032 「PDCAの本質」誰でも無自覚のうちにPDCAを回している
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032 「PDCAの本質」誰でも無自覚のうちにPDCAを回している

たいわや

何人かの中小企業経営者から「PDCAなんていらない」と言われたことがある。

「PDCAなんていらない」とする理由
・当社は走りながら考えるが社風、PDCAなんて悠長なことはしない 
・「まずプランを~」なんて言っている時点で終わっている
・そもそもPDCAは大企業のやり方、中小企業はDDDDだ。

まあ、それなりに納得しそうな理由だよね。

でも、これって正しい考え方なのだろうか。

本当にそうだとしたら、なぜみんな「PDCA!」「PCDA!」って言うのだろう。

それはPDCAが実際に機能するからじゃないかな。

今回はPDCAについて、根本的なところを書いてみた。

誰だって事前にPlanを立てている。

いきなり横道に逸れるような問いを出すけど、もし、あなたが「今年は彼女を作るぞ」と決意したとして、まず何をする?

「う~ん、まず合コンかな」

「俺はとりあえず食事にさそうなあ」

「僕なら友達に紹介してもらって…」

まあ、いろいろあるよね。

実はこれが「Plan」である。

会社で「Plan」なんて言ったら、すごく仰々しいものを考えるだろうけど、そんな大層なものは必要はない。

「よしやるぞ!」と思えるようなストーリーが見えれば、それがPlanである。

「よしやるぞ!」と思ったら勝手に体が動く

さて、上記の「彼女つくるぞ計画」。

合コンに参加する、思い切って食事に誘う、友達に聞いてみる…。

本人が「これならいけるぞ!」と信じているなら、十中八九、実行するだろう。

これが「Do」である。

「おいおい、ちょっと待てよ、仕事の話と自分のやりたい話を混在するなよ」。

そんな声が聞こえてきた気がする。

でも、ここにヒントがあるんだよね。

実は人間、行動するかしないかは「自分事であるかどうか次第」なんだよね。

時には、藻掻いたり、足掻いたりすることもあるだろうけど、それも含めて「自分事」であれば試行錯誤する。

それは仕事だろうと私生活だろうと同じである。

うまく行かなかったら、誰でも理由を考える

さて「彼女を作るぞ計画」。

色々と行動に移してみたけど、うまく行かなかったらどうする?

たとえば合コンがうまく行かなかったら、どうなるか考えてもらいたい。

「ちょっと望みが高すぎたかな・・・」

「場所の設定をミスったかな・・・」

「あそこでまの話をしたのはまずかったかなあ・・・」

まあ、こんな感じの反省なのか、後悔なのかをすると思う。

これがCheckである。

意識、無意識はさておいて、自分事で行った行為は、終わった後、足りなかった部分を振り返る。

自分事のPlan→Doなら、勝手にCheckするってことだ。

その際、チェックリストなんていらない。

Checkは一種のアイデア出しみたいなもので、本来楽しい行為。

だから放っておいても一人勝手に始めるし、さらに対話できる仲間がいればもっと楽しく行うことができる。

自発的な行動の場合、チェックをしたら必ずその場でアクトもしている

実は自分事のPlanなら、Do・Checkだけでなく、Actも自然に行われる。

例えば、さっきのチェックの例からこうなる。

「ちょっと望みが高すぎたかな・・・」⇒「次回の合コンは〇〇会社のOLとやろう」

「場所の設定をミスったかな・・・」⇒「個室のある居酒屋にしよう」

「あそこでまの話をしたのはまずかったかなあ・・・」⇒「〇〇の話題には触れないようにしよう」

みんな似たようなことをしたんじゃない?

たまに「PDCAでActがいちばん難しい」と言う人がいるけど、そんなことはない。

自分事でさえあれば、自然とできるものである。

PDCAには対話相手が必要

ここまで「自分事でさえあればPDCAは勝手に回る」という話をしてきた。

それは「彼女を作るぞ計画」よりも、もっと身近な話でも当てはまる。

たとえば主婦の買い物。

Plan「今日は無駄遣いできないわ、晩ご飯のおかずは安くしないと」

Do「今日は一番安いこのハンバーグでいいわ」

Check「何このハンバーグ、まずいわ」

Act「次から下から2番目のハンバーグにしましょ」

この程度の試行錯誤なら毎日なにかやっているんじゃないかな。

でも、その際、2つ大きな留意点がある。

さっきもちょこっと書いたけど、まず「対話相手がいるかどうか」が重要な要素だ。

上記の奥さんになったつもりで考えてもらいたい。

もしダンナが単身赴任で不在、子供もいなかったらどうだろう。

一回はPDCAを回すかも知れないけど、試行錯誤と言えるほど何回も回さないんじゃないかな。

そうなんだよね。

けっきょくPDCAは対話相手次第。

進展の状況や成果を聞いてくれる人がいるから、PDCAにずっと取り組めるんだよね。

PDCAには欲求が必要

PDCAには対話相手が必要。

でも、それだけじゃまだ弱い。

というか根本的なことが抜けている。

それは「欲求」だ。

これがないとPDCAは最初の一回転から頓挫する。

例えば冒頭の彼が、なぜ「彼女つくるぞ計画」を持ったのか考えてもらいたい。

露骨な話になるけど、まあ「男の欲求として彼女が欲しかった」からだろうね。

いたって当たり前に聞こえるかも知れない。

でも、そうだろうか。

世の中には、その「当たり前」に当てはまらない男(女)だってたくさんいるよね。

たとえばLGBTQな人。

そういう人にこの計画を押し付けたってうまく行かないのは見えている。

このことはよくよく考えてもらいたい。

多くの会社のPDCAってどうだろう。

あたかもLGBTQの人に「彼女つくるぞ計画」を押し付けるようなことをしてはいないか?

もしそうだとしたら、うまく行かなくて当然だよね。

「いや、社命なんだから四の五の言わずにやれ!」。

なんて言っても無理なものは無理。

人間、ロボットみたいにスイッチを入れれば動くわけじゃない。

嫌嫌やったところで結果は見えているよね。

そのことをしっかり認識しない限り、多くのPDCAは形骸化したままだ。


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たいわや
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