嘘がわかる少年
嘘だ。嘘をついている。
ある時から僕は、人が嘘をつく瞬間、それがわかるようになった。
今や、嘘探知のために警察の捜査に協力するほどだ。
瞬き、鼻や口元の動き、手先や足先にもそれは現れる。
人は嘘がつけない生き物なのだとつくづく思う。
いや、そうじゃないな。人は嘘つきだ。
嘘をつくことをやめない。ただそこには必ず綻びが生じるというだけ。
僕の周りは嘘つきばかりだった。
父も母も常に嘘をついていた。
瞬きを使って視線を逸らす、腕を軽くさする、文脈より大きく笑ってみせる、鼻をわずかにひくつかせる、声が揺れる。
もうたくさんだ。
反復される嘘の瞬間は、僕の脳に刷り込まれていった。
ーーあぁ、嘘だ。
すぐにそうわかる。
僕は誰かに対するとき、いつも相手の全身を見るようになった。
そこに嘘の綻びがないかどうか。
「どうしてそんなに観察するの?」
彼女にそう言われた時、ギョッとした。
「人のことを上から下まで舐めるみたい見て。失礼だわ」
頬を膨らませた彼女は、問いたださん、とばかりに僕を覗き込んだ。
まっすぐな、黒い瞳だった。黒く潤った瞳。
「傷つかないように、するために……」
僕は嘘をつかない。嘘をつくことは罪だから。
だけど、誰かにこんなに素直になれたことがあっただろうか。
自分の深い、胸の奥にあったはずの気持ちがするりと口から滑り出た。
嘘なんかつかなきゃ、僕は傷つかなかったのに。
父も、母も、僕を残して唐突に消えてしまった。
父と母は、罪人だった。
殺した男にはまだ1歳にも満たない男の子がいた。それが僕だ。
僕が20歳の誕生日を迎えた翌日、家はシーンと静まり返って、もう誰もいなかった。
生まれた時の話を聞くと、母は決まって笑いながら悲しそうな顔をする。
父はそんな母は遠くから心配そうに見ていて、不自然に大きく笑って僕の頭を撫でるのだ。
僕は何度も幼少期の話をせがむようになった。
何かが不安だった。僕だけが蚊帳の外であることが怖かった。
いつも嘘をつかせていたのは僕だった。
確かめるよりも、目の前にあるものを信じればよかったのに。
気づけば涙が流れていた。
自分でも驚くほど前触れもなく。
「ごめんね」
目の前の女の子がそう言って、急に僕を抱きしめた。
違うよ、謝るのは僕の方だ。
いつも人を疑って、試して確かめて。
愛してくれていることは、わかっていたはずなのに。
だから父も母も、こんな僕をおいて行ったんだ。
人を疑い、揚げ足をとってばかりの僕をもう誰も愛さない。
「会いにいこう、君の両親に」
彼女は僕の手を取り、言った。
ーー捕まえに、じゃなくて? 警官のくせに。
見上げた彼女は相変わらず黒い瞳で真っ直ぐこちらを見つめていた。
僕らの長い旅路は、ある日突然始まった。
『カフェで読む物語』は、毎週土曜日更新です。
よかったら他のお話も読んでみてね!
次週もお楽しみに☕️
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