がーる みーつ あいす#最終話

部屋のドアを開けて手探りで玄関の電気をつける。暖色系の明かりが2人を照らす。いつもは乱雑に脱ぎ捨てる靴を綺麗に揃えて先に部屋へと上がる。

「ちょっと散らかってるけど上がって、上がって」

そう言って少女の足元を見ると草履ということに気づいた。

「えっ、草履だったの!?足完全に冷えきってるでしょ?」

少女は美しい所作で草履を脱いで部屋へと上がる。そして微笑んで首を横に振った。

「平気。寒いのも冷たいのも好きだから」

少女はキョロキョロしながら廊下を進んでリビングへと入っていく。その様子を盗み見るようにして、コンビニで買った物を整理しながらコップや皿を取り出す。

「適当に座ってくれて良いからねー」

キッチンから声をかけると、少女は部屋の窓に近づき豪快に開けた。外から部屋に冷たい風と雪が入り込む。顎が外れる勢いで口を開き、そして数秒間思考が停止したのち、少女の元へと駆け寄り窓を閉める。

「何してんのー!?寒いよ、寒い!」

少女は落ち込んだ様な表情で上目遣いで見つめる。

「窓……開けちゃ駄目かな?……私、もう少し寒い方が良いんだけど……」

部屋の窓を勢い良く開ける。再び冷気が部屋に入り込む。少女は申し訳なさそうにこちらを見ている。

「良いの?」

寒さに震えているのを誤魔化す様に爽やかな笑顔を少女に向ける。

「女の子の要望には答えてあげなきゃ男として駄目だよね!」
「ありがとう」

ニッコリと嬉しそうに笑う少女。何度目だろうか、口角は再び死を迎え緩みきった笑顔を向ける。

「そうだ!アイスあげるって約束してたもんね。今持ってくるから待ってて」

歯をガタガタさせながら冷凍庫まで小走りし、ハーゲンダッツを一つ取り出し、スプーンを乗っけて少女の元へ小走りで向かう。

「はい、これがアイスだよ」

爽やかな笑顔を作り少女に差し出す。渡す手は寒さで震えている。両手で受け取る少女。

「ありがとう」

少女は蓋を開け、スプーンを入れて少し取り、ゆっくりと口に運ぶ。その様子を死にかけの口角をなんとか保ちながら目で追っていく。少女は口に入れて少し経つと満面の笑みを浮かべてこちらを見る。

「美味しい!」
「でしょ!?君の口に合って良かったよ」

渾身の表情と声色で少女に微笑んだのが、それに気づかずアイスを食べ進めていく。全て食べ終わり幸せそうな笑顔を向ける。

「美味しかったー。ごちそうさま」

あまりの可愛さに我慢できず、少女を抱きしめる。

「可愛すぎる!なんて可愛いんだ!」
「く、苦しいよ」

我に返って、少女から離れる。

「ご、ごめん。どーかしてた……ごめんね」

少女は笑顔で首を横に振る。

「ううん、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」

その反応にホッとしたのと同時に、やはり何度見ても可愛い姿ににやけが止まらなくなる。

「あ……そういや、君の名前きいてなかったよね。……名前、聞いても良いかな?」
「え……」
「あれ?聞いちゃまずかった……」

少女はゆっくりと顔を上げ、真顔になってこちらを見る。その初めて見る表情に思わず動揺する。少女はゆっくりと両手を伸ばし頬を覆う。そして顔を近づけキスをしてきた。そして数秒経ってから離れ、ニッコリと笑いかける。突然、体の芯から冷え込んでくるのを感じた。寒さに震えながら身体をこわばらせる。自分でも今どんな表情をしているのかわからなかった。恐怖、という感情が頭を侵食する。

「き、……君は……一体……」
「私に名前はないの」

少女は笑顔を崩さないまま、左手を伸ばして頬を撫でてきた。

「私は、……雪女なの」
「へっ?……ゆ、雪女?」

自分の身体を抱きしめる様にしながら腕をさすり、必死で体温をあげようと試みる。

「そう。雪女。……信じられないよね?」

少女は悲しそうな顔でこちらを見つめる。どんな表情でも可愛くて驚きを隠せない。もはや、雪女だからとか、そんなことはどうでもよくなってきた。

「信じる、信じる。てか唇めっちゃ冷たかったし、手も超冷たいし、氷食ってたもんね!」

体は完全に冷え切り、大きなくしゃみをする。

「ごめん、限界だ」

立ち上がり開けっ放しになっている窓を閉め、リモコンのスイッチで暖房を入れる。暖かい風が部屋に流れ込む。少女は慌てて立ち上がり、リモコンを奪い暖房を消す。

「ちょっと、寒くないと私駄目だから!」

リモコンを奪い返し再び暖房を入れ、少女の方に向き直る。

「このままだと俺死んじゃうから!てか、現段階で確実に風邪引いてるからね。鼻水やばいからね」

少女は再びリモコンを奪い暖房を消すと、リモコンを持った手に力を入れる。すると、リモコンが凍りついた。そして、少女は凍ったリモコンを床に落とすと、リモコンは砕け散った。

「なにしてんのー!?ちょっ、えぇー!!」

四つん這いになりながら砕けた破片をつなぎ合わせようとする。

「完全にこれ使えないじゃん!俺これから暖房入れる時どーすんの?てかリモコンだけで売ってるの?」

少女は髪の毛を指でくるくるといじりながらそっぽを向いている。

「いや、知らないし。厚着すればいいじゃん」
「えっ、てか君そんなキャラでした?」
「これが本当の私。さっきまでの全部演技だっつーの」
「嘘でしょ……」
「あんな女いるわけないでしょ?あーゆーピュアな女演じてるとあんたみたいなバカ男が面白いほど釣れるのよ。そんで生命力奪ってさようならってのが毎回のパターンなの」
「……騙してたのかよ!」
「むしろ騙される方がどーかしてるから。相当馬鹿だよ、あんた」
「はぁ?……てか、もうお前帰れし。お前のせいで風邪引いたし、俺高圧的な女嫌いなんだよ」
「いや、言われなくても帰るから。てか、あんたの命奪うから風邪とかの心配無駄だからね」
「え…俺殺されんの?」
「さっき言ったからね。生命力奪うって。じゃなきゃ私ここに何しに来たって感じだからね。雪女なめんなし」
「なにそれ?俺は寒い思いして風邪まで引いて殺されんの?いやいや、意味分からないから」
「キスしてやったろ。冥土の土産だよ。もう、良いから死んどけって」
「いやいや、無理でしょ。死なないから。とにかく帰れよお前」
「お前、本当に雪女なめんなよ」

少女、あらため雪女はこちらへゆっくりと近づいてくる。

「えっ、ちょっとまじで勘弁してよ!ごめんなさいごめんなさい!」

涙目になる。気づけば壁際まで追いつめられていた。雪女は両手で顔を覆う。恐怖で呼吸が荒くなってきた。

「じゃあね」

ギュッと目を閉じる。しかし、数秒経っても何も起こらない。恐る恐る目を開けると目の前で雪女が微笑んでいる。

「……殺さないんですか?」
「ここまで来るまでは殺す気満々だったけど……」
「……けど?」
「あれ、……アイスだっけ?めっちゃ美味しかった。だからアイスに免じて特別大サービス。助けてあげるよ」

その場に崩れる様に座り込んだ。雪女は窓を全開にする。部屋に冷たい風と一緒に雪が舞い込む。

「じゃあ、さようなら。…アイスに感謝しなよ」

突然吹雪のような風と雪が部屋に流れ雪女を包む。そして消える様に窓から姿を消すと吹雪はやんだ。しばらく雪女が消えていった窓を眺めていた。そして熱が高くなってきたのか床に仰向けで倒れる。

「せめて……やらせろよ……」

この文章をお読みになられているということは、最後まで投稿内容に目を通してくださったのですね。ありがとうございます。これからも頑張って投稿します。今後とも、あなたの心のヒモ「ファジーネーブル」をどうぞよろしくお願いします。