くらいはいいんじゃない?もし回ってきたら俺にも教えてよ、なんてね。



それにしても、他のみんな何してるのかねえ?

ツレ同士の誘いに返事しないのってちょっとダメだよなあ。

まあ、みんな今ちょっと疲れてるんだろうけどね。

俺が知ってるのは、あいつは結婚したし、あいつは実家の仕事手伝ってるし、普段遊ぶのはそれくらいかな。そっちは?

そうそう、あいつ今自分で店やってるんだよね。それはなんか聞いたわ。

え、あいつもなの?そっか、今度行かなきゃな。あの頃アイツのこと好きだったわ。

俺らだったら安くしてくれるとかさあ、嬉しいけどなんか申し訳ないよな。

そういや、最近あそこ行ったらアイツ働いてたわ。

全然話してくれたよ、まあ、うん、嫌そうだったけどね。

今度行って、あの時のこと謝ってみようか。それでチャラになんてならないんだろうけど。

気まずい関係ばっかり増えるよなあ。

ああ、アイツ結婚したんだ。仲良かったけどねえ、なんか20歳くらいから色々あってね。それから会ってないわ。

また会えたらいいなあと思うけど、どのツラ下げて今更会えばいいのかわかんないや。

なんかでも、幸せそうなら安心したわ。


そう言えばさあ、お前結婚とかしないの?

そっか、特に願望ないのか。誰かいい子いるの?そっか、それも今はまだか。

まあそんなのタイミングだからいいじゃん。

・・・確かに確かに。まだもうちょっと遊んでたいよなー。むっちゃ分かるわ、子供出来たらこんな飲み方出来ないし。

結婚したり身を固めた奴ら、勿体無いなあって思うよな、確かに。

でも俺も何となくどこかで気づいてるんだよね、幸せってただハイになるだけじゃなくて、めんどくさい事をいくつもいくつも重ねてその先にあるちょっとした安心感というか、報われた感じというか、そういう・・・口ではうまく言えねえわ。

うん、粗相だね。

すみませーん、イエーガー二つ!


俺?結婚?したいよ。

ただ、今の生活じゃちょっと無理かな。

付いて来てくれる奴を幸せにできないんならしちゃダメだと思うからね、今ちょっと自信ないわ。

っていうか、正直前好きだった子まだむっちゃ引きずってるし。


え、風俗?俺は良いよォ、何か好きじゃないんだわ”




そうやって俺達は何時迄も待っていた。

分かれた道が交わるのを再び待っていた。

そんなことはもうあり得ないと分かっているのに。

いや、元々交わることなんてないのかもしれないな。

ただ出来るのは、こんな風にたまに歩み寄る事だけなのかも知れない。

たまたまタイムカードが並んでいるから。

たまたま趣味が近かったから。

たまたま一目惚れしたから。

たまたま教室が近かったから。

そんなことで始まる事ばかりだから、終わりもまた味気ないのかもしれない。

それでも何だか、並んだ線がどんどん離れていくような気がしてならず、それに覚える寂しさも捨てきれない。

なぜだかはずっとわからなかったが、それは俺のダサさを裏付けるように思えるからだと気付いたんだ。

誰にでもある事なのに、そしてどうしようもなく付き合っていかなければいけない問題なのに。

それが許せなくて俺は酒を拒んで人を遠ざけるようになった。

こうやって誰かと飲むのって、そう言う認めたくないものを打ち明けて、耳を傾ける作業なんだ。

最近また人と飲むようになって、そんなことに気が付いた。


外の空気が吸いたくなって外に出た。

酒の席で見上げる夜空はいつだって美しい。

クソみたいな低所得の夜勤で、精神疾患と夢に変換した偏執狂しか持っていない俺にも、手帳や前科のある奴らにも、今頃家族と一緒に家のベッドで明日に備えるアイツ、今頃別の男に抱かれている元カノ、たまの夜に誰かと男と女に戻るシングルのママにも。

こうやって会えたら、肩書きに付いてくる達成感や後ろめたさの裏にあるそれぞれのストーリーを分かち合える。

別にそんなもの捨てちまえ、なんて言わないよ、人それぞれの事情があるのはわかってる。

言いたいことは言えばいいし、言いたいことは言わなくていい。

せめぎ合いの中で素直に自分を曝け出そうとする、俺はそれが見たいんだよ。

そんな俺とお前に戻れる夜だけを、一人と一人に戻れる夜を、俺はずっと待っている。

もう聞けない物語にも、少し想いを馳せながら。



空は菫色になっている。

そろそろ、綺麗な締めくくりをしなければいけない。

聞いてばかりも失礼だ、少し俺の話を聞いてくれよ。

俺は今、自分で言った通りクソみたいな人生だ。

勝手に自分の作った敵や壁にブチ当たって俯いている。

誰かを遠ざけて、誰かが離れていく。そんなことの繰り返しさ。

それでも俺は小説を書いてる。

俺にとって意味のある思い出や感覚、日々浮かんでは消える言葉を紡いで物語にしてる。

それは俺の自己満じゃない、それは自戒で、そして自負だ。

そりゃ金は腐るほどあっても足りないし、割りに合わないギャンブルかも知れない。

でもここからは稼ぎ方と、何をして生きているかは重要性がトントンなんだ。

アートだとか綺麗事は生活に不要不急だなんて寝言は今更俺には届かない。

俺とお前らとの間に流れる気持ちと、その間に流れるそいつらが必要ないだって?

そんな訳があるか!

人それぞれとか、多様性とか、只でさえ得体の知れない俺たちをさらに隔てるそんなクソみたいな言葉も俺には要らない!

今更傷付く事なんて恐れちゃぁいないぜ、俺なんて大した存在じゃない。

だけども、それでも、俺が紙に認める物語と言の葉は、そんなに安い代物じゃないはずだ。

俺は誰かを暴きたい訳じゃない。ただ、お前らが紙に書かれた俺の言葉に耳を貸してくれた時、縦に頷くか、ブチ上がるが、何か感じることがあるか、それだけが大事なんだ。

そして、今俺はそんな物語を書く事だけに必死で、そんな事だけで精一杯なんだ。

何度も言うけど、そりゃバカ売れもしたいさ。

実際にできるかどうかは別として、小説で好きな服を買って、アメ車に乗りたい。

でも、一番大事なのは、こうやって集まった時に気持ちよく飲めるだけの金と土産話を欠かさない事なんだ。

それが一番かっこいいじゃん。

だって、俺が書いてることは俺から生まれたもの、それはお前らと一緒にいたことから生まれたものなんだからさ。

自分のダサさに耐え切れない日だってあるけど、そんな時でも顔を上げてくれ。

誰もお前の事を笑ってないんだから。

お前が俺の事を笑ってないようにな。

さあ、もうすぐ朝になる。最後まで飲もうぜ。

そして歩いて帰ろう。

またこんな素敵な夜が来ることを祈って。





翌朝、起きたら思ったより二日酔いは酷くなかったが、空きっ腹にハードリカーをしこたま入れたせいか胃だけが痺れていた。

最後に何かのロックを飲んだ時、記憶がブツンと音を立てて切れたのだけは覚えている。

倦怠感は体に染み込んでいたが、それでも胸の内には何の澱もなかった。

いい朝だった。

とりあえずビタミン剤を口に放り込み、水道水を二杯飲んだ。

熱い味噌汁が欲しくなったから薬缶を火にかけ、沸騰を待ちながらタブレットの前に座った。昨日を思い出しながら、書きかけの文章を眺めていた。

不可思議の“Pellicule”がまた聴きたくなったが、次第にC.O.S.Aの曲が聴きたくなった。

少しだけ、何かを削り出すようにキーボードが打たれる。

これの繰り返しだ。

まだまだ生活には問題と書きたい事が山積みだ。

俺は穏やかな日曜日の日差しを感じながら、夜9時また制服に着替えるまではキーボードの前で腕を組む。


アイツは今二日酔いに苦しんでいるのだろうか。

アイツは今頃奥さんと子供と穏やかに過ごしているのだろうか。

アイツは今日も親父さんを手伝っているのだろうか。

アイツの心の霧はもう少しは晴れたのだろうか。

アイツは今の彼氏と仲良くやっているのだろうか。

みんな、笑っているだろうか?

誰も泣いていないか?

間に合わなくなるまでに、俺の言葉を届けないとな。


もう戻らないと決めたかもしれないが、俺は扉を閉めてなんていない。

誰にでも開いている訳ではないが、挨拶くらいは拒まない。

会いたくなったら土産話でも胸の内でも持ってきたらいい。

ちょっといい酒かコーヒーと、小噺くらいは用意してある。




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