がーる みーつ あいす#2

「お客さん、お客さん!」

徐々に大きくなる声に、ぼんやりとした頭がかろうじて反応した。ゆっくりと、瞼を開くとタクシーの運転手がバックミラー越しに呼びかけていた。

「お客さん、そろそろ目的地ですよ」
「ああ」

周りを見回すと家の近くにある大通りまで走ってきたらしい。左手首につけた腕時計は5時40分を示していたが、どんよりと重い雲のせいで朝という感じはなかった。よく見るとちらちらと雪が舞っている。

「このまままっすぐ入って左側にコンビニあると思うんで、そこで降ろしてもらって良いっすか」
「すぐそこのところですかね。かしこまりました」

30分くらいは眠っていたのだろうか。朝まで過ごした客の女からもらったお金で支払いを済ませ、大きなあくびと共にタクシーを降りる。コンビニの脇にある灰皿まで歩きながら眠気覚ましのタバコに火をつける。

ふと灰皿の方に目をやると、白い着物の少女が膝を抱えてしゃがみこんでいた。少女に近づくと手に小さな袋を持っていて、その中から何かを取り出して口に運んでいた。黒くて長い髪に小さな顔。睫毛は長く、少したれた大きな目が印象的だった。

仕事柄いろんな女を目にしているが、少なくとも思い出せる範囲内でもトップクラスの可愛さだった。その可憐な姿に目を奪われていると少女と目があった。少し首をかしげてこっちを見ている。

「あ、えーと何食べてるのかな?」
「氷。食べる?」

少女は手に持っている袋から氷を一つ取り出し、こちらへ差し出した。少女からチラッと目線を外して空を見上げる。雪が舞っていた。タクシーの中で確認した時よりも心なしか雪の粒が大きくなっている気もした。

「えっと……寒くない?今日なんて雪降ってるよ?」

少女は首を横に振り、差し出した氷を自分の口へと運ぶ。

「寒いの好きなの。……変かな?」

目線の高さの違いから少女は上目遣いでこちらを見ることになった。それは少女の容姿と合わさって、可憐さがより増すこととなった。口角が緩みそうになるのを抑えて、少女が持つ袋に手を入れる。そして取り出した氷を勢いよく自分の口へと運んだ。

「つめたっ!……君は雪国育ちなのかな?前世はロシア人?」

少女は首をかしげた。タバコを灰皿に押し付けて煙を空に吐き出す。そして膝を曲げて少女と目線の高さを合わせた。

「君、めっちゃ可愛いね。でも、こんな時間に一人とか危ないよ。……家まで送ろうか?」

少女はゆっくりと視線を下に向けた。

「家、ないの」
「え……家出してきた感じ?」

少女は小さく頷いた。

「行く場所ないの?」

再び小さく頷いたのを見て、立ち上がり少女に右手を差し出した。

「じゃぁさ、行くとこないなら俺んちおいでよ。一人で夜出歩いてたらなにかと物騒だよ?」

少女は少し考えた様子で、ゆっくりと立ち上がる。150cmほどだろうか。身長すらも愛おしいと思えてきた。

「迷惑じゃない?」

少女の言葉に心が歓喜する。脳内BGMはベートーヴェンの交響曲第9番である。大合唱が聴こえてくる。あくまで脳内で、だが。

「ぜんぜん!むしろ大歓迎的な!」

少女はホッとしたように微笑み頭を下げる。もう口角の筋肉は限界を迎え、にやけることを抑えられなかった。

「じゃあ、俺んち行こうか!……とりあえずコンビニで軽く飯でも買ってくるね。一緒に選ぶ?」

少女は首を横に振る。

「……中、暑いから。私は外で待ってる」
「そっか。じゃあちょっとだけ待っててね!」

駆け足でコンビニへと入っていく。ちらっと少女の方を見ると小さく手を振っていた。口角の筋肉は完全に死を迎えた。

この文章をお読みになられているということは、最後まで投稿内容に目を通してくださったのですね。ありがとうございます。これからも頑張って投稿します。今後とも、あなたの心のヒモ「ファジーネーブル」をどうぞよろしくお願いします。