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忘れられない横顔から思うこと

昨年の夏だったと思う、久しぶりに心が躍る絵に出会った。私の住んでる地域にある小さな美術館に、散歩がてらに出向いた時のこと。川合玉堂や大観といった誰でもが目に留めるような展示ではなかった。特別無料公開展と記されていて、珍しいなと思いながら展示室に入ってみた。

大きなカンバスが続く。明るく力強く未来を感じる画風だった。一番奥まで来て、「ものおもい」という作品で足が止まった。ここで始めて作者に興味が湧いて、プロフィールを見た。

作者の年齢はおそらく現在80歳くらいだ。70歳で美大に入学して絵を学びだして、今日に至る…。どうみても70代の人が描いたとは思えなかった。光に満ちあふれていたし、瑞々しかった。

足が止まった「ものおもい」は、長い髪の女性が椅子に座りものおもいに耽っている。横顔が印象的で、目と心が釘付けになって動けなくなった。特別なものは何も無い絵だったのだけど、まさに「ものおもい」なのだ。こんな風に表現できるなんて、どんな人なのだろうと思った。

現役時代は、実業家だったそうだ。それなりの重役をこなし、リタイアしてから子どものころからの夢だった絵を始めたと書かれてあった。100号の絵を描く、個展を開く、この二つを目標にしていて、この個展でその目標は達成したという。

高齢になっても、ここまでできる、その行動力への高評価が飛び交っていたけれど、私にとっては年齢などという枠はみえなかった。ただその絵の魅力に圧倒された。描画されたものへの作者の柔らい視線、誠実な対話を感じた。そのものの魅力を十二分に表現したい、表現できる喜びが溢れてこちらに押寄せてくるのを感じた。

作者は、70才からカンバスに描きだしたけれど、ずっと心のスケッチブックに描き続けた人生を送ってきていたのではないだろうか…。あの「ものおもい」の柔らかく深い女性の思いが、今も心の何処かに残っていて消えない。

絵も物語も音楽もかな…生まれるのは、紙の上ではないはず、発露の時には、すでに終わっている。あの瞬間の感覚を手繰り寄せある形に創造しているのだろう。その時が終わりであり、また始まりになる。終わる事がない創造の回路は回り続けるのだ。


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