雷の恐怖を克服する ~研究⑩~ 克服とピーマン
はじめに
雷の恐怖を克服する、という目標を掲げて毎日YouTubeで雷動画を視聴しています。
そのなかで「どうなれば克服したことになるのか」というのがずっと抱えていた大きな課題です。実際に雷と対峙しても恐怖を感じなくなった、というのは理想ですが、本当にそんな状態になれるのでしょうか。
少し整理するために、恐怖を克服するパターンを書いてみました。
子供の頃にピーマンが嫌いだった時の事を思い出しながらコメントしていきます。
雷の恐怖を断ち切る
雷=怖い、という感情を断ち切ってしてしまうイメージ図です。
たしかに、雷と対峙しても恐怖を感じなくなった、という理想にはこの図式が完全一致しています。しかも、シンプルで非常にわかりやすい。
ですが、本当にこんな風になれるでしょうか。
だって十数年以上も怖がっていたものが、ある日を境に全く怖く無くなるなんて、催眠術にでもかかっているようなものじゃないですか。
例えば「大人になると味覚が変わる」と言われますが、子供の頃はピーマンの苦みが苦手だったという人は結構いるんじゃないでしょうか。もちろん生食はちょっと厳しいですが、今となってはサッと炒めただけでもおいしいです(なお、これは私の個人的な好みの変化であり、他の方もそうであって然りと言うものではありません)
それはピーマンに苦みが無くなったわけではなく、苦いけれど私がそれを美味しく感じるようになったのです。ピーマン=苦いという図式は変わらず、ビーマン=美味しいが加わったのです。
これは、ピーマン=苦いを断ち切ってはいません。
雷を「大丈夫」と紐づける
この図式では、雷=怖いというのはそのままで、雷=大丈夫という式が新たに追加されています。
先程のピーマンの件でも書きましたが、ピーマン=苦いとピーマン=美味しいが同時に成立している状態と同じです。
雷=大丈夫というのが加わる事によって、雷=怖いと綱引き状態になり、そして雷=大丈夫に軍配が上がると「怖いけどまぁ大丈夫だろう」という感じになるのではないかと思います。
雷と対峙しても恐怖を感じなくなった、という理想には一致していませんが、克服するという過程における説明としてはしっくりきます。
私がピーマンを、大人になるにつれて美味しいと感じるようになったのと同じように、克服のトレーニングによって雷=大丈夫という図式が追加されれば良いのです。
ただ問題としては、ピーマンは私の成長過程において苦手ではなくなったのに対して、今から雷=大丈夫を追加するのは結構難儀するでしょう。
でも、そのために毎日YouTubeで雷動画を視聴しているのだと考えれば少し納得はできそうです。
おわりに
今回は、雷の恐怖を克服するパターンを2つ挙げて考えてみました。そして、雷の恐怖を断ち切る、よりも、雷を「大丈夫」と紐づける、というのが現実的な方法だと感じられました。
なお、雷よりもピーマンの話が多くなってすみません。
また、苦手なものの例えばなしとしてピーマンを引き合いに出しましたが、ピーマンが苦手な方にはすみません。この記事はピーマンを勧めるものでも、否定するものでもありません。あくまで例えばなしです。
とにかく、雷=大丈夫が強固な結びつきになるように、毎日の視聴を頑張ろうと思います。
最後まで読んでくださいましてありがとうございます。
また別のnoteでお会いしましょう。
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