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願うよりも、強く



やわやわのたこ焼きは、水のように喉をくだっていった。
腹が減っていたのだな、と気がつく。



初詣。
これも帰省のついでと実家の近くの神社をふらり訪れれば、鳥居の前の道路は例年通り歩行者天国となり、屋台が軒を連ねていた。
周りは家族連れかカップル、少なくとも友人と来ているようで、一人きりなのは自分だけらしかった。
いいのだ、34の男にもなれば、一人で参りたいこともあるというものだ。


息を切らして境内へと続く階段を登る。
今となっては、幼い頃とは違う心持ちでの参拝だ。
人混みの列に並び、ようやく辿り着いた賽銭箱の前でゆっくりニ礼ニ拍手、心の中で口早に唱える……

子供の頃には、”お願い事“をしていた。
今年はもっとサッカーが上手くなりますようにとか、テストで赤点を取りませんようにとか。
けれども、それは神様に祈っても意味のないことだと知った。
いや、信じる信じないの議論をしたいわけではない。
そうではないけれど、結局そういうことは自身の行動あってこそだと理解するようになったからだ。
何もせずに、何かが好転することなどありはしない。
無から有は生まれない。


鼻先が冷たく、鼻水が出る。
吹き付ける風で耳が冷やされて痛い。
背を丸めながら、考え歩く。

ーーじゃあ、神社にわざわざ参って、一体何をしているのかと言われれば……

賽銭箱の前に立った自分を思い出す。
手を合わせ、普段は猫背で曲がっている背筋を伸ばし、目をつぶる。

「神様、今年は、今年こそは、もっと仕事で結果を出せるように……」

顔を上げて、今一度、神殿の奥を見つめる。

「……どうぞ、見守っていてください」

ここは、子供の頃から通ってきた馴染みの神社なのだ。
ここにくると、またさらに実家に帰ったかのような不思議な心地になる。

ーー強いていうならば、"約束“……

新しい時の始まりに、馴染みの神様と新しい約束をかわす。ただそれだけだ。
だけど、心のうちで思っているだけよりもいくぶん真実味が増すのだから、自分にとっては少しばかり大事なことなのだ。



屋台で買った1パック6個入りのたこ焼きを頬張りながら歩いて帰る。
特段うまくはないが、生地は柔らかく溶けていき、まるで飲み物のようにするりと喉の奥へ消えていく。
寒空の下、腹の中に温かさが広がっていた。



『カフェで読む物語』は、毎週土曜日更新です。
よかったら他のお話も読んでみてね!
次週もお楽しみに☕️


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